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op.4 深海魚-Coelacanth-

 校門をくぐってすぐ、和佐を探した。


 どうでもいいときには見つかるのに、会いたいときにかぎって見つからない。


 そういえば、和佐裕人かずさひろとは忙しない奴だったと、思いだした。


 顔も広いし、人望も厚い。

 なんていうと、いいコトづくめなように思えるけど。


 ――ようするに八方美人だ。


 いいヤツなのは知ってる。だけど、無意識でもなんでも関係なく、そういう立場は維持が大変だってこと。


 俺には真似できない。

 真似しようとも思わないけど。


 まるごと全部受け入れる器の広さはないし、それに、――審査さえしないのって、ある意味、拒絶も同然だろう。


 そんなふうに考えちゃう俺には、縁遠い世界。



「まあ、……いいや」



 そうそうに捜索をうちきって、教室へ向かう。


 俺とちがって真面目な和佐なら、ほうっておいても授業に出席するだろう。





「秋葉?」

「あれ、今日もいる」

「めずらしー」



 俺が教室に入ると、あちこちから疑問の声が上がる。


 ひそひそ。ひそひそ。

 交わされる噂話の内容は、だいたいわかってる。


 和佐のいないクラスとの距離感なんて、こんなものだ。


 うっとうしいなぁ。

 いつもみたいに放っておいてくれればいいのに。


 机の上にカバンを投げて、そのまま顔を伏せる。……眠い。



「――おい」



 沈みかけていた意識を、すくい上げられる。

 だらだらと起こした視線の先には、なんだか見覚えのある顔。


 ……誰、だっけ?



