第7話 大空のランデブー(中編)
「えー、では『キイのライ麦パンは世界一ぃ』作戦の説明をします」
「その名前長いよ、やめようよ」
「可愛いし、それがいいと思う」
「俺もキョウコに賛成だな」
「ちょ、熊Dはだまっ…」
「では短縮して『キイは世界一ぃ』にしましょうか」
「それはイヤ!」
一見、緊張感が無い会議のようですが、実はかなりピリピリした雰囲気の中で数々の議題が検討されているのです。
議案1)空中での受け渡しに限られているため、こちらも飛行手段を持たなくてはなりません。相手は気球なので理想はホバリングできること。けれどもそんなに都合良く見つかるわけがありません。侃々諤々議論が交わされましたが、結局明日までにキョウコさんがどうにかするということで落ち着きました。いつもクールなキョウコさんがうっすら笑っています…怖いです。
議案2)希望しているのは2週間分の食料と飲料。そんな大量の品をどこにしまうのか疑問に思って聞いたところ、どうやらカガーリンさんの気球は私の『マジック・チャックン』と同じような機能を持っているようです。腐らせず、大量に保存できる素敵仕様の魔法グッズ、他にもあるとは思いませんでした。今回私が指名された理由の一つでもあります。よって、これはすぐに解決。
議案3)気球に飛び移る方法。気球のロープにフックを引っかけるのが一番確実だと言われましたが、すれ違いざまにそんな高等技術が披露できるか疑問が残ります。仕方ないのでクリーフさんからマジックロープ(目標に巻き付くだけのロープ)を借りることにしました。
議案4)私の回収方法については、飛行手段が決まっていないので決められませんでした。とても不安だったので、秘密道具その3を用意していくことにしました。もちろんその1は『マジック・チャックン』で、その2が『エル君』です。
「よし、じゃあ明日の朝一番に出発しよう。キョウコ、飛行手段は確保できそう?」
「大叔父にお願いしてみた。多分大丈夫」
「なら、問題ないね」
クリーフさんとキョウコさんの会話からは、嫌な予感しかしません。でもここまで来たらもう引き返せませんし、明日のために出来る限りのライ麦パンを焼いて、さっさと寝る事にしました。
翌日、爽やかな朝日がまぶしい町はずれの草原で、私は瞼を何度もこすりました。いえ、寝不足ってわけじゃありません、昨晩はしっかりと熟睡しています。ただね、目の前にアレがいたら誰だって我が目を疑うというものですよ。
「キョウコ…さん?」
「何かしら?」
「コレハナンデスカ」
「太郎ね」
「たろうさんですか」
「ええ、太郎だわ」
一夜にして草原に出現した臨時滑走路には、20人を超える男の人たちがせわしなく動き回っています。そして目の前に鎮座するのは流線型の卵形金属ボディの機体『太郎』。両脇には翼のようなものがついていて、上部には乗り込む穴のようなものが二つ開いています。複座ということでしょうか?そもそも乗り物なのでしょうか?
「あの、キョウコさん。念のためおきき―」
「乗るわよ」
「ひっ」
ガシッと両脇を抱えられ、ポイッと太郎の後部座席に投げ捨てられました。そこには操縦桿の一つもなく、ただ両脇に握り棒と足下に踏ん張るためのフック、そして5点式のシートベルトがあるだけでした。まさに、空飛ぶ棺桶。
青ざめた顏で硬直する私の頭に、ヘルメットが被せられます。これゴツイ、ゴツイですよ!
「しっかりゴーグルして」
「はは、はいっ」
勢いに負けました…。キョウコさんは操縦席で色々とチェックをしていましたが、周りの男の人達が全員頷くの確認すると、腕を突き上げました。同時に機体後方からヒイィィと甲高い音が聞こえて来ます。どうやら前方から吸い込んだマテリアルを凝縮して、後方に吐き出しているようなのですが、ガタガタと激しい振動が襲ってきて怖いです。
前に進もうとする力と、それを抑える力、逃げ場の無くなった力に機体が悲鳴を上げ始めた時、キョウコさんが勢いよく腕を前に振り下ろしました。
ゴオッ
その瞬間は、息をすることもできませんでした。シートに押しつけられたまま身動き一つとれず、ただ気を失わないようにするだけで精一杯でした。どのくらい長いこと歯を食いしばっていたでしょうか。
気がつけば、あたり一面が透き通るような青で埋め尽くされています。
まるで海に潜ったかのような圧倒的な青に、わたしは言葉というものを失いました。手を伸ばせば、青い世界に吸い込まれていきそうな、そんな感覚にすっかり心を奪われていました。
「キイちゃん」
耳に心地よいキョウコさんの声が、伝令管を伝って聞こえて来ます。
「キイちゃん!大丈夫!?」
「あ、はい、大丈夫ですっ」
我に返って、あわてて返事をしました。キョウコさんが振り返ったので、親指を立てて無事をアピールします。でも、直後に聞こえて来た声に私の強がりも吹き飛んでしまいます。
「ランデブーポイントまでは保つと思うけど、余裕が無いの」
「え、保つって、え、え?」
「チャレンジ出来るのは1~2回だと思うわ」
「あの、なんの事ですかっ」
「飛び移るチャンスは1~2回よって言ったの!それ以上は機体が保たないの!」
一瞬気が遠くなりました。
初めてのフライトでアクロバティックな事をしなければいけないのに、チャンスが1~2回ですと?無理です、昔から本番に弱いんです。あ、お腹が痛くなってきました。いかに巨大な気球とはいえ、カッ飛んでいるこの機体からすれば点のようなものです。ピンポイントで飛び移るなんて、土台無理な話です~。
「むーりー」
「もう遅い」
絶叫という飛行機雲を残して、私とキョウコさんと太郎さんは青空の彼方へと消えていったのでした。