6.迷惑な人々。
「兄ちゃん、あんまり女の子を泣かせるような事すんなよ?」
パンケーキに挟む果物を真剣に選んでいる花にちらりと視線をやり、屋台の店主は小声でルークをたしなめた。
どうやら先程のキスシーンを目にして、ルークが花をもてあそんでいると勘違いしているようだ。
ルークは店主の言葉に微かに眉を上げると、少々不機嫌そうに応えた。
「私達は夫婦だ」
「は? 夫婦!?」
驚いて頓狂な声を出した店主に、それまで二人の会話に全く気付いていなかった花が何事かと顔を上げた。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げる花に向けて、ルークはいつもの微笑みを浮かべた。
「いや、何でもない。それよりも決まったか?」
「はい」
店主は口をぽかんと開けたまま二人を見ていたが、花の右手小指にある指輪に目を止めてようやく納得したようだった。
「なんだ、そうかよ。そりゃ、すまなかったな」
申し訳なさそうに店主は謝罪すると、花の選んだ果物を大盛りにしてくれた。
よくわからないまま、それでも花にとっては嬉しいおまけではあったが、食べ歩き初心者にとってはかなり難易度が上がってしまった。
「ハナ、またクリームがついている」
隣で菓子と格闘する花の頬についたクリームを、ルークは指で拭うとそのまま口に含んだ。
それを見た花は恥ずかしそうに目を伏せる。
「私には歩きながら食べる才能がないようです」
先程は果物の切れ端を路面に落としたばかりで、ルークに頬を拭ってもらうのも三度目だった。
このままだとまたルークを煩わせてしまうだろう。
「気にするな、すぐに慣れる」
「でも……手も繋げません」
いたわるように花の頭を撫でるルークのあたたかい言葉に微笑みながらも、花は残念そうに呟いた。
せっかくのルークとのデートなのに、両手が塞がってしまっているのだ。
他の皆は片手で上手に食べているのにと、いくら大盛りとはいえ自分の不器用さに花はがっかりしてしまった。
そんな花の腰にそっと腕をまわし、ルークは通りの端にあるベンチへと導いた。
「ハナ、少し休もう」
「……ありがとうございます」
花はルークの優しい気遣いに素直に甘えてベンチに座ると、ホッと胸を撫で下ろした。
「落ち着いて食べられそうか?」
「はい!」
元気よく答えてひとかじりしたものの、不意にハッと何かに気付いた花は慌てて口の中の菓子を飲み下した。
「……あの……今更ですが、私だけ食べていていいんでしょうか?」
初めての体験に夢中になっていたが、こういう場合は最初に勧めるべきだったのではないかと思い、あとわずかしか残っていない菓子を花は気まずそうに見下ろした。
「別に気にしなくて構わない」
小さく笑って応えたルークは、花へとゆっくりと顔を近づけ、その唇の端についたクリームを舐めた。
「俺はこっちの方が甘くて好きだ」
真っ赤になって固まってしまった花の耳元でルークは囁くと、次いで悪戯っぽく笑い、取り落としそうになっている菓子を持つ頼りない手を支えるように包み込んだ。
と、そこに、険しい声が割り込む。
「おい!」
しかし、ルークは聞こえなかったのか、菓子をそのまま花の口へと運ぶ。
「おい!」
無意識に残りの菓子を食べていた花がようやく我に返り、自分達を取り囲む男達を見て驚いた。
「ル、ルーク……」
そこで仕方なく、ルークは花から視線を外し、面倒そうに大きく溜息を吐いて振り返った。
「……何だ?」
「何だ、じゃねえよ! この若造が!!」
怒声を上げた男もどう見ても若造である。
確かに容姿だけではルークより年上に見えるが、間違いなく年下だろう。
そもそも、この場の者達の大半がルークより年下ではあるが。
「さっきから呼んでるだろうが! 無視すんじゃねえよ!!」
「……」
仲間らしき別の若い男が声を荒げてわめいたが、ルークは守るように花を抱き寄せると、男達を悠然と見回して再び大きく溜息を吐いた。
「確かに……少々問題ではあるな」
帯剣した男達は五人。
どうやらそれなりに魔力もあるようだ。
一人呟いたルークは花へと視線を戻し、頬にかかった髪の毛を耳にかけてやりながら問いかけた。
「今日は楽しめたか?」
「はい、ありがとうございます」
「そうか。では無理のないよう、そろそろ帰るか」
顔を輝かせて頷いた花を見て、ルークは柔らかく目を細め、艶やかな髪を優しく梳いた。
やはりというか、いつもの如く二人の世界に浸っている花とルークに男達がいきり立つ。
「お前ら、さっきから目障りなんだよ!!」
「公序良俗に反してるってわかってんのか!?」
「……公序良俗? それをお前達が言うのか?」
問い返すルークの声はとても穏やかだったが、騒がしい街中にあっても強く響き、何か目に見えない力を感じて男達は怯んだ。
しかし、人数でも魔力でも圧倒的に有利なのだとすぐに思い直し、どうにか取り繕って虚勢を張る。
「俺達はなあ、最近増えたよそ者を取り締まっているんだよ」
「ハナ様が奏でられる楽の音を近くで聴きたいって奴らが、この街に多くやって来るようになったからな」
「馬鹿な奴らが街を荒らしてハナ様が悲しまれないように、俺達は巡回してんだ」
「お前らもハナ様の為を思うなら、俺達に従えよ」
「……ァィャー」
花はこの騒動における事の顛末を早々に察して、半ば諦めたように黙って見ていたのだが、男達の独りよがりな言葉に、思わず目を逸らして小さな声を洩らした。
ルークは花を腕に抱いたまま、空いた方の手で眉間を揉んでいる。
それはまるで、この必然的な本物の馬鹿との遭遇を嘆いているかのようだった。