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op.3 生きた音/死んだ歌

「周ちゃーん……」

「なんだ」

「俺、力不足を痛感した」

「なんだ、いまさら」

「あ、ひどい」



 おざなりな返答。ふりむきもしない周ちゃんが、なにかあったのか、と聞いてくる。



「……さあ」



 あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。


 ソファに寝ころがったまま、クッションに顎をうずめた。


 ただ、なんとなく、あの子――リツの淋しげな表情が、忘れられないだけだ。

 ピアノの音色とセットで、何回でもよみがえる。


 キッチンから、マグカップを片手に周ちゃんがやってくる。湯気のたったコーヒー。俺のリクエストだ。



「お前、やる気ないわりに自信家だろう」



 マグを机に置きながら、向かいに座った周ちゃんが、ざっくりと刺してくる。



「その自信を打ち砕かれたわけだけどね」



 革のソファから身体を起こして、のろのろとコーヒーに手を伸ばす。……苦い。


 顔をしかめた俺に、周ちゃんが、シュガーポットを差しだした。甘党だってしってるんだから、いれてくれたっていいのに。



「それはまた」



 周ちゃんが、のどを鳴らして笑う。


 あ、おもしろがられてる。気づいたけど、どうせ俺の抗議なんて聞きやしないんだろう。


 ぶすっと黙りこんだまま、コーヒーに山盛りの砂糖をぶちこむ。でも、スプーンがない。ミルクもない。



「……周ちゃん」



 声をあげて抗議すると、ようやくミルクピッチャーとマドラーがでてきた。


 周ちゃんは、俺に甘いけど、本質的にはいじわるだ。



「学校でなにかあったのか?」

「たぶん」

「なんだそれ」



 なにかあったのか、と聞かれたら、そりゃあ、あった。俺にとっては。


 でも、リツにとっては、なんにもなかったんだろう。

 ……それが、悔しい。



「で、明日はいくのか? 学校」



 なぜか、にやけた表情で、周ちゃんが言う。

 答えなんかわかりきってる、という態度が気に障る、……けど。



「いくよ」



 いかないなんて選択肢、ない。



「へえ」



 即答した俺をみて、周ちゃんは眉をあげた。


 ああもう、うっとうしいな。わざとらしい動作しなくてもわかってるよ、らしくないことくらい。



「そういえば、自分が世間でどう言われてるかしってるか? 音波」

iVoise(ノイズ)のこと?」



 周ちゃんがうなずく。



「さあ。興味ないし。そう悪く言われてるわけじゃないみたいだけど」

「――よくできた機械音声みたい、だとさ」



 機械音声?

 眉をひそめる。なにそれ。



「ようするに、人間味が感じられないって言われてるんだよ。逆に、それがいいって声も多いけど」

「ふぅん」

「お前のことだよ、音波」

「いいよ、どうでも」



 不特定多数に聞かせるために、歌っているわけじゃない。

 俺の声を聞いてなにを思おうが、自由だろう。



「俺は、お前の歌が好きだけど。行儀良く音源に収まったiVoiseは、iVoiseじゃないと思ってるよ。あれは、まるで歌唱人形だ」

「どういう意味?」



 周ちゃんは、ときどき、よくわからないことを言う。



「レコーディングされた歌は、死んでる」



 どんな顔をして言うのだろう、と思ってみたら、周ちゃんは意外と真剣な顔をしていた。


 ちゃちゃを入れそこねて、ごまかすようにコーヒーをすする。



「お前の歌は、生きてたんだよ。俺は、その頃をしってるから、いまの芸術品じみたiVoise(ノイズ)は好きになれない」



 周ちゃんのまなざしが、痛い。


 歌いたかった。

 ただ、それだけだった。


 歌わずにはいられなくて、そのための場所を、理由をくれるのなら、なんだってよかった。


 そうして飛びこんだ世界は、ゆっくりと、でも確実に、俺を殺した。



「……そう」



 本当は、わかっている。


 吐きだすために選んだ場所は、吐きだす音を、濾過してしまった。


 お綺麗な枠に嵌りたかったわけじゃない。


 でも、俺は、鳥籠のなかで囀るカナリアだ。それが現実。

 自由に吠えていたころには、戻れない。


 ぬるくなった甘ったるいコーヒーを飲みくだして、目を閉じる。


 死んだ音。

 死んだ歌。


 ――リツの音は、生きていた?


