第2話 受け渡し現場にて
「まいどー」
間延びした挨拶をすませ、時間固定のミラクルバックパック『マジック・チャックン』からドーム型のライ麦パンを取り出します。焼きたてから3日が経過した食べ頃のものを2つほど取り出し、厚切りベーコンと一緒にテキパキと切り株の即席テーブルへと並べていると、疲れ切った顔をした髭面のおっさ…おじさまが乱暴に荷物を放り投げて腰を下ろしました。ちょ、ホコリが舞い上がるじゃありませんか。何すんですかあんた、ブッコロしますよ。
「出前するってのはマジだったのか」
「何ですかそれは、失礼ですね」
「いや、けどな…」
クライアントであるグリッドさんは、今年32歳になる渋めの猟撃士です。魔導技術とやらを使った、危険きわまりない飛び道具を使って戦うお父さん(予定)なのです。商店街のおなじみさんで、私が厨房を借りているレストラン『クランベール』もよく利用していたので、ライ麦パンの事は以前から知っていたようです。ただ、でまえパンについては一部の人達にしか知らせていないので、先週お話した時はとても驚いていました。
「このあたりは、雑魔がうろついてるだろ。小さな女の子が一人で出前なんて言われてもよ」
「ち、小さいとは何ですか!これでも12歳ですよっ、あ、なんですかその生ぬるい目は、ムカつきますねっ」
「10歳以下にしか見えねぇよなあ、ヨーク」
「いやぁ、私は食事にありつけるならもうなんでも。今はキイちゃんが天使に見えますよ」
「あ、ヨークさんこんにちは」
簡易な警戒装置を設置してきた長髪ブロンドイケメンのヨークさんが、ふらふらとおぼつかない足取りで切り株テーブルの元へとへたり込みました。長身で細身なヨークさんは、よく女性と間違えられて声をかけられていますが、横たわる姿の色っぽさを見ればそれも納得です。まあ良い男は何をしても絵になるので、眼福として拝んでおきましょう、なむなむ。
「キイちゃん、拝まないで」
「え、どうして?」
「なんか、別のフラグが立ちそうだから」
「フラ…何ですかそれ」
「まあいいや、それより早く食わせて」
「あぃ」
木箱に入れた発酵バターを少し暖めた鉄のプレートに乗せてほんのりとろけさせてから、スライスしたライ麦パンに載せました。拘って作っているパンですし、まずはパンとパターだけで食べて頂きたいわけです、はい。本当はそのままでも美味しいのですが、もそもそ感が苦手な人は多いですからね。
お二人に2枚ずつスライスをお渡しして、食べてもらっている間にベーコンとチーズを挟んだサンドも作成していきます。カップにミネストローネスープをドポドポと注いでいると、グリッドさんが指を舐めながらお代わりを要求してきました。あまりに美味しそうに食べてもらえたので、サンドの皿を手渡しながら満面の笑みでお礼の言葉を返します。
「このケダモノめ」
「なんだそりゃ!」
「美味しく食べてもらえた時は、そう言えと亡き母から教わりました」
「おいまて、そりゃ意味がちが…って何歳の時だよそれっ」
「ふ、逆算して私の年齢を探ろうったってそうはいきません」
「さっき自分で12歳って言っただろうが」
「ぎゃふん」
「ぎゃ…ってお前ねぇ」
ううむ、八百屋のおじさんから教わったギャグはことごとく失敗の模様です。円滑な会話というのは難しいものです。私がグリッドさんと漫才をしているうちに、ヨークさんは黙々と三度を平らげ、スープまで完食した後、精霊に感謝のお祈りをしていました。霊闘士であるヨークさんは、常に自然の精霊に対する感謝を忘れずに振る舞います。敬虔なその姿を見たら、年頃の乙女などハートにグッサリ、ザックリ、バッタリでしょう。
「美味しかったよ、キイちゃん」
「それはよございました」
ニッコリと微笑み返しをすると、ヨークさんが胸を押さえて「ぐはっ」とか言いながら悶えていました。いやいや、ヨークさんがバッタリしてどうするのです。
「なにやってんだ、ヨーク」
「キイちゃんの微笑みフラッシュに、マイハートが射貫かれた」
「幼女趣味の変態め」
「なんですって!? よし、ドンと来い」
「キイっ、お前も悪ノリすんな!」
「あぃ」
平らな胸をドンと叩いての決死のギャグだったのですが、グリッドさんには通用しなかったようです。しょぼくれて後片付けをしていると、二人の身体をほんわかと柔らかい光が包み込み始めました。今日はいつもより、効果が出始めるのが早いようです。
「お、なんだこりゃ」
「身体が暖かいですね。お湯に浸かっているような感覚というか」
うんうん、きちんと効いているようですね。
「大した効果じゃないですけど、私のパンを食べると雑魔除け程度にはなりまして」
お初のお客さまには丁寧にご説明しなくてはなりません。私はライ麦パンの生地を練り込むときに、マテリアルを一緒に混ぜています。するとパンを食べた人達は、不思議な事に雑魔と呼ばれる下級の歪虚達を遠ざけることができるようになります。歪虚には効果がありませんが、依頼を終えて満身創痍のハンター達には高く評価されていいます。なにしろ街に帰る途中で、高位のハンターがスライムに襲われて命を落とすなんて事はざらにありますから。
「へぇ、噂には聞いていたけど凄いね」
「おまけ程度です、期待しすぎると危ないです」
「そうだな。けど、美味いもん食って元気は出たわけだし、有り難い事だな」
「次の依頼でも、またお願いしたいですね」
「ああ、まったくだな」
「まいどー」
おやおや次の予約までいただいてしまいました。片付け終わった私は、ホクホク顔でバイクであるところのエル君に跨がります。今日は掛け持ちですから、早く次のお客さまのもとへパンを届けなければなりません。ここからはそんなに遠くありませんが、余裕をもって行動することは大切です。
「お、おい、まさかそれで帰るのか?」
「まさかって何ですか、まさかって。当然エル君で帰りますよ?置いていくわけないじゃないですか」
「っていうか、どうやって来たんだよ、道なんて無ぇぞ」
「私の後ろに道が出来るんですよ」
「はあ?」
「じゃ」
ふんふんと上機嫌に鼻を慣らしながらベスパLXV125ieにキーを射し込みます。道無き道を行くため、タイヤは換装済みなのです、問題などあるはずがなかろう!ふははーと笑い声上げながら、エンジンをかけようとしたのですが、エル君は沈黙したままです。
「あれ?」
やだなあエル君てば、他の男と会話したから嫉妬しちゃったのかしら、もうこのツンデレさん。お願いだから、動いてちょーだいプリーズ。
祈るようにスターターを回しますが、ウンともスンともニンともカンとも言いません、コノヤロウ。
仕方なく、キックにて始動。いや、蹴るといっても本体じゃありませんよ?キックアームと言って、エンジンを動かす最終手段といいますか、そんなようなものがあるのです。細かいとこはわかりませんのが、とにかくこれで動くハズです。思い切って飛び上がり、蹴り落としました。
「あれ?」
およそ15分。
汗だく&涙だく、鼻水だくになるも、奮闘空しくエル君死亡。
「うわあああん」
「な、泣くなって」
「キイちゃん、僕らが手伝ってあげるから」
心優しきイケメンとオジメンに手を引かれて、次の依頼場所まで連れて行かれました。ドン引きしていたその依頼人達には二度とパンを届ける事はないでしょう。
え、ベスパって意外とオフロードもいけるんですよ!
本当ですって。
多分。