18話 ハンターの血
「はあぁ~~~~~~」
お昼少し前の暑い日差しが差し込む店内。長い長いため息を吐き出しながら、私はカウンターに突っ伏して銀色の髪をいじっていました。頬被りをすれば髪は隠せますが、眉やまつげの色、瞳などは隠せるものではありません。声色も微妙に違うし、そもそも私をキイと認識してくれるのでしょうか。
「はああぁぁ~~~~」
何度目になるかわからないため息の後、のろのろと看板を出しに行きます。最近はハルさんから言われてクランベールの端っこに小さく『でまパン』の看板を出しているのです。ほんと、ハルさんには頭が上がりません。
以前、どうしてそこまで世話を焼いてくれるのか聞いた事がありますが、いつもの柔らかスマイルで誤魔化されてしまいました。あれはずるいと思います。
本当は一日お休みにしたいのですが、あの隊商護衛依頼中ずっと休業だったので、休み明けの本日はものすごく予約が溜まっています。
特に毎朝『アーモン・ド・クリーム男爵』をお買い上げいただくレネンティア様が、そろそろ禁断症状がでるからとわざわざお昼休みにきて下さるそうですので、開けないわけにはいきません。
男爵を受け取る時に一瞬口元がゆるんで、可愛らしい表情になるのを見るのが私の密かな楽しみだったりします。クールな外見とのギャップがキュンと来るのです。レネンティア様が殿方だったら、迷わず突撃しているでしょう。
あ、いや最初性別を間違えていたよね、とかそういう事実は隠蔽の方向で。
「しかし、どうしたものでしょうかぁ~」
いつまでも妄想に逃避しているわけにはいかないので、くるりと看板をひっくり返して店内に戻ります。すると、厨房の方からガタゴトと裏戸をあける聞こえてきました。ハ、ハルさんは今日お休みだったはずじゃ!?
動揺する私をよそに、クランベールのオーナー様がひょいと顔を出しました。
「やあ、キイちゃん久しぶ…り?」
「ど、ども」
8秒と少し。ハルさんの視線が頭頂からつま先までじっくり2回往復するのにかかった時間です。その間スカートの裾を握ってじっと耐えました。
「キイちゃん、だよね?」
「は、はい」
「もしかして…」
あ、気味悪がられるかな、それは嫌だなと思って泣きそうになった瞬間、ハルさんの口から間の抜けた台詞が飛び出してきました。
「漂白剤かぶったとか?」
「ひ…漂白って、私は洗濯物ですかっ」
「違うの?じゃあ魂が抜けたとか」
「そう、真っ白になって燃えつき―るわけないでしょ!」
「実は天に召されようとしたが、心残りがあってこの地に」
「地縛霊かっ」
ぽかりと叩いた右手首が掴まれ、ああよかった生きてると呟きながら頭を撫でられました。
「大変だったみたいだね、お帰り」
このタイミングで、やっぱりハルさんはずるいなあと思います。押さえていた涙腺がちょっぴり緩んでしまいました。沢山の人が亡くなり多くのものが失われ、色々あった依頼でしたけど、私は帰ってくる事ができたのですから。
「で」
「うぇ?」
「何があったのかな。詳しく教えてほしいな」
びむーと鼻をかむ私に2枚目のハンカチを差し出しながら、ハルさんは目を輝かせています。ああ、これは誤魔化せそうにありません。諦めて事の顛末をお話することにしました。
* * *
「賭をしようよ」
「か、賭?」
ハンターオフィスの一角、害虫の如く区画された場所に押し込められていたグリッドさん率いる変態集団は、召喚の儀式が成功したと大騒ぎになりました。そう、私は母の形見でもある白と赤の制服にロングコートを羽織り、覚醒した姿でオフィスに顔を出したのです。
母の事は写真でしか知りませんでしたが、この服を着るとちょっと似ているかもしれません。母は銀髪、父は栗毛、普段の私は快活だった父ゆずりらしいのですが、覚醒すると、外見から性格までまるで母に生き写しなのだとか。
「うん、勝負をして私が勝ったらこの集団は解散。以後類似の活動はしないし、オフィスに迷惑はかけない。そして二度と私に関わらないこと」
「こ、こっちが勝ったら?」
「好きにしていいよ」
「まっ」
「マジかーーっ!」
地響きのような歓声がオフィスを揺らします。壁際で様子を窺っていたキョウコさんと熊Dが心配そうにこちらを見ていたので、腕組みしたままニッコリ笑いかけました。熊Dは不審げな顔でしたが、キョウコさんは首を傾げています。わかんないかな?ま、いいっか!
