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 土曜日、私は朝から落ち着かなかった。レオンはドラキュラの衣装だって言ってた。きっとよく似合うだろうな。だってヴァンパイアってかっこいいもの。

 この世界ではヴァンパイアや他のモンスターたちは人間達に交じってひっそりと暮らしている。でも、ハンターに見つかれば彼らは殺されてしまう。そりゃ、襲われたり血を吸われたりするのは怖いけど、全てのモンスターが人を殺してるわけじゃない。もしも彼らが存在しなくなってしまったら、きっと世界はとってもつまらないものになってしまうんじゃないかなって思う。

 

 午後五時。ドレスを着てみた。肩の大きく開いたシンプルなデザインの赤いドレスはまるで私の為に仕立ててくれたんじゃないかと思うほど、身体にフィットしている。髪をポニーテールにして、銀のネックレスを着けて、この日の為に買った赤いルージュを塗る。鏡に映った私は別人みたいに可愛くって、生き生きとしてて、それが嬉しくて、くるっとターンしてみる。ドレスの裾がふわりと広がる。レオンは気に入ってくれるかな。


 午後六時。私はボレロを羽織り、そわそわしながら彼が来るのを待っていた。窓のカーテンを開けて外を見ていると十分ぐらい経ったとき、一台の車が家のすぐ前で止まるのが見えた。レオンの車かなと思った途端にその車はけたたましい音をたてて急発進し、走り去ってしまった。二十分、三十分。きっと彼は何か用事があって遅れているに違いない。四十分、五十分。もしかしたら彼に何かあったのだろうか。そういえば、彼からは電話番号も教えてもらっていない。まさか……。


 午後七時。

 もうパーティーの始まる時間だ。突然、私の携帯が鳴りだした。急いで出てみると、嬉しそうなレオンの声が耳に飛び込んできた。

「やあ、ロージー。ごめん、ずっと待ってた?」

 どっと爆笑する声が背後から聞こえる。

「ジョークだよ、ジョーク。まさか君、本気にしてたわけじゃないよねえ?」

 ちょっと貸して、とスペイシーの声。

「はい、ロージー。悪いけどレオンは私の彼なのよ。ごめんなさいね。パーティーに来るなら今から別の彼氏を探してきなさいな。待ってるわよ」

 ぷつり、と電話が切れた。


 私は何て馬鹿な女なんだろう。今頃、ステイシー達は私を肴に大笑いしているだろう。もう二度と学校には行けない。いっそ死んでしまいたい。溢れ出てくる涙を拭おうとティッシュに手を伸ばした時、レイの置いていったメモが目に入った。彼は店にいるのだろうか。どうして私は彼と行かなかったのだろう。今更電話なんて掛けられない。もう、止めよう。考えることは止めよう。その時、チャイムの鳴る音が聞こえた。

 ふらつく足でドアまで辿り着く。

「はい……どなたですか?」

「やっぱり居たんだね、ロージー」

 その声に急いでドアを開けた

 黒いマントに黒のベスト。胸のポケットには赤い薔薇。ドラキュラの衣装をまとったレイがそこに立っていた。

 私は何も言わずに彼の胸に飛び込んで泣いた。彼は私を優しく抱きしめて、髪をそっと撫でてくれた。

「可哀想に。レオンだね。カフェテリアで君を庇いもしなかった男が急に誘ってくるなんてちょっとおかしいと思って、六時頃に様子を見に来たんだ。そうしたら、君の家の前で車が停まって直ぐに走りだすのが見えた。俺の横を通り過ぎた時、中にドラキュラの衣装を着たハンサムな男と金髪の女が乗っていた。奴ら、大笑いしてて、その声が外まで聞こえていたよ。だから、俺は家に戻って服を着替えてきた。もし、まだ君がパーティーに行くつもりなら一緒に行くよ。どうする?」

「行くわ。このままじゃ悔しいもの」

「そう。よかった。君は本当に素敵だよ、ロージー」

 目の前で微笑んでいるレイはレオンなんかより百倍も素敵だった。パーティーはもう始まってるけれど、構うもんか。

 私は化粧を直すと、レイに連れられて外に出た。もうすっかり暗くなった空には月が煌々と輝いている。

「ちょっと怖いかもしれないけれど、我慢して」

 レイはそういうが早いか、私をひょいっと抱き上げた。信じられない。私がお姫様だっこされてるなんて。彼は地面を蹴ってあっという間に屋根に飛び乗った。そのまま、屋根から屋根へと飛び移り、風のように軽やかに夜の町を走り抜けていく。頬に当たる風が気持ちよくて、私はまるでお伽話のヒロインのようで、ああ、生きていることってこんなに素晴らしいことなんだって心から思った。

 いつの間にか、私達はステイシーの屋敷の前まで来ていた。ドアが開き、執事に案内されて広間に入ると、賑やかなロックが響き渡り、様々なモンスターの衣装を着た生徒達が談笑していたが、私達に気が付くと、皆、驚きの声をあげた。ざわつく室内の奥でセクシーな魔女のドレスを着たステイシーとレオンが驚いたようにこちらを見ている。レイと私は彼女の傍まで歩いて行った。

