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後編

-プリュイの記憶 後編-


 濡れた制服と汚れまくった靴と学生鞄。

 一度帰れば良かったが、こういうのはノリである。

 ホテルから出た時には、雨は豪雨に変わっていて、何故か爆笑しながら二人で山を駆け下りて、僕の家にあった祖父の軽トラに勝手に乗り込み、濡れたまま急速に発進した。

 幸いにもラジオから流れる天気予報では、明日の朝まで雨は降り続くらしい。

 そんな阿呆な事しながら、僕と姫子は終始笑い放しだった。

 特別な事をしているという浮遊感からか、どうにも情緒が安定しない。

 ただ大それた事をやっているという緊張感はあったけれど、幸せそうに姫子は笑う。

「何をやってるんだろうね。馬鹿みたい私達」

「今ならどこでも行けるけど、何処行きたい?」

「海。海みたい」

 テンションで決めた目的地に向かい、延々と軽トラを走らせる。

「あーあーほらブラ透けてセクシー?」

「残念だが、その素敵な姿を確認できるほど余裕なんてねぇよ」

「だよね。高田はヘタレで空気読めないもんね」

「それと馬鹿を付けてくれれば嬉しい。こんな事やってんだもん」

「私には結構嬉しい馬鹿だけどね」

 隣でびしょ濡れになった靴下を脱ぎながら、そんな事をいう姫子。

「冷静になった時に結局、馬鹿だったなぁって思うんだろうけれど、私は結構嬉しい」

 何故か二回同じ事を繰り返す姫子。

「なら良かった。でも改めて思うとすっごい馬鹿だけどな」

「だよね。テンションで決めて、テンションで実行して、テンションだけで今のモチベーション保ってるんだもんね」

「何時か、お前が気を失うまで抱いてやる」

「別に構わないよ。今のまま抱かれたら私は幸せだって言って死ねる」

 大げさ過ぎるだろうと思いながら、それを実行に移せそうな今の姫子のテンションが怖い。

 それでも、頭は姫子と約束を取り付けたというピンク色をした思考がじゃまをして、その理由だけは訳が分からなかった。

「帰ってから死ぬなよ」

「死なないけど、それでも馬鹿みたいに夢見たいな出来事だったなぁとは思うんじゃないかな?」

 ふふふっと本当に幸せだといわんばかりに笑う姫子。

 昔はよく笑う奴だったように思うのだけれど、最近は笑う姿すら見てなかったなぁとそんなどうでもいい事を思い出す。

 山道を越えて、数度のトンネルを越えた所で流石に夜になり、ラブホテルに泊まることも考えたが、一度に二度ほどホテルに行く気力もなく、そういえば財布には二百七十円しか無かった事も思い出して、諦めて車中泊することを決めた。

「なんでよ? 一応お金はあるんだよ?」

「お前が金持ってたって俺は何か嫌なの。小さいプライドなの。あとホテル高いつうの」

「ご宿泊八千円って書いてあるけど? あんなもんでしょ?」

 後ろの狭いベットに横になりながら姫子は言う。

「そんな事いう割に、姫は此処で寝る気満々だな」

「だってじゃんけん勝ったじゃん。だから私は此処で、アンタは前」

「なんだかなぁ……」

「一緒に寝てもいいけど、ここじゃちょっと狭いからなぁ」

「頑張ったら寝れるんじゃないか?」

「高田はさ。絶対そういう状況じゃないときにそういう事いうよねぇ……ヘタレ」

 ふんっと鼻息で返事して堅いシートに沈む。

「いい事を一つ教えてあげよう。ほら私に告白した白川ってイケメン居たじゃん? あれって結構な鬼畜なの知ってる?」

「なにそれ? 聞いた事ない」

「アイツ、付き合った女子全員ハメ撮りしてるんだよ」

 やはり偽善野郎だったか。というか一度ぐらいはそのコレクションに拝んでみたいものだ。

「あの甘いマスクに騙されてる訳か」

「そうだぁね。私の事も股の緩い女だと思ってたみたい」

「嫌な情報だなぁ」

 窓を打つ雨は止む事を知らず、しんしんと天井と窓を打ち続けている。

「…………なんかさ。ありがとね」

「何が?」

「いや、何かさ。絶対手を出さない高田は本当に阿呆なんだなぁって思ってさ」

 むくりと姫子は起き上がり、シート越しに僕に覆い被さる。

「すっごいそれが嬉しい」

「何かあったのか?」

「ないよ。ただ、たださ。初めて人をあー好きだなって思った」

「…………」

「何か喋ってよ。私馬鹿みたいじゃない。他人の男を好きになるって」

「馬鹿なんだなぁって思ってるよ」

「じゃあ馬鹿二人が雨が降る間に海目指してるんだ」

「そうなるな」

「……ずっと降り続いてほしいなぁ」

 窓の外を見ながらそんな事をいう姫子。

 同じようにそんな風に思いながら、決してその事を口には出さなかった。

 出せば何か嘘くさく感じるし、言葉にしてしまうとこの感情は伝えきれないし。

「……たまに思うんだよ。壊れてしまえば楽なんだけどなぁって」

 独り言のように呟く姫子。

「ほら、生きて行くにはこの世界はちょっとしんどいし、今。自分が生きて居るのか死んでいるのかすら分からなくなるの。その度に私は思うの。どう足掻いても真っ当になりたいのに、真っ当になれないならばいっそ狂ってしまえばいいのにって思う」