「それで勝負の内容は、どうするんだっ」
「顔が近いよ。シンプルにデュエルで初撃を入れた方が勝ちでどうかな?そちらの代表と」
「武器は?」
「自前でどうぞ。ただ打撲とかは良いけど、大けがするようなのは勘弁かな」
「シ、シルバちゃんのは?」
「私の銃は気絶するだけだよ、ちょっと痺れるくらい」
その瞬間ざわめきが起こりました。
『ゴホウビじゃないか、どうする』
『馬鹿、それだと勝負に負けるじゃないか。シルバ教設立の夢はどうなる』
『しかし、シルバちゃんの靴で踏みつけられて銃口を向けられるんだぞ。終わりだ、とか言われて打ち込まれた弾丸で麻痺した身体を駆けめぐる快感が―』
『よし、負けよう』
『いやまて、勝った後にそれを要求するという手も』
『しかしそれだと―』
ぷつぷつと腕に鳥肌が立つのを我慢し、冷静なふりをして返事を待ちます。そして長い合議の後、予想通りグリッドさんが出てきました。
「その賭、乗った」
「じゃあ練習場でやろうか。そっちは誰が?」
「もちろん俺が出る。シルバーバレットの戦いは1万回ほど脳内再生してるからな、対策はバッチリよ」
「うわぁ…」
ペロリと唇を舐めるグリッドさんの仕草に、全身に鳥肌が立つのを感じました。これは3歩以内に近づかないようにしなくてはなりません。そうこうしているうちに、練習場が見えてきました。
「ステージの希望はあるかな」
「そうだなぁ、廃ビルでどうだ」
「ふうん、屋内戦かあ。なら短剣も使うけど?」
「いいんじゃねぇの。俺も使うし」
私は双銃のグリップを確かめながら、練習用の短剣を受け取ります。重さも質感も本物と同じですが、先端は丸くブレードは付いていません。
一方グリッドさんは猟撃士らしくたくさんの銃や弓を展開し、吟味していましたが、今回は魔導銃と呼ばれるマテリアルを射出する特殊な武器にするようです。どうやら出力調整ができる特注品らしく、最弱に設定すれば打撲程度ですむのだとか。ナイフは一種類らしく、すぐに腰のホルスターに隠してしまいました。
「ところでスタート地点は5階と1階があるけど。どっちにすんだ?」
「コインで」
「あいよ」
コインの女神様は、私を5階に選びました。一般的には優位な位置どりですが、いくつもの進入ルートがあり、かつ1on1だとするとあまり関係ありません。所定の場所で身を隠し、慎重にスタートの合図を待ちました。
「始め」
スピーカーから流れる声はキョウコさんのものでした。その声を聞いて、ワクワクして興奮気味の自分に初めて気が付きました。どうやら、母から受け継いだ悪い癖が出ていたようです。
一度深く深呼吸してから、状況を確認することにしました。
「ん?」
まず、エレベーターの表示が動いたのが目に入ります。ダミーなのか、それとも馬鹿正直に乗って来たのかわかりませんが、これは無視。
スルスルと非常階段の方へと足を進めました。
4階フロアに進入したところで上階からエレベーターが到着する音が聞こえました。柱の陰に身を潜めて気配を消します。1、2、3…規定の秒数で扉が閉まり、エレベーターは自動的に1階へと戻ってくるようです。
(やっぱりダミーでしたか)
陰から抜け出して再び非常階段へと向かおうとした時です。
ポーン
エレベータが4階に到着した音を立てました。てっきり通過するものだとばかり思っていた私は、不意をつかれて反射的に振り向いてしまいます。すでにエレベーターの扉は開きかけていましたが、かまわず双銃を撃ち込みつつ非常階段へと転がり込みました。
けれど、この時点でもうグリッドさんの罠にはまっていたようです。5階の踊り場からこちらへ銃口を向けて、準備万端で待ちかまえていました。
「バン」
おどけた声で放たれた魔導銃の弾がマントを貫き、グリッドさんが勝利を確信した瞬間、私の姿は幻のようにかき消えたことでしょう。
「何っ!?」
狙った通りのシチュエーション。ただ、悔やまれるのは自身が転がってしまったため、精確な射撃ができなかった事です。反撃でグリッドさんの胸を狙ったはずの双銃の弾は、わずかにそれて彼の魔導銃を直撃するにとどまりました。
「くっそ」
舌打ちをする間に、グリッドさんは5階フロアへと撤退しています。私は最大のチャンスを物に出来なかったようです。
唇を噛み、それでも気持ちを奮い立たせて5階への階段を昇りました。フロアは静寂に包まれていましたが、わずかに衣擦れの音が聞こえて来ます。
「認識阻害のマントとか、聞いてねえぞ」
奥から聞こえてくる声に、つい苦笑してしまいます。それはそうでしょう、店売りしているものではありませんから。ただ一度しか使えない奥の手ですが、絶対の自信がありました。それを潰してくれたグリッドさんに、心の中で称賛を贈ります。
でも勝つのは私ですよ。
「ふっ」
息を短く吐き出して一気に跳躍、声がしたた柱の反対側へと着地する直前にマントを外して意識を分散させます。低い姿勢のまま双銃を声の方へ向け…ようとしましたがゾクリとした感触が本能的に両腕を上に上げさせました。
