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でまえパン!  作者: 春豆
16/18

第16話 馬と私の関係

 一つ一つ不具合を見つけロックを解除していく作業は非常に楽しいのですが、今はとにかく時間がありません。オールグリーンとは言いません、せめて半分でも生き返ってくれれば充分なのです。それほど切迫しているはずなのですが、覚醒した私には目の前にある機導装置の魅力に抗えませんでした。


「へえ可変サスペンションなんて、すごい。お金持ちは違うなあ。でも壊れやすいし、町の外で使うのはどうかと思うけど。動力は、このお馬ちゃん?なんでわざわざ馬タイプなんて複雑な機構にしたんだか、制作者はヘンタイに違いない。趣味が合いそう」

「馬車に魔導エンジンなんて無粋な物を付けるわけにはいきませんからね」

「ん、セロさん?」

「すみません、気になってしまいましてね。こうなると、うちの技師でも再起動できないものですから、どうなさるつもりなのかと興味がわきまして」


 そりゃあそうでしょう。リアルブルーの文字がわからなければ、私にだってお手上げでした。なんだってそんな面倒な物をつけたのかと聞いたら、コンソールだけはどうにも作成できなくて、裏ルートで紹介された怪しげな技師に頼んだらこんな物が出来たのだそうです。

 そんな怪しさ全開のコンソールと睨めっこして、なんとか2/3程度の出力を確保することに成功しました。私もまだ死にたくありませんから、それはもう必死です。


「どうです、行けそうですか」

「駆動系に負担をかけすぎなければ、なんとか。まあ相手がトレークハイトで、好都合だったというか」

「といいますと?」

「トレークハイトは別名『怠惰』。よほどの事情がない限り、逃げる相手には固執しないので。あと、面倒なことにも」

「なるほど、人間臭いですなぁ」

「というわけで、隊商の皆さんは四方に散開して逃走する事をおすすめするかな」

「そういう事でしたら」


 後ろからニュッと手が伸びてきたかと思うと、黄色のマーカーが付いているトグルスイッチをパチンと上に跳ね上げました。どうやら、隊商にむけた合図を打ち上げたらしく、かるい振動が3度続きます。


「今のは?」

「各自、自己判断で逃走。目的地にて合流という意味ですな」

「なんというテキトウな…」

「ささ、我々も全力で逃げましょうぞ」

「はいはい」


 キラキラした子供のような目で見られると、なんだか居心地が悪いです。こほんと咳払いを一つして、コンソールに目的地を設定すると発車の指示を出しました。この馬車は無駄に優秀なのでオート操縦なのです。現在地の確認は誰がやっているのでしょう…精霊さん?


「おおっ、素晴らしい、素晴らしいですよキイさん! あれ、どちらに?」

「いや、どこって…さすがに敵さんも黙って通してくれるわけないでしょ」


 派手に撤退の合図を打ち上げちゃいましたしね。きっとボスだと判断されて、襲われること間違い無しです。逃げ切るまで、馬車を護らなくてはいけません。

 運転席を立って扉へと向かう途中で振り返り、きょとんとした顔のセロさんに向かって親指を立てました。意味も分からずセロさんは親指を立て返します。ニッコリと笑顔を返して側面の扉を開けると、ブワッと風が巻き込んで銀髪が激しく乱舞しました。全く面倒な事です。手早くリボンでポニーテールを作ると、扉横の梯子を登って馬車の天井へと辿り着きました。ちょっと怖いです。

 

 しかし、怖がっている状況ではありません。女は度胸。ぐるりと首を一回転して状況を確認してから、這うようにして運転席上の天井に腰を落ち着けました。


「さーて、やりますか。毎日毎日パンづくりばっかりで腕が鈍ってなきゃいいんだけど!」


 普段の私が聞いたら憤慨しそうな台詞ですが、自分の口から出た言葉なので文句も言えません。ハイテンションな私、嫌い。

 そんな私の気分とは裏腹に、身体は勝手に動きます。嬉嬉として腰へと手を伸ばすと、そこには白地に赤の紋章が刻まれた双銃がありました。懐かしいグリップ感を楽しみながら、併走する狼型の雑魔に目を向けました。6~8頭はいるでしょうか。

