第17話 シルバーバレット
遠くですすり泣く声が聞こえます。まどろみの中で、その悲しみの連鎖は次々に広がっていき、そして突然の衝撃音で跳ね起きました。
「ひああああ!」
瞳孔が開き、口は空気を求めて浅い呼吸を繰り返すばかり。追いかけるように気持ち悪い汗が全身を這い回り、思わず悪寒に震える身体を抱きしめました。
「どうした、キイ?」
「あ、う」
「悪い夢でも見たか」
野営地。街まであと1日という所で夜の帳に追いつかれた私たちは、寄り添うようにして野営をしていました。出発時から激減してしまった隊商は、皆一様に疲れていましたが、哀しみを堪え必死に割り当てられた役割をこなしていました。
ハンターは見回りを、女性たちは夜食を。私も在庫のパンをすべて吐き出し、夕食づくりのお手伝いに走り回っていたはずですが、いつのまにか疲れてうたた寝してしまったようです。
「この毛布はグリッドさんが?」
「まだ夜は冷えるからな」
「ありがとう…ございます」
「気にすんなよ」
肩に掛けられた毛布をキュッと握り、顔を覆い隠しました。
「キイのせいじゃない、気にするな」
「そうですね。私のパンは雑魔除けになりますなんていい気になって、隊商に同行してほめられて有頂天になって、その結果これですけど気にしなくてもいいですよね」
「ひねくれてんなぁ、おい」
グリッドさんが優しく頭を撫でてくれますが、何も言葉を返せずに毛布へと沈み込んでいきます。先ほど聞こえたすすり泣きは、恋人を失った女性のもの?それとも子供を失った母親のもの?確かめるのも怖くて、毛布で震えていました。
「責められるなら、俺たちハンターだろ。外敵から護る為に雇われたんだからよ。キイはとにかく生きててくれて良かった。それだけで十分だ」
「それでも、多分もっと何かできたかなって」
「そうだなぁ、たとえばあの銀髪弾丸少女みたいな?」
「ぶ」
突然出てきた単語に、思わず吹き出してしまいます。まあそのいわゆる私の事ですが、ハズカシイ通り名を聞いた瞬間に名乗り出る事を拒絶しました。
生き残った隊商達の間で、銀髪弾丸少女の話はかなり美化されて伝わっており、戦う姿が銀色の弾丸のようだったという誇張表現により、どこかの誰かがシルバー・バレットと呼びやがりましたです。
一部不適当な表現がありましたです。
ちなみに、馬車の上で嬉嬉として双銃を振り回す私を見た人々の評判は、正気で聞けるものではありませんでした。
『迫り来る雑魔共を双銃で蹂躙し、知略と大胆な発想でトレークハイトすら退け、名代の馬車を守りきった剛胆にして可憐な銀髪弾丸少女』
なんだかもう、羞恥を通り越して吐き気をもよおすほどです。大木に頭を打ち付けて大声で叫びたくなります。
セロさんが協力してくれたおかげで、幸いにして正体はバレていませんが、名代の馬車で保護された形にしたせいか、同乗していた『銀髪弾丸少女』の事を聞いてくる人は後を絶ちません。
何者なんだ、どこのユニオンに所属しているのか、何歳なんだ、あの銃は売ってるのか、男はいそうか、好きなタイプは、サイズは…等々。
「そんなのしるかーっ!」
「おおっ!?何だよおい、いきなり叫ぶな」
「すみません、つい」
「銀髪弾丸少女と何かあったのか?」
「いえ、何も…」
何かあったかどころか私ですし。
もう二度と人前で覚醒しないと心に誓いました。というか、本業はパン屋なのですから、ハンターのまねごとなんてしてはいけなかったのです。よし、反省終了。
「そういえばグリッドさん、隊商の被害はどのくらいだったんですか」
「今もまだボチボチ合流してるから、正確なところはわからん。けどまあ半分ってとこかな」
「それだけ…」
「トレークハイトが出た割には、少ない方だろ。全滅でもおかしくなかった」
「そうですか」
確かに、準備も整っていない状態でトレークハイトと遭遇したのだから、普通に考えると生存確率はきわめて低いのですが、それでもやはり亡くなられた方とその家族のことを考えると、胸が締め付けられます。
時折聞こえてくるすすり泣きに押しつぶされそうになり、空気をもとめて口をパクパクさせていると、グリッドさんが優しい声で慰めてくれました。
「キイはよくやった」
「あい」
「名代も護ったし、トレークハイトを一時的とはいえ退けたんだ。胸を張っていいぞ」
「あい…え?」
「誰が何と言おうと、キイは女神だ」
「は?いや、えっと、グリッドさん何を言って―」
「まさか、こんな身近にいるとは。さあ、もう一度あの姿を見せてくれ!戦場に輝く銀麗の戦乙女、シルフのごとき双銃の舞を、ヴァンパイアのごとく世界を魅了する赤眼を!」