クロスした双銃に短剣が接触し、火花を散らします。
「ち」
同時にゴッと風を切る轟音とともに蹴りが飛んできましたが、これは身体を捻って交わしつつ右手を短剣に持ち替えました。
「古くさい手を」
「かえって新鮮だろ」
柱につけられた小型スピーカーにまんまと騙された私は、コンバットナイフを構えるグリッドさんに危うくハイドアタックを仕掛けられるところでした。全く、経験豊富なハンターというのは、怖いものです。
バサリと落ちてくるマントが合図となり、今度はナイフ同士の近接戦闘が始まりました。激しく火花が散る中、左手に銃が残っている私の方が若干有利に事を進めていきます。
ナイフ術のスタイルは違えど腕は同等。距離を取れば私が圧倒的に有利。そんな状況で数分、息が止まるような超接近戦が続き、次第にグリッドさんが押され始めました。何度かウエストポーチをかすりますが、あと一歩が届きません。
体力的に分が悪い私が、焦って一気に勝負を決めようと足を踏み出そうとした時、不意にグリッドさんが中途半端なバックステップを取っている事に気が付きました。
ナイフは届かないが、銃で射つには近すぎる距離。それが意味をするところと、グリッドさんの持つコンバットナイフの形状、そして握り方をみた瞬間全てを悟りました。
(あ…)
スペツナズナイフ。バネの力を利用して刀身を打ち出すという極めて珍しいナイフです。彼のナイフコンバットを見て気が付くべきでしたが、時すでに遅しというところでしょうか。踏み出した足を止めることも方向転換する事もできず、私は敗北に向かって突き進むしかありませんでした。
ニヤリと口角を上げるグリッドさんが、ナイフのボタンに手をかけるのがスローモーションのように見えました。一瞬後には、飛び出したナイフが私の心臓を強打していることでしょう。死ぬ事はなくても、痛そうです。
敗北を覚悟して足を踏み下ろした時でした。
「ふぎゃっ!?」
ズルッとガツッが同時に響きわたります。
「え?」
「え?」
最初のズルッは私の足が滑った音。そしてガツッはナイフが柱へぶつかった音。
そう、何かを踏んで足を滑らせた私の頭上をナイフが飛んでいき、後ろの柱へと激突したのです。
呆然とする私とグリッドさん。けれど、私が足を滑らせたモノをナイフで引っかけ上げると、グリッドさんの顔が見る見るうちに青くなり、あわててウエストポーチを探り始めました。どうやら先程の攻防でウエストポーチの蓋が壊れ、中身が飛び出してしまったようです。こぼれ落ちたモノ、それは―
純白の破れたストッキング。
見覚えのあるそのストッキングは、トレークハイトとの激しい戦闘を繰り広げていた時に私が履いていたもの。破れてしまったので、破棄をしたはずのオーバーニー。
「それがなぜ、ここに、あるのかしら」
「は、はひ」
後で聞いた話では、ハンターオフィスで観戦していた人々は、6台あるモニターが一瞬で破壊された後に暗闇の中から聞こえてきた男の悲鳴に戦慄し、軽くトラウマになったのだそうです。
* * *
「そういう事があったのです」
「なるほど、ちょっとそいつを殺してこよう」
「ちょ、ちょっとハルさん!?」
「キイちゃん、害虫は駆除しないと増え続けるんだよ、しぶといから」
「だだだ駄目ですよ、ちゃんと約束させたからもう変なことしませんよ」
ハルさんの目がどんより暗くなったのが、心底怖かったので必死に止めました。説得の甲斐あって、思いとどまってくれたようですが、とても不安です。グリッドさん大丈夫かしら。
「そういうわけで、覚醒から元にもどるまでもう少しかかるんです。やっぱり変ですよね…お得意様ならバレてもいいかなって思ったんですけど、やっぱり休業しようかなあって」
「んー」
しょんぼりする私の頬を、ハルさんの大きな手が触れました。
「外見が変わっても、キイちゃんはキイちゃんですよ」
なんてことない一言ですが、今はそれが一番聞きたかったことです。ハルさんはいつも私に元気をくれる、最高のお兄ちゃんです!そう言ったら、微妙な顔をされました。何故でしょう。
まあ外堀からですよねと悪い顔で笑っていたのが恐ろしいです。
「さて、そろそろお客さまが来ますよ。いつもの笑顔を見せてあげないと」
「はい!」
こうして『でまパン』の日常が戻って来ました。優しい人たちに支えられて、今しばらくはパン屋が続けられそうです。
でもいつか母の血が騒ぐのだろうなあと、確信しています。我慢できなくなったら、ハンターオフィスで依頼掲示板を見ているかもしれません。
その時は是非、ご一緒してくださいね?
おいしいライ麦パンと一緒に、心踊る旅に出かけましょう。
『でまえパン!』 一部完
これにて『でまえパン!』を一区切りさせて頂きます。
またネタが溜まりましたら、2部を始めたいと思います。
その時はまた、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。