 ぎゅっと抱き締めたまま、少しだけその抱き締められた腕に力がこもる。

 その体勢のまま数分が過ぎた頃に、大きく深呼吸する。

「それでも生きなきゃ」

 少し姫子は驚いた後で、ぎゅっと僕を抱き締めながらすすり泣く。

「…………好き。好きよ。大好き」

 なんと言えばいいのだろう。こういう時になんと言うべきなのかと思考したが、それでも結果として姫子の中にある何かは一生消える事がないのだろうと思い、そのすすり泣きを聞きながら雨に止むなと願った。

 目が覚めるとまだ雨は降っていて、その中で姫子は手を広げながら雲を見ていた。

 アイツは何を抱えて生きてんだろうとそんな事を思いながら、はぁっとため息が出た。

 プップーとクラクションを鳴らすと、こちらを向いた姫子は何故か泣いているようにも見えた。

 いや、実際、泣いていたのだろう。

 おぼつかない足取りでこっちに帰ってくる姫子は、濡れたまま車に乗った。

「……海。海行こう」

「ああ」

 発進した車は昨日より上手くギアチェンジ出来て、そのまま山道を下っていく。

 助手席に腰を落ち着けた姫子は窓の外の景色を見つめながら、無言だった。

 僕は運転しなが、横目で姫子をみながら、海に向けて運転する。

 トンネルを抜けて、少し大きな繁華街を越えると、少し寂れた街を抜けるとガードレール越しに海が見えた。

「海だ。海だよ」

 朝から数時間。今まで一言も発さなかった姫子は海を見た途端、言葉を喋った。

「だな」

 防波堤に車を止める。

 雨のせいか車の通りは少なくて、人など人っ子ひとり居ない。

「どうするんだ?」

「観に行く」

「海を?」

 その返事を聞く前に姫子は静かにドアを開けて、裸足のままコンクリートから砂浜へ降り立つ。

 一歩一歩かみしめるように海に近寄っていく姫子は何を思ったのか、いきなり走り出し、海へと飛び込んでいく。

 舌打ちして、車から飛び出し、全速力で姫子を捕まえる。

「離してッ!」

「お前は何がしたいんだよ」

「離してよっ! 死なせてよっ!」

「生きるんじゃねぇのかよ!」

「無理だってっ! 私には無理なんだってっ! 生きるって事がもうしんどいんだって!」

 僕の頬を何度もぶつ姫子は、困ったような泣き顔を見せて、凄い力で沖へ行こうとする。

「何なんだよ。お前何なんだよ。何を思ってるんだよ。どんな気持ちを持ってるんだよ。それを言ってくれなきゃ分からないだろうよ!」

「分かってくれなくていいの! 分かって欲しい訳じゃないの。どうにも私には生きるって事ができないのよ」

「しらねぇよ誰だってそうだろうよ。誰だって必死で生きてるんだよ。誰だって死にたいんだって。それでも生きてるんだって!」

「それでも、それが出来ない人間はどうすればいいのよ! 何をしに産まれて来たのよ! 何をすれば許してくれるのよ!」

「わかんねぇよ! でも生きるしかないじゃねぇか。楽しいこと見つけて。幸せだって思えること続けて、今際の際で幸せだって思えたら、それだけで幸せだとおもうんじゃねーのか!」

「それが私には分からないんだって!」

「俺だってわかんねぇーよ! それでも必死扱いて生きてんだよ! 俺の人生までお前が否定するなよ! 俺だって訳わかんねぇまま生きてるんだって!」

 気持ちのまま吐き出した言葉と雨なのか涙なのかそれすら、判断がつかないしずくを垂らしながら、鼻水と共に姫子を抱き締める。

 力一杯離れようとする姫子を力で押さえつけてから言い放つ。

「ぜってぇ死なせねぇからな! 俺が生きてる間。お前はぜってぇ死なせぇからな! それだけは絶対覚えとけ!」

 嘘泣きみたいなご大層な大声を上げて、姫子は僕の胸に顔を埋めて、子供みたいに泣きじゃくった。


 その後で、二人して泣きながら車に戻り、びしょ濡れのまま、抱き合って眠り、目が覚めた後で憔悴しきった身体を何とかむち打ち、ポンコツな軽トラで家路に着いた。

 それからしばらくして、姫子は学校を辞めた。

 辞める理由も、辞めた事すらも知らなかった僕は、そのまま学校を卒業し、受験戦争にも失敗した僕は予備校生という半ニートになりながら、どうにかこうにか生きて居た。

 祖父が死んだときに貰った軽トラを運転していると、何故か今まで思い出せなかったのに、猫の墓の事を思い出した。

 そういえばあの日からオバケ団地には近寄っていない。

 軽トラを脇道に止めて、あくせくと山道を登り、半壊した柵を越えて無骨なラブホテルの間にある空き地へと向かう。

 どうにも最近、この辺りの取り壊しが決まったとかで、奥の方では建設機械が運び込まれている。

 数ヶ月前、子供が大けがした事が問題視されのだろう。

 空き地に近づくと、女性が一人、空を見上げながら立っていた。

「雨降りそうだね」

「降ってたまるか」

「何で? 降れば幸せになるんだよ。プロポーズされるし」

「実はこの前結婚してしまってとか言われたらどうする気だったんだよ」

「寝取る気で帰って来た」

「馬鹿な女だなぁ」

「馬鹿なのはお互い様って事で一つ」

 曇っていた空からポツポツとこらえきれなかったのか雨が降り出した。


 雨は嫌いだ。

 地面はベタベタするし、1500年前から進化しない傘も嫌いだし、素肌に張り付くワイシャツも嫌いだ。

 それでもその雨は幸せも運ぶらしいと知ったのは最近の事だ。

書けたなぁ。

ずっと書けるかどうか分からないまま放置していた作品だったけれど、書けたなぁ。

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