「あの、もしかして―」
「さあ、なにをためらう。その姿を見せてくれ、俺の女神よ!」
「ひいい!?」
両手を広げて迫ってくるグリッドさんには、正直ドン引きです。思わず3歩後ずさりしてしまいました。しかし、なぜバレているのでしょう。誰にも見られず覚醒を解いたはずなのですけど。
「そりゃまあ、同じ服着てりゃわかるだろ」
「あ」
「他のヤツはもともとキイの事なんて気にしてなかっただろうから、気づかなかったんだな。しかーし、おなじみさんの目を舐めたらいかんぜ。俺には一発でわかったさ」
「も、盲点だった…」
「はっはっは、キイらしいところが可愛らしい。さ、わかったら覚醒するが良い。今俺が会いたいのは銀髪弾丸少女なのだっ!あの流麗な動き、凍てつくようでいて全てを魅了する赤い瞳、白い肌、いざ俺の女神さま、降・臨☆」
「へ、変態だああ」
「うおおお」
「いやああー!」
バキッ
きゅぅ
そんな擬音が聞こえてくるような背後からの一撃で、グリッドさんは崩れ落ちました。そこににこやかに立っていたのは、ガーナッシュ卿の馬車にいたあのぶっきらぼうな執事さんです。
物騒な事に片手にブラックジャックを下げている所を見ると、戦う暗殺系執事さんだったようです。
「あの」
「主から、厄介ごとに巻き込まれないよう見守れと言われていまして」
「ありがとうございました」
「仕事ですので」
淡々と語る執事さんは、きっと優秀な方なのでしょう。てきぱきとグリッドさんを木陰に横たえると、私に着替えを渡してくれました。
「ガ…セロさんから?」
「そうです。汚れたでしょうし、同じ服装では色々面倒な事になるだろうと」
「ほんとすみません」
横に転がるグリッドさんをチラリと見ましたが、執事さんはそうそう気づく人もいないでしょうから大丈夫ですよと慰めてくれました。馬車を借りて着替えをすませて戻ってくるまで待っていてくれましたし、本当は優しい人なのかな。
いただいた服は、オレンジ色のワンピースですが、腰のところをリボンで絞り、下は大きめのハーフパンツをはきました。
「おや、似合いますね」
「ど、どうも。でもセロさん、よく子供服なんて持ってましたね」
「ああ、それは亡くなったお嬢さまのですね」
「へ」
「キイさんと同じくらいの、それはかわいらしいお嬢様でした。半年ほど前に病気で他界されましたが」
「それは…そんな大切なものをお借りしてよかったんでしょうか」
「お譲りするとおっしゃってましたので、お気になさらず」
そんな思い出の詰まった大切な物をいただくわけにはいきません。何度か押し問答を繰り返しましたが、一度袖を通してしまったものを脱いで返すわけにもいかず、結局押し切られてしまいました。
「ああ、それと今後もお付き合いのほどを、と預かってきました」
「なんですか、これ」
「通行証のようなものですよ。それを見せればフリーパスですから、気軽にいらして下さい」
「はあ」
手渡されたのは、半かけになった水色の星を象ったペンダントです。セロさんのお宅を訪問する時に割り符の役割をするらしいですが、そんなものが必要な邸宅って一体どんな豪邸なのでしょう。とりあえず、よくわからないので預かっておくことにしました。
「さて、そろそろ彼が起きるころでしょうか」
「あ、グリッドさんの事忘れてました」
「彼なりにキイさんの事を慰めようとしていたようですから、あまり邪険にしないであげてください」
「はあ」
半分以上は本気だったみたいですけどね、と不穏な言葉を残して執事さんは去っていきました。あ、名前を聞き忘れたかも。
その後10分くらいして目を覚ましたグリッドさんに土下座で謝られましたが、正体を固く口止めして許してあげました。だって、落ち込んでいた気分が少し持ち直したのは事実ですから。
けれども、リゼリオに戻った時それが大甘だったと思い知りました。
* * * *
「お前ら、声が小せぇぞ!」
「S・H・I・L・V・A、シルバちゃ~ん!」
「そんなへなちょこボイスで、彼女のハートが掴めると思ってんのか!」
「うおおお!シルバちゃん!もう一度、もう一度だけ俺たちに姿を」
「届け、恋する男子の願い」
「もういっちょいくぞ、Lの部分がぼやけてんだ。シッカリ発音しろ」
「はいっ!」
なんですか…あれは…。
リゼリオのハンターズオフィスで呆然と佇んでいた私の肩が叩かれ、能面のような顔をしたまま振り向くと、熊Dが首を振っている姿が目に入りました。あの人達、どうやら朝からあの調子なんだそうですよ、ええ。…バカですね?
