7.事の顛末。
「それで……その公序良俗に反した私達に何の用だ?」
呆れ果てて投げやりになったルークを、自分達を恐れているのだと勘違いした男達は途端に余裕を見せ始めた。
「分かればいいんだよ、分かればな」
「じゃあ、罰として金を払えば許してやるよ」
「……なるほど」
予想に違わず本性をあらわにした男達に向けて、微かな怒りを滲ませるルークには気付かず、男の一人が高飛車に言い放つ。
「お前、名前はなんて言うんだ? 爵位は?」
「……爵位はないな」
「なんだよ、どっかの成金貴族の次男かなんかか?」
ルークの返答を聞いて、その身なりから勝手に決め付けた男達はますます調子に乗り、馬鹿にしたように声を出して笑った。
しかし、ルークは意にも介さず立ち上がると、花に手を差し出した。
「ハナ、帰ろう」
「はい」
花はルークの手を借りてお腹を庇いながら立ち上がったのだが、その自分達を無視した行動に男達が激怒した。
「ふざけんじゃねえぞ!!」
「誰がこのまま帰すかよ!」
「名乗れって言ってんだろうが!!」
二人を取り囲んで怒鳴り散らす男達に、街の人達もさすがに気付いて心配そうに窺う中、なぜか花は呑気な微笑みを浮かべると、一歩前へと進み出た。
「それでは、私が」
「ハナ……」
一瞬、花の行動に戸惑って顔を曇らせたルークだったが、すぐに理解して苦笑を洩らす。
そして花は小さく咳払いをすると、男達に向かい淑女らしく軽く屈んでお辞儀をした。
「皆様、はじめまして。私、花・ルカシュテンタン・マグノリアと申します」
「……惜しかったな」
「はい。……あと少しでした」
少し噛んでしまった花をルークが優しく慰めた。
練習の成果もあり、最近の花は三回に一回は自分の公式名をきちんと言えるようになったのだが、今回は残念な結果である。
が、正直に名乗った花を、唖然として見ていた男が乾いた声で笑い出した。
「はっははは……。何言ってんだ?」
続いて他の男達も嘲笑する。
「ハナ様を騙るとは、身の程知らずも甚だしいな」
「小娘が俺達相手にふざけるなよ」
「ハナ様はなあ、絶世の美女なんだそうだぞ?」
「……え? そ、そうなんですか?」
男の言葉にちょっとした衝撃を受けて驚いた花が問いかけると、ルークは軽い調子で肯定した。
「らしいな」
だがすぐに、困惑している花の淡く染まった頬に手を添えて柔らかく微笑んだ。
「だが、気にする必要はない。ハナはすごく可愛いからな」
「そ、それは……ルークのひいき目って言うか……」
「……」
この期に及んで、まだバカップルぶりを発揮する二人に、男達は苛立った。……だがまあ、それは誰にも責められないだろう。
「お前ら、本当にいい加減にしろよ。このまま金を払わない気なら――」
男の一人が憤然とした低い声で発した脅しを、ルークが片手を上げて制した。
なぜかその逆らいがたい有無を言わせぬ態度に、男達はうすら寒いものを感じてわずかに後じさる。
「――私は、爵位は持たないが、残念ながら色々と面倒なものは持っている。例えば……お前達のような馬鹿げた選民意識に囚われた、愚かな者達の貴族位をはく奪する権限などもその一つだな」
ルークの厳然とした言葉に、男達は今度も笑おうとしたが駄目だった。
どうにか出てきたのは力ないかすれた声。
「な、何を言って……」
と、急にルークが軽く右手を振り、たったそれだけの事に男達はびくりと首をすくめて目を瞑った。
その耳に馬のひづめの音が聞こえて男達は恐る恐る目を開け、鋭く息を呑んだ。
「後はその者達が私の代りにお前達の相手をする。まだ何かあるなら好きなだけ喚いてくれ」
男達へ冷やかに告げたルークは、花に手を貸して馬車に乗り込むと、その場の者達に静かな衝撃と混乱を残して立ち去った。
「――さて、ではお前達の言い分に続きがあるのならば、我々がじっくりと聞こうか?」
「……」
