第11話 いそがしの森(後編)
アン=ハリンおばばの館でお茶を頂く事になった私は、血だらけの服を着替えることにしました。下着を温泉に置いてきてしまったのは痛恨のミスでしたが、おばばから『不肖の弟子を助けてもらった礼』と洋服一式を貰えたので帳消しです。
首まで隠れる白いジャケットにチェックのキュロットスカート、黒タイツ、ハーフブーツまで頂いて、ホクホク顔でリビングに戻りました。
勧められるままにテーブルに着くと、紅茶と一緒にスライスされたライ麦パンが置かれていました。自分の作ったものが出されていると、やはり嬉しいものです。
でも、なぜかおばばは無言でバターを塗っていて、なんかもの凄く不機嫌そう。
なんだか話しかけるのがはばかられましたが、服のお礼を言わずに黙っているわけにもいきません。気にせず、いつもの調子で話しかけることにしました。
「ハリン様、服ぴったりでした。ありがとうございます」
「ん。良く似合ってるじゃないか。私がハンターになった頃のだから古いけどね」
「えええ、うそ、300年前のですかっ!?」
「嘘に決まってるだろ」
「もう!」
カカカと笑うおばばは、少し機嫌が直った模様です。ホッと胸をなで下ろし、あらためてテーブルを見ると、正面でエルフのお兄さんがしょんぼり耳を垂れていました。エルフの耳って感情表現にも使えるのですよ!
なんか便利で良いですね。
「そういえば、お兄さんはハリン様のお弟子さんだったんですね」
私の言葉にビクッと反応したエルフのお兄さんが答えるよりも早く、おばばが横から返事をしました。
「ナズルが?とんでもない、弟子見習いだよ」
「そ、そんな酷いですお師匠様」
「黙らっしゃい」
どうやら、キュクロプスに遭遇した時の対処方法が良くなかったみたいで、弟子から見習いに降格されたようです。ナズルさんの実力では、一人でキュクロプスを倒すのは相当困難なのだそうです。遭遇と同時に逃走すべきだったのに、欲を出して戦いを挑んでしまった事がおばばの怒りに触れてしまったようです。こわいですね。
「自分の実力も測れないんだ、見習いからやり直しな」
「うう…」
「お前はもう少し人間の街で苦労してくるといい」
「しかし、お言葉ですが、人間から今更学ぶ事など無いかと」
「その人間に助けられた奴が、何を偉そうに」
「いや、それは」
「ちっとはキイを見習ったらどうだい」
もぐもぐパンを食べながら、二人のやりとりを聞いていたのですが、なにやら雲行きが怪しくなってきました。私はただ逃げ回っただけですし、戦闘力とか皆無ですし、ハンターとして見習うべきところなど見あたりませんよ、おばば。
あ、ほらナズルさんが怖い目で私を見てるじゃないですか。
「キイ、頼まれてくれんかね」
「無理です」
「まだ何も言っとらん」
「パンづくり以外の事は何にも出来ないんです、ほんとうなんです、ごめんなさい」
「まったく、その謙虚なところは誰に似たんだか」
ため息をもらすおばばに、軽く一時間ほど説得され、結局ナズルさんを三ヶ月アルバイトとして雇うことになってしまいました。もちろんお給料など払えるはずもないので、無給で奉仕です。
ナズルさんにはでまえを担当していただく事になったのですが、大丈夫なのでしょうか。だってこの人、すっごく無愛想なんですよ!今だって私の事睨んでるし。
「あのー、本当に働くんですか?」
「ナズルは魔法と弓に関しては優秀なんだけどねぇ。ここ最近いろいろ勘違いが酷くてね。一度痛い目にあっておかないと、後々鼻持ちならないクズになっちまうからさ。三ヶ月迷惑かけるけど、頼むよ」
「しかしお師匠様、私ならばパンの配達など一週間で覚えられます。三ヶ月も離れるなど…」
「やかましい、お前は黙ってな」
あああ、もうこの時点でため息が出ます。私はやる気のない人と一緒に仕事をするのは嫌なんです。嫌なんですけど、おばばに頭を下げられて断れる人なんているわけないじゃないですか!はぁ…。
そんな予想通り、ナズルさんを連れて街に帰り着いた時点で、私は早くも後悔していました。道中獣に襲われた時、逃げまどう私を見事な弓捌きで救ってくれたのは良いのですが、どうもそれ以来ずーっと見下されてる気がするんです。
そりゃ12歳ですし?
チビですし?
人生経験も少ないですから、ちょっとくらい大人の顔されても怒りませんけどね。
でも、もうちょっとパン職人に対して敬意を払いましょうよ。
ある日厨房でこんな会話がありました。
「それで、このゴミはどうするんだ」
「私の晩ご飯をゴミ扱いしないで下さい」
「パンの耳が夕飯だと?」
「立派な料理に使えるんですよっ」
「ふん?」
鼻で笑われました。
グラタンスープにしても美味しいし、キッシュに使ったり、フレンチトーストにもできるのに。耳とはいえ私の作ったパンをゴミ呼ばわりとは…。
私の貧乏生活は相変わらずですが、ナズルさんはわりと高級な宿に宿泊して人間の街を満喫しているそうです。食事のメニューも、私が知らない名前がバンバン出てきますので、きっと高いのだと思います。きっとパンの耳とか鳥の餌ぐらいにしか見てないのでしょうねぇ。
ため息をつく私を気にする様子もなく、ナズルさんは地図を見ながらなにやらブツブツ唸っています。よく見れば、明日配達するルートを確認しているようでした。
「明日からようやくデリバリーだな」
「でまえです」
「聞こえが悪い。デリバリーと呼ぶべきだ」
「却下します。でまえパンですから、お客さまには『でまえ』でお願いします」
「ふんセンスの悪い事だな」
不承不承といった顏ですが、これだけは譲れません。でまえパンの屋号は、他界した両親が残してくれた唯一の形見ですから。
ナズルさんは、今日まで一通りパンづくりの行程を学び、明日からはでまえをお願いすることになっています。最初はお馴染みさんの所からで慣れてもらう事にしました。
「配達先は鍛冶屋か。まさかドワーフではなかろうな」
「ラジームさんはヒゲモジャですけど、人間ですよ」
「ならば良いが。人間の鍛冶屋では大した腕でもなさそうだ」
「ナズルさん、そういう事を思っていると、態度に出てしまいますよ」
「子供と一緒にするな」
そういうのは、大人子供関係ないんですよぉ~、敏感な人は感じ取っちゃうんですよ~と言っても、ばかばかしいと取り合ってくれません。うう、心配で胃に穴があきそうです。
キイ=ショコロール受難の日々は始まったばかりなのでした。




