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でまえパン!  作者: 春豆
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第6話 大空のランデブー(前編)

 おかあさん、先立つ不孝お許し下さい。


 わたくしことキイ=ショコロール12歳は、現在もの凄い勢いで仰向けに落下しております。遠慮なく体当たりしてくる風圧のせいで、か弱い体は今にもちぎれ飛びそうです。


「ふんぎゃあああぁぁ…」


 野獣の如き雄叫びをあげつつ周りを見渡しますが、綺麗な青空が広がるのみ。このまま地面に激突すれば、確実に昇天して亡き母に逢うことができるでしょう。あ、そうか、先立つわけじゃないから、不孝ではないかも?

 そんな馬鹿馬鹿しい事を考えていたら余裕ができたのか、アイドリングストップ中だった脳がようやく回転を始めます。


 駄目、落ちたら駄目だ。絶対に飛ばなくては!


 急速に遠ざかっていく青空の中で、ぽつんと小さく浮かぶオレンジ色の点を見つめ、私は気合いを入れ直しました。


「おりゃっ」


 負けるものかとバタバタとうるさく音を立てる服を押さえ込み、クルリと身体を反転させます。眼下に広がる森を睨みつけると、会ったこともない王宮裁縫術師の腕を信じ、思い切り両手両足を広げました。


「こんにゃろー、飛べーっ!」




* * *




 さかのぼること一週間、私はいつも通りライ麦パンをハンターさんにお届けし、ユニオンで少し早めの夕食を摂っていました。あ、もちろん外食などではなく、手製のサンドウィッチです、貧乏ですから。ユニオンでは、登録しているハンターに無料で飲み物を提供してくれるので、ありがたく利用しているわけです。


 もっきゅもっきゅと美味しそうにライ麦パンを食べるのも商品のPRになるので、一石二鳥ですし。え、演技じゃなくて本当に美味しいんですからねっ。

 依頼の掲示板をなんとなく眺めながら、足をブラブラさせて一つ目のサンドウィッチを完食した時でした。視界の端にゴミが映った気がしたので、無意識に顏を逸らしたのですが、なぜかゴミが話しかけてきました。


「おい、今なんか失礼な事考えただろう」

「これはこれは、緊急依頼だなんて酷い事をして一ヶ月ぶりの休暇を奪ったあげく、特急料金を値切った極悪非道の熊Dさん、ごきげんようです」

「高級メープル2本も贈っただろうが!」

「お心付けの事ですか?」

「んなべらぼうに高い心付けがあるかっ」

「ふん、けち臭い男ですね。程度がしれるというものです」

「いい加減機嫌直せよ、キイ」

「嫌です」


 なれなれしく頭を撫でようとした熊Dの手を、払いのけました。実際そんなに怒っていないのですが、甘やかしてはいけません。依頼料金を値切るなんて、言語道断なのです。


「そういわず、まあ話を聞けって。重要な依頼だ」

「え、何ですか依頼ですか?本気で嫌ですよ?断ります。私仕事が終わったばかりですし、ユニオンのお仕事はしばらくやらない事にしました」

「なんだ、じゃあその無料ドリンクも今日で最後だな」

「…うえ?」

「今後はマップの更新料も貰うぞ。まあ可哀想だから、バイクのメンテは定額の半分に負けといてやるよ」

「そそ、そんな!急に困ります」

「けどなぁ、ユニオンの仕事を受けないってことは、サービスも受けられないって事だろ」


 ぐうの音も出ないとは、このことです。


「でも、明日はハルさんのご実家にパンをお届けする依頼があるし…」

「そんなもん、断ってこい。ユニオンの緊急依頼で、しかも指名なんだぞ!」

「い…いやですよ」

「遊びじゃないんだ。依頼を受けるか、ユニオン除名のどっちか選べ」


 熊Dが真剣な顔で迫ってきます。この時私は、ほとんどパニック状態にありました。嬉しそうに私のパンを褒めてくれるハルさんのお母さまが、楽しみにしていたパンが来ないと知った時の悲しみに暮れた顔を想像し、次にユニオンを除名になり空腹で残飯をあさる惨めな自分の姿が浮かび上がり、どうしたら良いか判らなくなってしまったのです。気が付いたらボロボロと涙がこぼれ落ちていました。