 頭のなかをめぐる旋律。柔らかに、寂しく、美しく、波打つ。あの曲は、とても弱々しい。


 それでも、脈動していた。


 死にかけながら、生きていた。俺自身に、よく似ていた。だから、とらわれた。ぼうぜんと聴き入った。


 でも、リツは、気づいていない。


 俺をかき乱したあの音の価値をしらない。

 ギリギリ踏みとどまって生きていた、虫の息の音色を、彼女自身だけがしらない。


 そんなのって。



「――ゆるせない」



 空のマグカップを、勢いよくテーブルにもどす。



「ゆるせないよ、周ちゃん。呼吸する価値を、本人がしらないなんて。あのまま殺す気なのかな。生きてるのに? しぶとく息をつないでるのに? 馬っ鹿じゃねーの」



 ひとくちで語りおえると、眼を丸くしている周ちゃんに気づいた。



「音波?」



 あーあ、口まで開けちゃって。

 男前が台なし、っていうか失礼だな。俺が熱くなるのがそんなにおかしい?



「なんでもない。思いしらせてやりたいだけ」

「あー、その、なんの話だ? 喧嘩でもしたのか?」

「するわけないじゃん。そんな仲いいやついないし」



 それはそれでどうかと思うが、と前置きして、周ちゃんが語る。



「なんとなくわかった。それで、力不足がどうのってところにもどるわけだな」



 さすが周ちゃん。俺のお目付役としての習熟度がちがう。



「そう。ぜったい思いしらす」

「へえ……勝算はあるのか?」

「考え中」



 プッと音をたてて周ちゃんが笑った。ひどい。



「……周ちゃん」

「だって、お前。めっちゃくちゃだなあ、やっぱり」

「いいんだよ、それが俺だから」



 そうだ。考えるより動く。感じるままに、吐きだす。それが、もともとの俺の性格。


 声にも音にもなりきれない、めちゃくちゃな遠吠えが俺の歌だった。これでもかってほどに、吐きだして、叩きつけて。


 それが、俺の音だった。



「なあ、音波」



 周ちゃんが、目を細める。



「俺は、お前の音が好きだよ」



 くりかえされた言葉に、俺は、なにも答えを返さないまま、マグを置いてリビングを離れた。





――Truth


  水面みなもが揺れる

  ソレは誰の零した雫だった?

  風が

  ソレは誰の漏らした嗚咽おえつだったのだろう


  現在イマ、何ヲ求ム

  確かな過去アシバさえ 失って

  ソノ瞳ニ 誰ヲ想フ

  唯一重に願うは、


  我武者羅に駆け抜けた 鏡面世界-Mirror's World-

  確かなモノなど 一つも無くとも

  “君サエ居レバ”


  崩れゆく世界オモイに君を探す

  砕け散った心の破片に身を裂かれても

  掴みたい腕があるから



 古い曲をひっぱりだして、奏でて(歌って)みる。


 いまの俺と、なにが違うんだろう。

 死んだ歌。生きた曲。

 なにが違うんだろう。


 ……わからない。


 空のCDケースを放り投げて、ベッドに飛びこむ。ぼすり、と埋まった身体に、遅れてほこりが降りつもった。



「行儀良く収まった音源はiVoiseじゃない……?」



 だって、iVoiseは音源だけの存在だ。


 実体のないiVoiseから声をとってしまったら、もうなにも残らない。



「iVoiseから音をとったら、なにも残らない。俺は? 俺から音をとったら?」



 なにか、残るだろうか。



 iVoiseじゃないiVoise。


 ――ああ、そうか。そうだった。



「iVoiseは……俺の音、だった」



 ひさしぶりに、奏でてみようか。


 ありのまま。

 俺のまま。


 どんな声なら、彼女に届くだろう?


 受けとった音を、そのまま弾きかえしてやりたい。

 伝えてやりたい。

 風前の灯でも、たしかに燃えてるんだって。


 どうせ、他のギャラリーはいないんだから。


 リツは、また、あそこにくるだろうか。

 会いにいこう。


 つぎこそは、本当の俺の音を、聞かせるために。





 翌朝、周ちゃんは、なにも言わずに俺を学校へ送り届けてくれた。


 だまりこんだまま、車窓をながめて、ぐるぐると考えつづける。外の景色なんて、目に入らない。


 俺の音。


 声じゃない。言葉じゃない。

 そんな、うまく形をとったものじゃなくて。


 わめき散らした。全力で。

 ここにいるんだって。存在してるんだって。


 誰かのために歌っていたわけじゃない。俺のために歌っていた。ずっと。俺が俺であるために。ただ、吐き出していた。


 中途半端なiVoise。それでも。

 ――気づいて、欲しかった。

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