第4話 平和でフルーティーな日常
わたくしことキイ=ショコロールは、必死にライ麦パンを焼いております。先日、ハルさんに騙されて引き受けた給仕のお仕事は、新型オーブンという素晴らしいゴホウビをもたらした反面、ハルさんのご家族に気に入られるという弊害をも引き連れてきました。
気に入られたのだから弊害ではない?とんでもない、ハルさんのご実家はハンパないお金持ちなわけです、地位も名誉もありまくりなのです。そんな方々とお知り合いになれば、当然厄介事も降りかかってきます。私は平穏な毎日を望む平凡な少女なので、できれば関わりたくなかったのです。しがないパン屋ですし。
― それなのに
「これは、一度口にしてしまったら、もう忘れられませんわね」
「うむ、毎朝朝食に届けてもらっても良い出来だ」
「素敵ですわ。早速キイちゃんにお願いしましょう」
私の焼いたライ麦パンを食べたご夫妻は、一口食べてすぐに押し黙ったかと思うと、おもむろにそんな会話をし出したのです。
いやいやいや、毎朝お届けとか冗談ではありませんよ?
「す、すみません私は『でまえパン』というお仕事がありまして、ハンターさん達にパンをお届けしないといけませんので、毎日というのは…」
「それなら専属になってしまえば良いのですわ、ねえ旦那さま?」
「そうだな、確かパーラーメイドが一人退職したからそこにどうだろうか」
「い、いえいえ。そういうことではなくてですね、あの」
「父上、メイド扱いは不味いですよ。仮にも兄上の…」
「おお、そうだったな。すまない」
何やらよろしくない方向に話が進んでいます。このままでは、非常に危険だと本能が告げています。私は草食動物なので危機察知能力は高いのです。困った私は厨房からハルさんを引っ張り出してきて、事態の収拾を図りました。
結果、失敗しました。身内の裏切りにより、週に一回パンをお届けする事になってしまったのです。おのれ、笑顔のイケメン許すまじ。
― 回想終わりっ
「キイちゃん、そろそろ機嫌直してよ~」
新しいオーブンの前で、ぷりぷりと焼き上がりを待つ私の頭をゆする不届き者が居ます。ゆらゆらと揺れにまかせつつ無言でオーブンを見つめていたら、諦めたようでふらりと厨房から出ていきました。
ケシカラン大人には、それなりの報復をしなければなりません。しかし、作業中にこうした感情を持つのは良くない事だとわかりました。ぷりぷりしながら作ったパンは、いびつに形がゆがみ、全く美味しく無かったのです。
「焼きムラと、あとは分量間違えたかなぁ…」
しょんぼりして出来損ないのパンを見つめました。新作というわけでもなく、いつも通りの手順で失敗したことに、自分でも思った以上にショックを受けているようでした。きっと知らず知らずに、雑な作り方をしてしまったのでしょう。もしくは、ケシカランのは私の方だと、パンの神様が怒ったのかもしれません。
「作り直しかぁ」
材料費は意外とギリギリなんですが、仕方ありません。こんなパンを商品としてお届けするわけにはいきませんから。意を決して、破棄しようとした時に、ハルさんがひょっこりと顏を出しました。
「あ、キイちゃん捨てるのちょっと待って」
「なんですか?」
「勿体ないから、色々試してみようよ」
「し、しょれはっ」
声が裏返ってしまいました。だって、ハルさんが手にするお皿の上には、パイナップルや干しぶどう、オレンジ、イチゴなんかが所狭しと盛られているんです。しかも食べやすいようにきちんと一口サイズに切り分けてあるし、蜂蜜とか生クリームなんかもサイドに添えられていてなんとも美味しそうです。
「全部プレゼント。機嫌直してよ」
「かっ、勘弁してあげましゅ」
噛み噛みである事は大した問題ではないでしょう、何よりもまず優先すべきはフルーツなのです!
こうしてフルーツで買収された私は、あっさりと機嫌を直し、肉厚パイナップルへと突撃したのでした。