「わた…わたし…どっ…いぐ…」

「おわっ!?」


 溢れ出す涙を止められず、嗚咽は勝手に吐き出されます。

 12歳にもなって人前でマジ泣きです、本当に情けないですけど、この時はどうにも止まらなかったのです。


「すびば…せ…」


 袖で涙を拭っていると、「ガタッ」とか「ドンッ」とか大きな音が響き渡るのが聞こえました。気付くと、頭の上にポンと大きな手が置かれています。あわてて顔をあげると、そこには古参ハンターの一人、クリーフさんの優しい笑顔がありました。エルフの中でも、ひときわ温和なクリーフさんはライ麦パンの超お得意さまでもあります。


「キイちゃん落ち着いて」

「あぃ」


 ずびずび鼻を啜りつつ、周りを見回すと熊Dがいません。はて、突然泣き出した子供の対処に困って逃げ出したのでしょうか。


「あれ、Dさんは?」

「彼も少し落ち着かないとね。ちょっと隣の部屋で…キョウコが話を聞いてる」


 その瞬間クリーフさんの綺麗な顔が歪んだような気がしましたが、すぐにいつもの暖かな笑顔に戻ったので気のせいなのでしょう。その後、事の経過を聞かれたので、ゆっくりとできるだけ簡単に話しました。聞き上手なクリーフさんは、時折相づちをうつだけでニコニコと笑顔で辛抱強く聞いてくれました。


「ふむ、緊急依頼を断りたいわけじゃないのかな?」

「値切ったり、他の依頼を押し退けたりしなければ…むしろ助かるんですけど」

「そりゃそうだ。けどユニオンが依頼料を値切るなんて事するはず無いんだけどなぁ」


 クリーフさんは首を傾げていますが、私だって同じ思いです。その時、奥の扉が開いてキョウコさんが出てきました。黒髪が綺麗なつり目の女性で、大きなギルドのマスターをしている実力者です。そのキョウコさんに続いて、熊Dがのそりと出てきました。その姿を見た瞬間、私はテーブルのオシボリをひっ掴んで駆けだしていました。


「く、熊Dの目が腫れてる!」


 キョウコさんの脇をすり抜け、熊Dの胸ぐらを引っ張って、顏を引き寄せます。驚く熊Dを無視して、左目にオシボリを押し当てました。


「いてぇよ、キイ」

「何言ってんですか、すぐ冷やさないと。まったく、またボーっとして壁にぶつかったんですか?相変わらず馬鹿ですね」

「うるさいな、体がデカイんだから仕方ないだろ。それよりな、『熊D』ってなんだよ、熊って」

「あ、いや、まあうん。えへへ」

「てめ、密かに俺のこと熊扱いしてやがったな」

「いやー、どうかな?どうなのかな?」


 熊Dとのやりとりを見て、キョウコさんはバツが悪そうな顏をして頭を掻いていました。

 

「とにかく、落ち着いて話をまとめようか、三人とも」


 いつのまにか隣に来ていたクリーフさんと共に、4人は丸テーブルに着席しました。キョウコさんとクリーフさんが情報を交換し、わかりやすく事情をまとめてくれます。結論から言えば、熊Dは陰から私のことを守ろうと一生懸命だったみたいです。ここ最近、とあるギルドから私に対する執拗なほど照会や抗議が続いているのだそうです。今回は無茶な緊急依頼の通称『トバシ』を指名で出してくるという離れ業で仕掛けてきたそうです。受けた依頼を再度別ユニオンに発注することを『トバシ』と呼んでしますが、それをすると普通ハンター達からは嘲笑されてしまいます。自分の実力もわからず引き受け、処理に困って他に押しつける行為だからです。しかし、今回は厚かましくもトバシを指名で行ってきたのです。呆れて口がきけません。