 そのうちの一頭が加速した勢いで馬へと噛みつこうとジャンプするのが見えます。口を開けた瞬間を狙って、深紅のバレットを打ち込みました。マテリアルを一時的に不活性化する、いわゆる麻痺の弾ですが、この速度で受け身もとれずに放り出されたら無事ではすまないでしょう。南無南無。

 土煙を上げて後方へと消えていく狼を一瞥すると、大声で啖呵を切りました。


「あはははは、来るがいいdeth。ぜんぶぜんぶぜーんぶ残らず葬ってやりますよ」

 双銃を前後左右自在に操って狼を次々に墜としていきます。銀髪を振り乱して、赤眼を光らせながら大声で叫ぶ私は、きっと変質者に見えることでしょう。

 …ハイテンションな私なんて、大嫌いです。


 狼の包囲を抜け、このまま一直線!と期待をしましたが、世の中そんなにすべてが上手くはいかないようです。ガッデム!

 突然前方で土煙が上がったかと思ったら、ゆらりと巨大な鎌を構えるトレークハイトが姿を現しました。


「げ」


 さすがにトレークハイトを相手にするのは無理です。短い人生でした。お父さんお母さん先立つ不孝を…あ、既に先立たれてました。

 よし、じゃあ後顧の憂い無くやるだけやっておきましょう。


「にゃろっ」


 行動を起こすなら馬車が回避行動に入る前に、やっておかなければいけません。冷や汗ダラダラなまま、双銃を腰のホルスターに戻し、運転席の天井にしがみつきながら作戦を脳内で確認します。

 これを思いついたのは、コンソールを弄っていた時です。制作者のヘンタイ度合いからして、もしかしたらという軽い気持ちで仕様確認をした事で発見しました。見つけなければよかったと後悔しましたが、見てしまったからには最大限利用するしかありません。生き残るために。できることなら、やりたくなかった最後の手段です。けれど、この状況を切り抜けられるほどの腕前は、今の私にありません。

 私は腰のポシェットから小さな箱を取り出すと、小さく祈りを捧げました。


「お馬ちゃん、ごめんよ」


 箱についた赤いボタンをポチッと押して、叫びました。


「目標、前方トレークハイト。てー!」


 バシュッという音がして左の馬をつないでいたワイヤーが外されました。同時にゴウッと爆風が顔に吹き付け、リボンを飛ばされた銀髪が狂ったように風に舞って視界を遮ります。けれども私の視線はカッ飛んでいく馬型ロケットの勇士に釘付けでした。


 ドオオオン!


 トレークハイトに馬が突き刺さったのでしょう、激しい衝突音がしてもうもうと白煙が立ち上りました。しかし結果を見届けることなく、馬車は脇を猛然と通り抜けていきます。このくらいでトレークハイトが倒せるとは思いませんが、時間稼ぎにはなりますし、一定の距離をおけば怠惰なトレークハイトが追ってくる事もないでしょう。作戦は成功です。


「すごい、すごいですよキイさんっ!」


 運転席から顔を出したセロさんが興奮気味に叫んでいます。けれども私の胸は、ズキズキと痛みまくっていました。意志もないただの機械であるとはいえ、健気に頑張る馬を一頭犠牲にしてしまったのです。気が付けば、号泣していました。

 覚醒する前の私が、自慢のパンを踏みにじられた時のように、切なくて気が狂いそうなほど悲しくて、涙が止まりませんでした。そう、覚醒した私は、機械が大好きなのです。一度でも触れた機械は、みんな大好きな子供達と同じなのです。


 一頭立てになった馬車は、よろよろと方向修正を繰り返しながら進んでいきます。そしてトレークハイトから運良く逃れた他の馬車が一台、また一台と併走し始めると、馬車の上に乗る私に数奇の眼が向けられているのがわかりました。けれど、今はただじっと前を見つめ機械の馬のために黙祷をするのでした。

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