「お招きありがとう、ステイシー。素敵なパーティーね」

 私は何事もなかったような顔でステイシーに挨拶した。

「え? ああ……ようこそ、ロージー。楽しんでいってね」

 ステイシーの視線はレイに向けられていた。まさか私が本当に別の男を連れてくるなんて夢にも考えていなかったんだろう。

 レオンは同じような衣装を着たレイを面白くなさそうな顔で見ている。

「なんだあんた。ひょっとして、この女に雇われたのか? ずいぶん女々しいドラキュラだな」

 レイは涼しい顔で言葉を返す。

「そういえばあなたもドラキュラですね。失礼ですが全然似合ってないな。卑怯で最低なあなたはゴミ袋でも被っていたほうがお似合いですよ」

「なんだと、てめえ!」

 レオンがレイの胸倉を掴んで、殴ろうとした瞬間、レイの拳が相手の鳩尾に鮮やかにめり込んだ。レオンは呻き声をあげて床に膝を付いた。

「おや、失礼。殴られるのはどうも好きになれないんでね」

 レオンは蹲ったまま助けを求めるようにステイシーのほうを見たが、彼女は軽蔑の眼差しを向けて、ぷいっと部屋の外に出て行ってしまった。


「ねえ、ロージー、そのドレス、すごく可愛いわね。何処で買ったの?」

「彼にもらったのよ」

「へえ、羨ましい」

 今まで私を無視していた女の子達が次から次へと話しかけてきた。

 レイは女の子たちの注目の的となった。会話が弾み、時が過ぎてゆく。気が付くとステイシーもいつの間にか戻ってきていた。彼女は私の脇を通り過ぎる時、ぽつりと呟いた。

「あなた、結構やるわね。ちょっと見直したわ」


 パーティが終わり、私はレイと一緒に裏通りを歩いていた。このまま離れたくない。私は彼の腕にそっと頬をすり寄せた。

「どうしよう、レイ。私……その……あなたが好きになっちゃったみたい」

 レイは突然立ち止った。彼は少し悲しそうな顔で私を見ている。ああ、お願い。何も言わないで。

「俺も君が好きだよ。でも、付き合うことは出来ないんだ」

「どうして?」

 もしかして、彼はゲイなんじゃないのか、とふと思った。だったら、諦めもつくのだけれど。

「驚かないで聞いてほしい。俺は人間じゃない。ヴァンパイアなんだ」

「嘘……冗談でしょう? 私と付き合いたくないから、そんなこと言ってるんでしょう?」

「嘘じゃないよ。ごめんね、ロージー」

 レイは私を引き寄せて抱きしめ、そっと唇を重ねてきた。甘くて、優しくて、切ないキスの味に身体が溶けてしまいそうだった。

「君はきっと素敵な人と巡り合えるよ」

「あなたじゃなきゃいや! 私をヴァンパイアにして!」

 思わず、私は叫んでいた。

「それは出来ない」

 レイは苦悩に満ちた表情で答えた。

「どうして? 出来ないはずないじゃない。人間は咬まれてもヴァンパイアにはならないけど、血液を体内に注入すればなれるって聞いたことがあるわ」

「君の言う通りだ。でも、血液が合わずに死んでしまう確率のほうが高い。ヴァンパイアになる人間はごく稀なんだよ。それに俺はそういうことを言ってるんじゃないよ。君を同族にはしたくないんだ。それは君を不幸にしてしまうだけだから」

「そうだよ、お譲ちゃん。そいつの言うとおりだ」

 いきなり背後で低い男の声がした。私の身体をそっと離したレイは男を睨みつけ、素早くマントを脱ぎ捨てた。

「貴様、レイ・ブラッドウッドだな。ヴァンパイアのくせに人間の女に手を出すとはな」

 そこに立っていたのは革のロングコートを着た髭もじゃの大男だ。まるでメキシコ映画のガンマンみたいなその男は大きな銃を抱えている。鈍く光る銃口はしっかりとレイに向けられていた。レイの目が青く冷たい光を放ち始めた。口元には長く鋭い二本の牙。ああ、本当に彼はヴァンパイアだったんだ。

「ロージー、逃げろ」

「でも」

「逃げろ!」

 銃声が響き、レイが跳躍した。男は彼の動きに合わせるように素早く身体を回して銃を放つ。

「いやっ、やめてえっ!」

 レイの身体が真っ赤に染まるのが見えた途端、私は気が遠くなり、何も判らなくなった。


 小鳥の囀りが聞こえる。きらきらした朝の光がカーテン越しに差し込んでくる。私は自宅のベッドで目を覚ました。もしかしたら、昨夜のことは全て夢だったのか。でも、真っ赤なドレスがそれは違うと私に囁いてくる。ベットから起き上り、テーブルの上を見ると、そこには赤い薔薇が一輪、そして、一枚のメモ。

『さようなら、ロージー。君のことは忘れないよ』

 私は泣いた。涙が枯れるまで泣き続けた。

 


 数年後、私は大学を卒業し、今はイラストレーターとしての道を歩み始めている。もちろん、恋人はいるけれど、仕事の合間を縫って一人で旅行をすることが唯一の楽しみだ。

 あれから、私は学校で馬鹿にされることもなくなった。何事にも積極的になり、友人もたくさん出来た。ハロウィン・パーティーのことは懐かしくもほろ苦い思い出になった。あのドレスは今も私のクロゼットの中に大切にしまってある。

 あの日、レイの勤めているバーに電話をしてみたけれど、彼は辞めてしまっていた。

 彼はまだ何処かでひっそりと暮らしているのだろうか。それともハンターに狩られてしまっただろうか。生きていてほしい。そうしたら、いつかまた彼に会うことが出来るかもしれない。

 もし出会えなくても、私は構わない。彼はもう私の心の中に、ずっと住み続けているのだから。


<END>

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