「うるさくて仕事にならねぇ。キイ助けてくれ」
「ななな、なんで私がっ」
「お前も関わりがあるんだろ?この前の依頼で何かあったとしか思えん。トレークハイトにぶっ飛ばされて頭がいかれたのか?とにかくこのままだと、開店休業だ」
「ハハハ…」
一瞬バレているのかと思いましたが、そうではなさそうです。とにかく、このままでは『でまパン業』にも影響が出ますし、何より恥ずかしいので全力で阻止です。
「ちょっと、グリッドさん」
「なんだキイか」
「なんだとはなんですかっ」
あからさまに残念そうな顔をされたら、いくら私でも傷つくってもんです。声を荒げて詰め寄ります。
「約束はどうなったんですか」
「なんだよ、何一つ破っちゃいないぞ。俺達は単に召喚の儀式をしているだけだ」
「召喚?何の?」
「それは―」
「それは、銀髪弾丸少女の召喚に決まってるじゃないか」
横から口を出してきたのは、たしか隊商護衛で隊長をしていたヨナタンさん。ちょっと渋めの格好良い人だったのに…。
「こうして召喚の儀式をしていれば、彼女は必ず姿を現してくれるとグリッド殿がな」
「でも、さっきシルバちゃんって」
「ああ、シルバーバレットちゃんでは長いからな。愛を込めてシルバちゃんと呼ぶことになったのだ」
「うげ」
もう聞いているだけで限界だったので、くるりと後ろを向いて逃げ出そうとした時です。
「ああ、彼女が現れるまで何日でも続けなくては」
「は?」
「なんだ、キイ。気にするな、これは俺たちの闘争なのだ」
「気にしますよ、何日オフィスに迷惑をかけるつもりなんですか」
「彼女が現れるまでだ。そして彼女は必ずまた現れ、俺たちを救ってくれるはずだ。近いうちにな」
ニヤリと笑うグリッドさんは、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くす私を置き去りに、また召喚の儀式を始めるのでした。熊Dが涙目で助けを求めてきますが、絶対に無理です、嫌です、お断りしますと入り口まで猛ダッシュしました。
「げふぅ?」
そんな私に向かって横っ飛びに突進してきたのがキョウコさん。突然抱きつかれ、ゴロゴロと床をコロがって私の上に馬乗りになったキョウコさんは、真っ青な顔で見下ろしています。涙目を浮かべるその綺麗な顔は、苦悶に歪んでいて男だったら思わずきゅんと来てしまうことでしょう。ああ可愛い。
しかし、当人はそれどころじゃなかったようです。苦しげな声が聞こえて来ました。
「キ、キイ…ちゃん…」
「キョウコさん一体ど―」
「おろろろろろ」
「ふんぎゃあーっ!?」
別室にて。
いま、わたしは白のフリフリワンピースに袖を通しています。キョウコさんは出す物を出し終えて、ソファーでグッタリと横たわっています。どうやら、あの変態共が放つ電波にやられ、発狂寸前だったようです。私が何かを知っていると聞いて、藁にもすがる思いで飛びついてきたのだとか。
「ってことだ。どうにかしてくれ、頼む」
「うーん、どうにか…っていわれても」
「メープルシロップ4本」
「乗った」
こうして、簡単に懐柔された私は変身グッズを取りに部屋へと戻るのでした。