「ヒロ、今日こねーよ」



 パチパチと目をまたたかせて、正面に立った男子生徒をみつめる。


 ……ああ、昨日の。和佐を連れていったひと。


 名前は思い出せない。



「和佐、休み?」

「ドイツに交換留学。二週間いない」

「へぇ……」



 優等生は大変だ。

 TOEICのスコアが高いから、受験に忙しい上級生をはねのけて、選ばれたんだろう。


 交換留学ってことは、この学校へも留学生がくるってことだけど。

 ……俺には関係のない話だ。


 それにしても、どうして、わざわざ俺に教えてくるのだろう。



「ヒロに頼まれたんだよ、お前のこと」

「俺のこと?」

「あいつ、絶対お前のこと弟かなんかだと思ってるぞ。手のかかる末っ子ってかんじ。すげぇ気にかけてる」



 ……なにそれ。

 和佐はビョーキだ。お節介病。





 和佐の友人――椎堂しどうというらしい――に向けて、おもいっきりため息を吐いた。

 彼が悪いわけじゃないけど。



「いいよ、特にこまってないし。……放っておいてくれれば、それで」



 だよなぁ、とうなずいて、椎堂が苦笑する。


 そのまま立ち去っていこうとする背中をみつめて、和佐に聞こうとしていたことを思いだした。


 がたん、と立ちあがって、ひと息に問いかける。



「あのさ、――リツって生徒、しってる?」



 足を止めた椎堂がふりかえる。



「りつ? ……深水ふかみりつか?」



 怪訝そうな顔。



「さあ?」

「おいおい、なんだそりゃ……」



 そんなこと言われたって俺にもわからない。ふたりで顔つきあわせて、眉を寄せあって、……これ、馬鹿馬鹿しい構図だ。


 椎堂も、すぐに気づいたらしい。

 不毛なやりとりを打ち切るように、頭をふった。



「和佐も、よくつきあってられるな」

「わりとひどいね、椎堂」

「とにかく、お前のいうリツが、深水のことかどうかはしらねーけど、――興味本位で首突っ込むなよ」



 俺の言葉を、さらりと無視して、椎堂はざっくり釘をさした。義務は果たした、とばかりに、そのままいってしまう。


 ふぅん。お人よしの親友がお人よしとはかぎらない。おもしろいね。



「興味本位じゃなかったら、どうなの」



 だれも近くにいなくなった俺の席で、ぽつりと、つぶやく。


 フカミリツ。

 そっと、口のなかで転がした名前を、きっと俺は忘れないだろう。





 たいくつな時間を、まるごと夢の世界へなげて、たどり着いた昼放課。


 第二音楽室へいってみようかな、と思っていた俺の携帯に着信。


 無視。


 軽い鞄をひっつかんで、席を立つ。どこへいこうか。鼻歌交じりの逃避行。


 廊下を半分もいかないうちに、二回目の着信。


 切ってやろうかと、とりだした画面上に、周ちゃんの名前。……だと思ったけどさ。


 そんなことより、俺は俺の音を探すのにいそがしい。


 電源ボタンに指をかけると、ふるえが止まる。代わりに、メッセージ受信のお知らせ。



「新曲について……?」



 予想外の件名に、目を丸めた。

 ――これはちょっと、無視できないかも。





 結局、そのまま学校は早退した。

 迎えにきた周ちゃんの車に放りこまれて、事務所へ直行。


 ひさしぶりに会う……ええっと、たしか、プロデューサー? そんな感じの大人と向きあって、居心地のわるいソファに座る。



「ノイズ。この曲、どう思う?」



 ツ――、と指で差ししめされたのは、机の上に広げられた楽譜だ。手書きの五線譜に、素朴なパートが並ぶ。主旋と伴奏だけの、簡単な譜面。



「なんで俺に確認するの」



 歌わせたいなら、歌えとひとこと言えばいい。そしたら俺は、音をつむぐ。言われたとおりに、声を重ねる。


 ――まるで歌唱人形だ。


 周ちゃんの言葉が、胸に刺さった。



「それに、このまえ新しいの出したところじゃん」



 ふてくされたようにつぶやいて、落ちつかなく指先で机をたたく。


 ああもう、なんだよ。


 それでいいじゃないか。好きにすればいいじゃないか。俺は、音があればいい。歌わせてくれる、場所があればいい。


 整った環境は魅力的だけど、閉塞的で、……たまに、息がつまる。



「率直な意見を聞きたいんだ。素人の持ち込みらしいんだけど、だれが受けとったのかもよくわからなくて。どこかに埋もれてた譜面を、江沢が引っ張り出してきたんだが」

「周ちゃんが?」



 言われて、はじめて、音の流れを追う。


 周ちゃんの曲の好みはだいたい把握してるけど、……ちがう。系統が、全然ちがう。


 ただ。



「……すごい」



 あふれんばかりのセンスだけは、わかる。


 思わず、漏れだした声に、すべての感情がのっていた。



「荒削りだけど、才能はある……だろう?」



 完成していない。未完成な、だけどまぶしい音の羅列みたい。


 きれいにまとまってなんかなくて、たまにバラけて、だけど、それがいい味にも見えて。


