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でまえパン!  作者: 春豆
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第5話 メープル騒動

 ちゅんちゅんと小鳥のさえずる声で目が覚めた朝、なんて言うと乙女らしい感じがして素敵なのですが、実際は全くそんなことありません。次から次へと集まりだした小鳥のさえずりときたら、全て丸焼きにして焼き鳥にしてしまいたいほどうるさいのです。あ、いえ比喩です。


「ふんぐぇ」


 焼き鳥集団に無理矢理起こされた私は、暖かな布団と涙の決別式をすませ、ぺったんと床に素足を付けました。ベッド以外何もないこの部屋で、唯一女の子らしい家具であるところの、いちご柄カーテンをペラリとめくって焼き鳥達を眺めます。

 見事に私のベスパ『エル君』の周りに集まっていました。ぢゅんぢゅんと雄叫びを上げながら必死に何かをついばんでいる所を見ると、誰かが食べ残しでも散らかしていったのでしょう、全くけしからん事です。朝の安眠を妨害されたのですから、その所業は万死に値します。

 しかしその時、私の脳裏には恐ろしい記憶が呼び覚まされたのでした。


―回想ここから


『お、キイちゃん今日も元気だね』

『おお~ナカエさんも元気ですね。今日は大根売れましたか』

『キイちゃん、八百屋は大根しか売ってないと思ってるだろ』

『ば、馬鹿にしないで下さい。お芋とかも売ってます…よね、冬は。ほくほくのやつ』

『うむ、そりゃ焼き芋な』


 私は焼き芋が大好きです。

 八百屋のナカエさんとは、ライ麦パンと物々交換をする仲なのですが、今の時期は焼き芋が無いのでちょっと残念。


『今日はトマトとクレソン、アスパラガス…あとはえだまめくらいだな』

『いやっほう!エダマーメ』

『…まさか、キイちゃん酒なんて飲んでないだろうな』

『あ、今日はブルーベリー入りですよ、目に良いんですって。これでナカエさんの老眼もバッチリ解消だね!』

『老眼は治らねぇよ。てか、露骨に話題変えやがったな』


 はははーと脂汗を流しながら、強引にブルーベリー入りライ麦パンを押しつけようとした時、小さなパンが一つ転がり落ちたのですが、動転していた私はそんな『些細』な事を気にする余裕もなく、交換品を手にしてダッシュで逃走したのです。

 そう、あの時落としたであろう場所に大量の小鳥が群がっているのも、所詮些細な事なのです。


―回想ここまで



 はん!小鳥のさえずり如きで何を苛立っているのですか。

 大人はそんな事でいちいち不機嫌になったりしないんですよ。おおらかに許してやればいいのです。


 私はそっとカーテンを戻すと、普段着に着替えました。クリーム地にベージュのピンストライプというなんとも地味なチロルワンピースですが、編み上げは気に入ってますし、大切に使っている一張羅です。身長が伸びなければあと5年は大丈夫でしょう。

 そんな事より今日の予定ですが、せっかくのお休みですから生活雑貨を買いに行こうと思います。くくく、先日の事件でハルさんからせしめたお給料で久しぶりのショッピングですよ。ハイテンションなまま、るんるんと中央商店街へ駆けていくのでした。


 冒険都市リゼリオでは、実に様々な物が売られています。特に桃色の髪を持つ店員さんで有名なギルドショップでは、危険な物品も数多く取り扱ってるとか黒い噂も流れているほどです。とはいえ、今回私が行くのはただの雑貨屋さん。危険な事は何もありません。その名も『雑貨屋 リリー』

 

 小さいながらも、小物の一つ一つに気を配って配置しているこの店を、私はとても気に入っていて、休日は大抵ここへ足を運んでいます。常に底辺の生活レベルを維持している身としては、いつも見るだけで大した物が買えないのが申し訳なかったのですが、今日は違います。グッと硬貨を握りしめて突入しました。


