第14話 パンの効力とは
隊長さんはヨナタンという40半ばのガッシリした体格の方です。グリッドさんの紹介だと言うと、何故かすごく驚かれました。唖然とした表情で頭のてっぺんからつま先まで、じっくり2回は見られたような気がします。
けれど、その後すぐに身分確認をすませて証明書を発行してくれましたので、深く追求することはしませんでした。これを持っていれば、少なくとも隊商の中では不審者扱いされずにすむそうです。
無くさないよう、しっかりと首から提げて隊商を見て回ることにしました。
まず気になったのはクマのように横幅のでかいヒゲモジャ殿が座っている馬車です。
「おー、これは冬用の毛皮ですか」
「なんだお嬢ちゃん、見世物じゃないぞ。危ないから下がって…ん、なんだお仲間かよ」
「すみません、お邪魔します。後学のために見聞を広めたいと思っておりまして」
「子供の物言いじゃねぇな、おい」
クマヒゲさんは見かけによらず優しく応えてくれました。どうやらこれから向かうのは冒険都市リゼリオの西方にある港湾都市ポルトワールに向かうらしいのです。海を見た記憶などほぼ無い私にとっては、心躍る旅になりそうな予感です。
クマヒゲさんに両手を振ってお礼を伝えた後、上機嫌でいくつか幌の中を覗いて回りましたが、当然のことながらどの馬車も交易品で一杯で目がくらみそうになりました。
乳製品やワインも、国外へ送るために大量に積まれており、これなら私のパンなんていらないのでは?と思って心配になってきた頃、グリッドさんが姿を現します。
「キイ!何をフラフラしてんだ。探したぞ」
「ああ、グリッドさん。どうしたんですか、息を切らせて。さては彼女に浮気でもばれましたか」
「てめぇ、知ってて言ってるだろ」
「あは」
グリッドさんは確か3年前に大恋愛の末、結婚式前夜に花嫁さんに逃げられた経験を持つナイスガイです。それ以来彼女は絶対作らないと公言しています。
「まあいい。今から名代と隊長のところに挨拶にいくから、ついてこい」
「あ、ヨナタンさんにはさっきご挨拶しましたよ」
岩石魔神のようなゴツイ隊長さんの話しをすると、なぜか渋い顔をされました。先に挨拶をしない方がよかったのでしょうか。首を傾げて見上げる私から目を逸らしている所をみると、何か隠しているようです。
「な、なんつうか、それはよかった。うん手間が省けたな、よしじゃあ名代の所に行こう。出発まで時間が無いしな、そうと決まったら早速行こうさあさあ行こう」
「ちょ、ちょちょちょ」
強引に背中を押され、隊商の真ん中あたりに止まっている豪奢な馬車へ連れて行かれました。ううん、この慌てよう、絶対なにかあります。あとで問いつめようと、かたく心に誓いました。
その馬車は、一見普通の馬車のように見えますが使われている素材を見れば通常の5~6倍はお金がかかっている事がわかります。快適性を上げるためのサスペンションやブッシュ類には間違い無く機導師の手が入っていますし、襲撃に備えての重装甲と重量過多に対応するための魔導機械による動力補助がありそうです。
愛しのエルちゃんが百台くらい買えそうな馬車を前に、思わずため息をついてしまいました。
「ふおぁ、王族の乗り物か何かですか?」
「あん、何言ってんだよ、ごく普通の馬車じゃねぇか。こ汚たねぇし」
「はあ…おめでたいですね。グリッドさんの脳は一度洗浄して裏ごしした方が良いと思います」
「カニミソかよ!」
「裏ごしした分、それ以下ですね」
「おい」
ゆかいな冒険者は放置し、辛抱たまらんといった様子で馬車の下にしゃがみ込んでみると、そこには宝箱をぶちまけたような光景が広がっていました。
想像以上のハイテクノロジーがふんだんに使われています。この芸術作品を単に『馬車』などと呼んで良いものでしょうか。否、もはやこれは一つのアーティファクト!まさにミラク…
「おい、キイ!大丈夫か、戻ってこい!」
「はっ、私は今までなにを…じゅるっ」
「涎拭け。まったくうら若き乙女が馬車の下のぞき込んで、うっとりしてんじゃねぇよ」
「うら、若き、おとめ?」
聞き慣れぬ言葉です。下から見上げるように小首を傾げようとしたら、グリッドさんの巨大な手にガシッと頭を押さえられました。なんですのん!
