3.女子会。
「う~ん……。ねえ、セレナ、エレーン。どちらの色がいいと思いますか?」
「そうですね……どちらもかわいくて……」
色違いの品物を手に取り、花は悩んだ末に二人に相談したのだが、セレナも選びきれない様子で曖昧な言葉しか出てこなかった。
しかし、エレーンはにこやかに微笑んで、あっさりと答える。
「私もどちらも素敵だと思います。ですからハナ様、ふたつともお求になってはいかがですか?」
「え? ふ、ふたつとも……」
予想外の返答に、花は少しばかり驚いた。
花の実家は裕福だったとはいえ、乳母の美津からお金と物の大切さを厳しく教えられて育っており、セレナは貴族としての体裁を整えるだけで精一杯だった下位貴族の家の出身である為に、その発想は選択肢になかったのだ。
一方のエレーンは、家格こそセレナの実家と同じ男爵家の出身なのだが、かなり恵まれた環境で育った為に根っからのお嬢様気質なのである。
「どちらもか……うん。そうしようかな……」
今、花とセレナとエレーンは東の市場に来ていた。
そして露店に並べられた商品を「ああでもない、こうでもない」と本気で悩みながら買い物を楽しむ三人の姿を、ランディとアレックスが警備の目を光らせながらも後ろから微笑ましく見守っている。
花の護衛に関してはこの度の騒動以前から、近衛に昇格したカイルやジョシュ、コ―ディ達を中心として専属の近衛が新たに編成されていたのだが、今回の『お忍び』には「実力、実績共に隊長に次ぐ副隊長のランディを」と隊員の総意でランディがアレックスと共に付き添う事になったのだ。
「ハナ様、お疲れではございませんか?」
結局ふたつとも買い求めた所で、セレナが心配して声をかけた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
花がお腹をそっと撫でながら感謝の笑みを浮かべて答えると、今度はエレーンが気遣い提案する。
「ではハナ様、もうすぐお昼ですし、お店が混み始める前に昼食に致しませんか?」
「そうですね、そうしましょう」
更に笑みを深めて頷いた花はランディへと視線を向けた。
ランディは何事かを詠唱して買った品物を王宮へと届けてくれているのだ。
本当はお忍びなど面倒なだけなのに、特に今は花が妊娠中である為、通常の何倍も大変な事に違いないのに、こうして我が儘に付き合ってくれる皆の優しい心配りがとても有り難くて嬉しかった。
それから花達は食事を楽しむ為に、今とても人気があると言う話題のお店へと向かった。
**********
以前、ルークと行った食堂よりもかなり広い店内は、すでに多くの客で賑わっていた。
内装は地球のアジア地域のような異国情緒あふれる装飾品で彩られており、花の郷愁を誘う。
が、それ以上に花の心を波立たせていたのは、周囲からの視線であった。
ルークが超絶美形なら、この四人は超美形だろう。
美形の多い貴族達の中でも目立つ存在なのだから、こうして改めて四人揃って席に着いていると注目されない訳がないのだ。
――― えーん、すみません。なんか私、すごい邪魔ですよね。わかってるので、その残念な子を見るような視線はやめてー!!
と、内心で嘆きながら、メニューを凝視する。
ルークと一緒の時も痛いほど視線は感じたのだが、あの時はルークがあまりにも眩しすぎた為か、花は霞んでその存在をあまり認識されていなかったと言うのが正しいだろう。
しかし、今回は皆の視線が分散され、花まで注目されていた。
「ハナ様、このスープは滋養に良いそうですよ」
「あら、こちらは女性にお勧めとあります」
などと、皆が気遣ってくれるので、会話の内容までは聞こえないのだろうが、その様子に客達の中で花の残念度が上がっていくようだった。
ランディとアレックスは早々に注文を決めてしまっているので、女性陣の優柔不断ぶりを面白そうに眺めながら黙って待っている。
その後、花はお勧め料理に決めると、周囲の視線は気にせず楽しむことにした。
――― これって女子会? いや、男子もいるから合コン? んー、違うな。サークル活動? ますます違うか。でもやっぱり……。
新しい体験に花の胸はときめいていたが、それでもルークが一緒にいない事が残念だった。
「――それで、新しい侍女はもうお決めになられたのですか?」
「え?」
ランディに問いかけられるまで物思いに耽っていた花は、ぼんやりと訊き返してしまった。
だがすぐに、何度か瞬きをして頭をはっきりさせると、微笑んで頷く。
「ええ、セレナとエレーンと相談して、二名は決まりました」
花が皇妃となった今、さすがに侍女がセレナとエレーンの二人だけでは不都合が生じる為、新たに数名増やす事にしたのだ。
この報せに令嬢達は色めき立った。
皇妃の侍女になれるなど非常に名誉である。正直に言えば、自分の格が上がるのだ。
しかも上手くいけば、皇帝に気に入られる事も有り得る――がまあ、これは今回に限っては皆も期待していないだろうが、より良い縁談に恵まれる事も多く、何よりも憧れの花に仕える事が出来るのだから、令嬢達が浮かれるのも当然だろう。