「いらっ、あらキイちゃんお久しぶり。元気そうね、よかったわ」

「リリーさんも、あいかわらずお綺麗ですね」

「やだわ、子供がお世辞なんて言うんじゃないわよ~」


 リリーさんの巨大な手で、バシーンと背中を叩かれました。照れてクネクネと腰を動かす姿はちょっと不気味ですが、とても気の良い店長さん(男)です。そのうえセンスもバツグンなので、私としては男だろうが女だろうが、どっちでも構いません。


「今日はマグカップを買いに来たのですよ、ついに!」

「ついに!ついに、マグカップを買うのね」

「はい、これでようやくあのアイテムが使えます」

「よかったわね、キイちゃん」


 がばっと抱きしめてくるリリーさん。あれ、これっていいのかしら?でも、女性みたいなものだからいいのかな、などとぼんやり考えていると、リリーさんは奥から色々とマグカップを持ってきてくれました。

 さて、ここで一つ説明をしなくてはならないでしょう。何故私がマグカップを求めたのか、そしてあのアイテムとは何なのか、という事を!



 すみません、ごめんなさい大したことではありません。先月、知り合いのハンターさんから、いらなくなったお下がりの『ミラクルポットU』というアイテムをいただいたのです。一日に一度だけお湯を創り出すという不思議なポットは、初心者ハンターが旅で重宝するらしいのですが、一日一度というのが不評なんだそうです。中級クラスになってくると、より使い勝手の良いアイテムに買い換えてしまうのだそうで、そのお下がりを頂戴したのです。自宅で珈琲が飲めると狂喜乱舞したのも束の間でした。

 

 大きな問題が発生しました。私は、マグカップを持っていなかったのです。ポットも、お湯も、珈琲の元という素敵食品まであるのに、マグカップが無い。愕然とした表情で自分の手をじっと見つめていた私を、リリーさんがチョップで止めてくれました。馬鹿な事を考えるんじゃないわよ、と。

 おかげで私は両手火傷という恐ろしい事故を回避することが出来たのです。リリーさんは恩人なのです。


 そんなことがあり、リリーさん共々マグカップ購入を心から喜んでいるという次第です。


「これなんか、初夏っぽいわよ」

「葉っぱ、カワイイですね。あ、でもイガグリも捨てがたい」

「渋いわね」

「茶色が好きなんですよ」


 リリーさんとワイワイ女子トークを繰り広げていた時です。チリンとお店の扉が開き、一人のお客さんが入ってきました。綺麗なブロンドをアップにした緑目の美女、でまえパンで馴染みのエルフさんです。スラッとした体型なのに、人目を引く胸を持つ理不尽な天使さんは、私を見つけるとホッとしたような引きつったような笑顔をむけてきました。


「キイちゃん、ぐ、偶然だね」

「え、はい偶然…ですね?」


 いつも快活な彼女にしては、めずらしく伏し目がちです。どうやらユニオンで私を探しているのを耳にしたのだとか。私が月に一度の休暇中だと知っている彼女は、それを伝えるかどうか悩んでしまって、挙動不審になったようです。なんという天使。しかし、私は休暇中なのでユニオンに顔を出すつもりなど…


「何か、メープルがどうのこうのと言ってたかな」

「なんですとっ!」

「わ」


 メープルといえば、メープルシロップの事ですね。確か幻の逸品が入るとかなんとか言っていたような気がします。これは行かねばなりません。しかし、ようやくとれた休暇だし、念願のマグカップがまだ買えていないのです。そんな私の葛藤を見かねたリリーさんが、解決策を見つけてくれました。


「ユニオンに睨まれると厄介よ、先に行ってらっしゃい。マグカップは取っておくから」

「ほ、ほんと?やった、リリーさん愛してるっ。すぐ帰ってくるからね!」


 お店を飛び出した時、後ろの方で天使のような声で「ごめん」と聞こえたような気がしたのですが、空耳でしょう。



「こんにちはー!デルマーさんいますか!」

「おう、キイじゃないか。ユニオンに顔だすたぁ珍しいな」

「受け付けさん、そんなことはいいのです。デマールさんがメープルシロップでスイートライ麦グッジョブなのです」

「はあ?」

「ええい、面倒ですデルルーマさん出てこい!ここですかっ」


 ユニオンで受け付け横にある扉を勝手にあけると、そこには一頭の熊が難しい顔をして小さな椅子に腰掛けていました。熊は私の顔を見ると、複雑な表情を浮かべます。おかしい、熊はメープルシロップが好きだったはず、何故喜んでいないのだろうと、私はしきりに首を傾げました。