「まてまて、それはマズい」
「なんの、こと、です、かっ」
ギギギと力を入れて首を傾げようとしましたが、ビクともしやがりません。
「何故、とめる、のでしょうかっ」
「危険だからだ」
「いみ、ふめい、ですが」
「俺のプライドにかけて、断じて、違うと思いたい。しかしそうなってしまってからでは遅い、のだ」
「だから、なんの、ことですかってえの!」
ドムドムドムと鉄板のような腹にライ麦パンチを繰り出しましたが、一向に効いた様子がありません。この化け物め。
そんな風に戯れていたら、馬車から70歳くらいの男性がひょいと顔を出しました。
「なにやら賑やかですな」
「これは名代、お、お騒がせしてしまい申し訳ありません!おい、キイも謝れ」
「はーい」
「おまっ…」
「いえいえ、良いんですよ。楽しそうでつい顔を出してしまいました。私も混ぜていただけますかな」
馬車から降りてきたのは、白髪交じりの長身男性。顔に刻まれた皺が苦労を物語っているが、穏やかな笑顔はそれを感じさせません。セロと名乗ったその男性は、ガーナッシュ卿の代理人として隊商に参加しているのだそうです。ご本人曰く『老い先短いジジイなので惜しげも無く小間使いに使われている』とのことですが、とてもそうは見えません。出来る人オーラがバリバリ出ているのですから。
「なるほど、それでショコロールさんのパンが必要になるわけですね」
「あ、キイで良いですよ」
「お前は黙ってろ。ええと、ハービーの渓谷を抜ける間だけでも必須です。山賊なんかには効果がありませんが、そちらについては心配無用でしょう」
「今回は護衛も多いですからな」
そう言ってセロさんはヨナタン隊長達の方へ視線を投げました。屈強な護衛の皆さんが居れば、山賊くらいものともせずに撃退できます。しかし人間相手には充分過ぎるほどの護衛も、空からの脅威には脆いものです。
ハーピーが多数出没すると言われている渓谷を抜けるにあたって、より安全性を上げるため私のパンに白羽の矢が立ったようです。
「えっとでも、そこまで凄い効果があるわけじゃ」
「何言ってんだ、帰りにお前のパンを使ってゾウマに遭遇した事なんて一度も無いんだぞ」
「え、うそですよ」
「他の奴らも全員そうだ。少なくとも俺の知り合いは全員な」
「そんなこ―」
「それは、見事ですなあ。どのくらいの時間効果があるんですか」
「2~3時間ってところじゃないか」
「ほう」
途中で割って入ったセロさんが、神妙な面持ちで考え込んでいます。私のパンにそこまでの効果は無いと思うのですが、噂には尾ひれが付くといいますから、たまたま上手く行った人が誇大に広告してしまったのでしょう。まったく迷惑千万です。
ジロリと疑惑の筆頭グリッドさんを睨み付けますが、素知らぬ顔でスルーされました。
「まあ一週間ありますから、道中色々とお聞きしてみたいものですな」
「それはもう、コレでよければいつでもお貸しいたします」
「コレとは失敬な!」
こうして始まった隊商の大移動は、最初の3日まで何事も無く過ぎていきました。
その間もお針子さん達と仲良くなったり、夜警のハンターさんとパン談議で盛り上がったりしましたが、大きなトラブルがなかったせいか皆気が緩んでいたのかもしれません。
それは何の前触れもなく、ハーピーの渓谷へとさしかかった時に起こりました。