容赦ない声で促された男達は小刻みに震えるだけで、目の前の圧倒的な魔力を持つ騎士――近衛の制服に身を包んだ騎士達に、蒼白になった顔を向けることも出来ず、ただ俯き立ちすくんでいた。
そして街の人達も突然現れた近衛騎士達を呆然として見つめ、つい先程までこの場にいた二人の正体に思い至り、驚愕すると同時に今更ながら興奮したのだった。
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「ハナ、体はつらくはないか?」
「はい、大丈夫です」
馬車に乗った途端に心配を口にしたルークに、花はお腹を撫でながら微笑んだ。
しかし、内緒で出かけた事にはもう触れず、何度も体調を気遣ってくれるルークの優しさに居た堪れなくなり、花は改めて謝罪した。
「あの……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「いや、無事ならかまわない。それよりも、余計な事に巻き込んでしまって悪かったな」
「いいえ。私はルークと一緒に過ごせて、すごく楽しかったです」
嬉しそうに応えた花は今日の出来事を思い出して再び微笑んだのだが、そこでふとした呟きが洩れた。
「今回、ディアンがとても親切で、色々と協力して下さったんですけど……」
花の言葉にルークは微かに眉を寄せたが、またすぐに表情を改めると真剣な調子で口を開いた。
「ハナ、ひとつ言っておく事がある」
「はい」
その厳しい声音に、花が姿勢を正して真っ直ぐに見つめると、なぜかルークは目を逸らした。
そして続ける。
「もし、ディアンを親切に感じるような事があれば、……それは何かの前兆だ。これからは出来る限り回避してくれ」
「……わかりました」
花は疑問に思うこともなくはっきりと頷いた。
この度の内緒の計画はディアンの協力によって上手く実行できそうだと花は感謝していたのだが、どうにも考えが甘かったようだ。
――― うーん、タダより高いものはないって言うか、転んでもタダでは起きないっていうか……。ちょっと違うけど、でもとにかく……。
「今日の噂が広まって、街での問題がなくなるといいですね」
「ああ」
近頃、街で問題になっている事については花も聞いていた。
その為、これを機会に少しでも良い方向に事が運べばいいなと願いつつ、もう一つ心に懸かることを口にする。
「それで……間違った噂が消えてくれると助かります」
「……そうだな」
花は美女なのではなく可愛いのだと、本気で思っているルークは素直に同意した。
こうして、幸せに微笑み合うバカップル――花とルークがのんびりと王宮へ戻っている頃、ディアンはというと……。
「へっくしょいっ!!」
と、盛大にくしゃみをしたレナードに呆れていた。
「レナード、風邪ではないのなら、きっと誰かが貴方の噂をしているのでしょうね。……あの件について」
「え? あの件って何だよ?」
驚くレナードの問いを、ディアンは爽やかに微笑んで受け流す。
「さあ、それは……。さてと、そろそろ陛下とハナ様がお戻りになりますね」
「今、思いっきり話を逸らしたよな? けど、俺はもう釣られたりしないからな」
ふふん、と得意げに宣言したレナードに、ディアンはニヤリと笑った。
途端にレナードの背を冷たいものが走る。
嫌な予感しかしないディアンの笑みを懸命に無視して、レナードは話題を変えた。
「そ、それにしても……ハナ様まで利用するのはないだろう。もし何かあったらどうするつもりだったんだよ?」
「おや、利用などと人聞きの悪い。ハナ様には少しご協力して頂いただけですよ。街に魔王を召喚するのが効果も絶大で、一番手っ取り早いですからね。時間と労働力の削減です。今は色々と人手が足りませんから」
「召喚って、お前……」
ディアンの言い様に突っ込みながらも、否定はしないレナードだった。