数少ない席を巡って水面下で女同士の熾烈な争いが繰り広げられようとしたその時、伝えられた花の一言。
『私はやはり、セレナとエレーンの意見を大切にしたいと思います』
この言外に含まれる花からの警告に『ハナ様親衛隊』の面々を筆頭に、涙を吞んで戦線離脱せざるを得なかった上位貴族の令嬢多数。
最終的にはまだ年若い中位貴族の令嬢二名が選ばれ、白凰の間に移る時より仕える事になったのだった。
「ハナ様、この後は如何なされますか?」
「そうですね、もう少し露店や街を見たいです」
食事と休息を取った花は元気よく答えた。
今朝の検診でも問題はなく、散歩などの軽い運動も勧められているので、花としてはこの機会に街の様子をもっと楽しみたかったのだ。
そして再び大通りに出ると、右に行くか左に進むかで相談を始めた。
「右に行くと、東街の中心に出ますね」
「でも左に進めば、美味しい甘味のお店がありますし……」
「……甘味には惹かれますね」
「ですよねぇ……」
後ろに控えるランディとアレックスは「今、食事したばかりだよな」と思いつつも何も言わず、お互いをちらりと見やって苦笑した。
と、急に二人の顔つきが険しいものに変わる。
三人の若い男達が近づきながら声をかけて来たのだ。
「なになに、どうしたの? 道がわからないなら、俺達が連れてってあげるよ」
「いいえ、必要ありません」
セレナが花を守るように素早く前へと進み出て、きっぱりと断った。
しかし、男達はしつこく食い下がる。
「そんな冷たいこと言わないでさあ」
「遠慮しなくていいって」
腰から華美な剣を下げた男達はどこかの貴族の若者らしいのだが、近衛であるランディ達の存在に気付いても動じた様子を見せないのは、おそらく王宮への出入りを許されていないか、せいぜい王宮門のある外郭までしか許されていないのだろう。
――― こ、これが、ナンパと言うやつですか!? さすがセレナとエレーン!! すごーい!!
お腹を庇って後ろに下がりながら、花は初めての出来事に呑気に感動していた。
常日頃から「私の侍女は世界一」とばかりに二人を自慢に思っている花は主バカである。
男性と一緒にいても声をかけられるなど、やはりセレナとエレーンはとても素敵だからと誇らしいのだ。
しかし当然ながら、ランディとアレックスが黙っている訳がない。
剣を抜くまでの相手でもないので柄に手をかける事もなく、怒りを抑えた声で静かに告げた。
「お前達の助けは必要ない。さっさと立ち去れ」
「ああ!? 何、偉そうに言ってんだ!? お前らはそのブス一人で十分だろうが!!」
どうやら男達はかなり酔っているらしく、確実に花を守れる位置に立つランディとアレックスに息巻いた。
――― うう、心に突き刺さる……。
鼻息荒い男に指差されて花はちょっと傷付いたのだが、セレナとエレーンは怒り狂った。
「この人、何言ってるの!? 信じられない!! 今すぐ、その汚らわしい指を下ろしなさい!!」
「やだ!! あなた達みたいな気持ち悪い生き物がいるなんて!! ハナ様と同じ世界に存在しないでよ!! 今すぐ息を止めて!!」
二人はもちろん「私のご主人様は世界一」とばかりに花を敬愛している侍女バカなので、男の言い様に激怒するのも仕方ないだろう。
ちなみに花は自分の容姿を十人並みと認識しているが、最近の幸せに輝くその顔はとても可愛い。――とルークは思っている。
いつの間にか、この騒動を街の人達も遠巻きに眺めており、注目を集めてしまった男達は後へ引けなくなっていた。
ランディとアレックスが腰の剣に手をかけないのは、自分達と同じようにただの飾りなのだと解釈し、それならばと一人の男が剣を抜いた。
途端にランディとアレックスの纏う気が花でさえ感じられるほど鋭利になり、街の人々の間にも緊張が走ったが、酔った男達は気付かない。
「へへ、なんだよ……ビビったのか?」
場の空気を勘違いした男達の一人が、更に威嚇しようと剣に手をかける。
そして、花を指差した男がエレーンの腕を掴んだ。
「この女、よくも――」
「ちょっと!! 放しなさいよ!!」
勢いよく男の手を振り払ったエレーンがよろめき、花は思わず悲鳴じみた声を上げた。
「エレーン!!」
あまりにも暴慢な男達の態度に、ランディ達もこれ以上は見過ごせず、アレックスが一歩前へと足を踏み出した瞬間――。
突如、空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟いた――ような錯覚を起こすほどに、辺りの気が圧力を増し、現れた人物。
金色に鋭く光る瞳に怒りを滲ませて、凍えそうに冷たく重苦しい気を放つルークを目にして、誰もが色を失い、喉を詰まらせた。
その様子に花の口から思わず素直な言葉が飛び出した。
「まっ、魔王降臨?」
「……」
皆の胸中を的確に表した花の言葉は、恐ろしく静まり返る街にゆっくりと染み込んでいったのだった。