「あれ」

「あれ、じゃねえ。てめぇいい加減に名前覚えやがれ。俺はデュマールだ!」

「あい。デュ…Dさん」

「もう何でもいい。で、時間がねぇんだ。さっさと頼むぜ」

「はて?時間とは?」


 名前を言えず申し訳なく俯いていた私は、キョトンとした顔で熊のような巨体のDさんを見上げます。時間が無い?メープルシロップはそうそう腐らないと思うのですが。暫く私と噛み合わない会話を続けていた熊Dが恐る恐る私の顔を覗き込んできました。相変わらずゴツイ顔です。

 

「おい、まさか何も聞いてないのか。緊急依頼だって、ちゃんと言ってあるだろ?」

「きんきゅ…あ、聞いてません。私用事の途中でしたので、帰りますさようなら」

「帰さねぇよ!」


 ひょいと襟首を捕まえられると、宙ぶらりんになり身動きがとれません。卑怯であるぞ、熊D。


「わ、私は休暇中なのです!ようやく取った一ヶ月ぶりのー、大事な-!」

「だから悪ぃって、特急料金はずむつってんだろ!」

「聞いてません、いりません、お休みだいじー、幼女虐待はんたーい!」


 この世界ではすでに幼女の範疇から外れている私ですが、見た目チビですので有効活用させていただきます。さすがに幼女虐待の汚名は嫌なのか、熊Dの手が緩んだ隙に脱兎の如く逃げ出しました。ようやく掴んだ休暇を、潰されたなるものか。

 それなのに、私の高性能な耳は熊Dの囁き声を拾ってしまったのです。


「エキストラ・ライト」


 ビクリと心臓が飛び跳ねる音が聞こえた気がします。ピッタリと止まった足は逃げろという脳の指令を全く受け付けない不良息子のようです、コノヤロー。


「最近は木が少なくなってきてな、俺ですらもう二度と入手できないかもしれん」

「そ、そんな」

「しかし、偶然たまたま不思議な事に一本だけ俺の手元にある」

「あああああ!」


 熊Dが手にしているのは、まぎれもなくメープルシロップのエキストラ・ライトではありませんか。近年、めっきり生産量が落ち込んでしまいエルフですら入手困難といわれている品です。そんな幻の食材を目前にして、平常心でいられるはずがありましょうか?いや、ない。


「欲しいか」

「欲しい」

「クラフェの森までパン4人前、特急だ。詳細は受付に聞け」

「任された」


 ひらりと身を翻し、私はお仕事モードの顔に切り替えました。在庫のパンを取りに行ってからの、森までの時間を逆算します。大丈夫、間に合う。受付から詳細が書かれた紙をひったくると、煩悩全開で自宅へと駆け戻るのでした。

 


 4時間後、ボロボロになった身体を引き摺りながら戻って来ました。お届け先は確かに依頼通りの場所で発見できましたが、紫色の大蛇に襲われていたんです。知らずに突っ込んだら、尻尾を踏んでしまったのですよ、バイクの『エル君』が。このうっかり者め、コツン、てへー。なんて馬鹿やってる場合かー、私!と叫びながら逃げ回りました。最終的には討伐されましたが、私は生きた心地がしませんでした。もう二度と緊急依頼は受けません。

 

 などと心に誓いつつ扉の鍵を開け、床の上に倒れ込みました。すると、そこにはかわいいイガグリと、葉っぱのマグカップが二つ置いてあるではありませんか。さらに横にはメープルシロップの瓶が2本も!エルフさんや熊Dが罪悪感に苛まされてはいけません。ここは一つありがたく謝罪の品をいただくとしましょう。ふひひ

 

 あれ、でもどうやって入ったのかしら…。

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