 狙って書こうと思っても、きっと書けない。いまだから、をこれでもかと詰めこんだ、不安定で魅力的な曲。


 気づけば、じっくりと、全体を精読していた。



「ノイズ」



 問いかけられて、はじめて、目的を思いだす。



「どう思う?」



 いたずらっぽく輝いた眼に、完敗を察した。

 譜面を机に置きながら、プロデューサーの眼を見返す。まっすぐ。強い意思をこめて。



「歌いたいね。アレンジとかなしで、生のまま、歌ってみたい」

「生のまま?」

「うん。……すこしでも手を加えたら、きっとこの曲、死んじゃうから」



 それは、リツのピアノを想起させるような。

 弱く儚く悲壮に美しい、あの曲を想起させるような。


 瑞々しい生を、にじみださせた曲だから。


 大人が手を加えちゃいけない。この不和を、整えてはいけない。完成されていないからこそ、きっとこの曲は輝く。



「けどなぁ……iVoiseの曲として売りだすには、ちょっとイメージが」



 iVoiseは、完成されている。

 いつも、完成された芸術品のように、澄ました顔でたたずんでいる。


 お綺麗にまとまった、……死んだ曲ばかりを、歌う。


 ――それがいいっていう声も多いけど。


 周ちゃんの声を思いだす。


 なんのために周ちゃんが、この曲を推したのか、わかった気がした。


 ――生きてたんだよ、お前の歌は。


 ねぇ、俺、言ってもいいのかな。


 俺、いま、すごく……興奮してる。ずっと忘れていた熱が、カタチをもって、ここにある。見逃すなんて馬鹿なまね、できるわけない。


 言わずになんて、いられない。



「だったら、この曲、俺にちょうだい」

「いや、最初からそのつもりでは――」

iVoise(ノイズ)じゃなくて、秋葉音波おれにちょうだい」



 ぽかん、と口をひらいた南部プロデューサーに、してやったり、と俺はほほ笑んだ。


 どうしても、これが欲しい。

 iVoiseになんてあげない。


 これは、俺のものだ。





「気に入ったか?」

「すっげーサプライズ。さっすが周ちゃん」



 現金な奴め、といって、周ちゃんの拳骨がふってきた。がつんとゆれる視界。でもいいや、気分最高だから。



「ふふ」



 口もとが、勝手にほころぶ。



「それ、どうすんの」



 運転席のドアを開けながら、周ちゃんの視線が、俺の手もとにある譜面を射抜く。



「生かすよ。生かしてみせる」



 きっぱりと言いきって、となりのドアから後部座席に乗りこむ。


 車内に腰をすえても、俺の目は、五線譜に吸い寄せられたままだ。



 静かな導入。せつなくゆれるアルペジオ。

 徐々に徐々に盛り上がっていく、たたみかけるような旋律。


 クラシック音楽にも似ている。

 たぶん、作者はピアニストだ。


 右上に、うすい筆跡。サインかな。



 ――Coelacanth.



 シーラカンス?

 曲名か。ペンネームか。


 ななめに傾いた字体で走り書きされたスペル。紙の外へとのびる下線が、細かくゆれていた。



「……周ちゃん」

「なんだよ」



 エンジンをかけながら、おざなりな返答。



「これ、書いたの、学生?」

「南部さんも言ってただろ、だれが受けとったのかすらわからないって」

「なんで」

「なんで、って言われてもなぁ……先月やめた、書類のあつかいが雑なやつがいて、どうせそいつが紛失したんじゃないかって話してはいたけど」



 ――先月。


 すくなくとも先月には、この譜面は、できていたのかな。



「紙の状態からみても、年代物ってわけじゃあなさそうだし。……学生が書いたってんなら、いまも学生なんじゃないか」

「ふぅん……」



 譜面を持ちあげて、鼻に近づける。


 無臭。


 新鮮なインクの匂いも、紙の香りもしない。

 どこかからひっぱり出されただけあって、なんとなく埃っぽくはあるかもしれない。



「そもそも、なんで学生だと思うんだ?」



 周ちゃんの問いかけに、すこし迷って、答えた。



「完成してないから」

「素人の持ち込みなんて、そんなもんだろ」



 完璧な方が不気味だ、と周ちゃんは言いはなつ。そうかもしれない。だけど、それだけじゃなくて。



「なんていうか、不安定で……」

「不安定?」

「そう」



 まとまりがあるようで、まとまりがなくて、でもだからこそ、まとまっていて。


 ああもう、なんて言えばいいんだろう。


 この不完全な完全さ。

 下手に手を触れたら、一瞬で崩れおちてしまう砂の城のような。


 風の前でゆれる、灯火のような。



「……しってるんだ」

「は?」

「俺、こういう曲を奏でるひとを、しってる」



 だから、ひょっとして。なんて、希望的観測を重ねてみたかっただけ。



「ああ。例の『思い知らせたい』子?」



 からかうような周ちゃんの声が不快だったから、それきり口をつぐんで、譜面をにらんだ。

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