「『ニーナのパン屋』ギルドか…あそこは規模が大きいし、王都のユニオン幹部に顔が利くからね。ある程度無茶も通る」

「何か目をつけられることでもしたの、キイちゃん」

「憶えはないです…あ、でも」


 もしかしてハルさんのご実家の件かと思い、念のため話してみたのですが、どうやら正解だったようです。私が思っていた以上にハルさんの実家は社会的地位が高いのだそうで…っていうか、高すぎますよ!ハルさん、あなた何故こんな下町でレストランなんてやってるんですかっ。そして『ニーナのパン屋』ギルドはそこのパン仕入れ先だったのだそうです。


「週に一回とはいえ、上得意様を食われたわけか。そりゃ焦るわよね」

「そんなん、逆恨みだろうが」

「私を睨まないでよ」


 どうやら前回の緊急依頼報酬が削られたのも、満額支払っていたら難癖をつけられるのが明らかだったので、熊Dが事前にメープルシロップ2本分を値引きしたのだそうです。そうか、ピンハネじゃなかったのね、疑ってゴメンよー。

 

「ま、あん時は現物支給に切り替えて切り抜けられたけどな、今回の指名依頼内容は酷い。わざと断らせてユニオンから除名させようとしるとしか、思えん。」


 熊Dが無理矢理にでも受けさせようとしたのは、私のことを考えてだったみたいです。失敗で経歴に傷がついても、そっちの方がまだマシだって事ですかね。ただ、わからないことが一つだけあります。


「なんで断るのが前提なんですか?」

「まず成功しないし、失敗すると死ぬ確率が極めて高いからだ」

「ちょっと待て、そんな依頼にキイちゃんを放り込むのかい?だいたい、緊急依頼の詳細って何なのさ?」


 クリーフさんが殺気ダダ漏れの顏で熊Dを睨んでいます。怖い、本気で怖い。

 けれども依頼の内容は確かに厳しいものでした。

 

 依頼主は世界的に有名な探検家カガーリン氏です。現在行っている気球で世界一周というチャレンジに黄色信号が灯っているのだとか。先日の暴風雨が直撃し、備蓄の食料や必要な装備などが底を突きかけているのだそうです。最初にSOSを受けた王都のユニオンは、名前を売るのに丁度良いと判断して受諾したのですが、受け渡し方法は空中に限るという制限を聞くやいなや無理だと判断し、こちらのギルドに放り投げてきたそうです。その時、『辺境ユニオンには、有名な運び屋がいるそうじゃないですか』と嫌味も付け加えて来たとか何とか。  


「こっちも頭きてんだ。王都ユニオンから喧嘩売られたんだぜ、今回うちのユニオンは全力でキイをサポートする。採算度外視でな」

「私も協力するわ」

「キョウコまで、何言ってるのさ」

「だって話を聞いてたら、許せなくなっちゃて。辺境ユニオンだからって、馬鹿にするんじゃないわよ」

「けど危険な目に遭うのはキイちゃんなんだぞ」


 クリーフさんは心配そうに私を見つめてきます。な、なんか照れますね。しかし、私とてハンターの末席を汚す者です。危険だからといって、逃げるようなことはしたくありません。それに、私の大好きなユニオン(ホーム)を馬鹿にしたらどうなるか、思い知らせてやらねばなりませんしね!


「いいですよ、受けます」

「キイちゃん」

「大気圏だろうが、深海だろうが、『でまえパン』のキイが最高のライ麦パンをお届けしてやりますよ」


 問題はハルさんのご実家のお届けをどうするかでしたが、こちらはアッサリと解決しました。なんとハルさんのお母さまは冒険野郎カガーリンの大ファンなのだそうです。むしろ是非依頼を受けて、できればサインを貰ってきてくれとせがまれました。

 

 こうして、数多くの支援者を巻き込み、『キイのライ麦パンは世界一ぃ』作戦が実行されることになったのでした。

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