第1話 ライ麦パンのお届け
クラウドゲート株式会社さまの、WTRPGファナティックブラッドの二次創作作品となります。まだ世界観など、しっかりと出そろっていない状態ですので、想像で補完している所が多分にあります。ご容赦下さいませ。
冒険都市の異名を持つリゼリオ、その華やかな都市の東の端っこにある小さな商店街で、今日もふんわり香るライ麦の匂いに包まれています。
平凡な栗色のド・ストレートヘアーを頭巾ですっぽりと覆うと、自分の背丈の倍はあろうかという巨大オーブン(普通サイズ)の前で感謝の合掌を一つ。そしてこれまた巨大なミトン(普通サイズ)とお子さまゴーグルを装備し、果物屋のアリドットさんお手製2段踏み台に足をかけると、ふんすと気合いを入れながら取っ手に手を掛けました。
「うっひっひ」
嬉しさのあまり、およそ女の子らしからぬ奇声を上げながら、巨大オーブン(普通サイズ)の扉をいざオープン。オーブンをオープン、アリドットさんが喜びそうなネタに口元をほころばせながら襲い来る蒸気を華麗にかわし、腰にぶら下げたトレイキャッチャーへと両手を伸ばしました。
クルクルと格好良くトレイキャッチャーを回転させ…たいところですが、巨大ミトン(普通サイズ)を装着していては私の華麗な美技を披露することは叶いません。お見せできないのが残念です、とても残念です、いや本当に。仕方ないので、ごく普通にトレイを引き出すことにしましょう。
「ど、どうでしょうかね」
少し緊張した表情で、焼き上がったばかりのライ麦パンを取り出すと、作業台へと転がしました。何の変哲も無いいわゆる『黒パン』ですが、今回は中身にちょっと拘っています。ヨーグルトを練り込む時に思い立って、乾燥ローズマリーを使うことにしたのです。しかもパンを正方形の小さいサイズに成形したことで、見た目も超絶可愛い!
あちあちと叫びながら手に取ると、素早く二つにちぎります。鼻腔をくすぐるライ麦の香りに、一瞬意識が遠くなりました。素晴らしいことです。ああもう、美容と健康に良いライ麦風呂を作りたい!砂風呂みたいな感じでやれば、儲かるのではないでしょうか。
などとアホな事を考えてないで、さっさと試食しなくてはなりません。本当は数時間置いた方が美味しく熟成されるのですが、今日はやり直す時間がないので仕方なく出来立てを味見です。
「こっ、これは…」
美味いぞお~!とやはり女の子らしくない雄叫びを上げてしまいましたが、別に誰かが聞いているわけでもないので良いのです。6年間独りで生きてきたのだから、独り言が増えたって当然なわけで…えぐっ、えぐっ…
ずびーっと鼻をかみつつ、厨房を清掃していると、丁度良い具合に冷めてきたので、パンを袋詰めする事にしました。しっかりと手を洗い、トングで12個の新作パン『ライ麦パン・スクウェアスプリングサンダー』を紙袋に詰め込みます。
その他にもクラムチャウダーの入ったボトルや薄切りハム、チーズの入ったタッパーなどを浅葱色のバックパック『マジック・チャックン』に放り込んだところで、出発準備が整いました。
「さてと」
ゴーグルのバンドに頭を通しながら、壁に張り付けてある地図をもう一度確認しました。今日は天気なので、配達も楽に違いありません。指さし呼称しながら、本日の予定ルートを頭に入れます。
「クラフェの森を入って4つ目の道祖神を右、泉のそば、夕刻まで。おっけーです」
マジック・チャックンを背負い、ヘルメットを手に勢いよく厨房を飛び出しました。ちょうどその時、レストラン『クランベール』のオーナー様が出勤してくるところだったようで、危うくぶつかりそうになります。危ない、危ない。若きイケメンオーナー様に失礼があっては、今後の生活に差し支えるというものです。
「おおっと、キイちゃん仕事かい?」
「おはよーございます、ハルメーンさん。これからクラフェまで言ってきます!」
「ハメルーンな、ハメルーン。晴れてるけど、運転は気をつけるんだよ」
「あい。今日も厨房ありがとーでした。ライ麦8斤テーブルの上です」
「いつも悪いね」
厨房をお借りする代わりにライ麦パンをお渡ししていたのですが、いつの間にかお店の裏メニューとして出していただいているようです。ちょっと特殊な作り方をしているせいか、最近はプレミアムなパンとして一部富裕層に人気だそうで…お店が繁盛するなら良いことです。
朝から眼福じゃ、などと上機嫌でレストランの裏庭へ歩いていくと、そこには愛しの彼が待っていました。
つーすとろーくえんじんの、えるえっくすぶい125ie、いわゆる一つのバイクであるところの、愛機エル君です。
まずもって愛らしい丸形ヘッドライト、まあるいグリルのメーター、ぶりぶりうるさいエンジン、ガッチャンと遅れてつながる変速、何を言っているか判らないと思いますが、とにかくこのバイクという乗り物は最高に、最高に楽しい道具なのです!
そしてもっとも重要な事、エル君は足が短くても運転できるのです。なんたって左手で変速できますからね!無理するとワイヤーが切れますけど。こんなチビな私にも分け隔てなく健気に働いてくれるエル君、愛してますよ。
「さあエル君、出発だ!」
ガッテンダ!なんていう空耳を楽しみながら、私こと『キイ=ショコロール』12歳は、今日もヴォイドと戦うハンターさん達のもとへ元気にパンを出前するのでした。
バイクは、有名な「ヴェスパ」です。