22.伝わるもの。
「ハナ、また時間がある時にでも、これに目を通してくれないか?」
「はい、もちろん構いませんが、……これは?」
寝室に訪れたルークから差し出された書類の束を受け取りながら、花は不思議そうに問いかけた。
ルークから直接何かの書類を渡されるのは初めてである。
書類をぱらぱらとめくる花を、ルークはそっと抱き寄せてお腹に手を当てると、柔らかな頬に軽く口づけてから説明した。
「この子の乳母になるに相応しい人物のリストだ。ディアン達が精査した者達ばかりだから間違いはないが、ハナも気になるんじゃないかと思ってな」
「私も関わっていいんですか?」
「ああ、もちろん。その中から、ハナが自由に決めてもかまわないし、ソフィアと相談してもいい」
花が驚いた様子で書類から顔を上げると、ルークは優しく微笑んで頷いた。
途端に花が顔を輝かせる。
「美津みたいに素敵な人がいいと思います!」
「そうだな」
「でも許されるなら……本当は出来るだけ自分で育てたいんです。それでも私にはわからないことだらけですから、教えてもらって助けてもらえればと……」
「ハナが望むようにすればいい」
「……いいんですか?」
「ああ、俺もハナと一緒にこの子を育てたい」
花の喜びに反応したのか、お腹の子が大きく動いた。
それは手を当てていたルークにも伝わるほどに。
「今のは……」
「ルークも感じましたか? 赤ちゃんが動いたんです! あ、また!」
「……すごいな」
俯いたルークの顔は見えなかったが、その声はかすかに震えている。
花はルークの手に手を重ね、しばらくの間、お腹の子の元気な動きを二人で静かに感じた。
「本当に……すごいな……」
もう一度呟いたルークは感動のままに花へとキスをした。
そしてゆっくり唇を離すと、幸せに微笑んだ。
「この子の……名前も決めないとな」
「え?」
「名付けに関しては特に決まりはないが、どうする? 誰かに頼むか?」
「私は……ルークと二人で決めたいです!」
「そうか、では一緒に考えよう」
「はい!」
名前も自由に決められると知り、花は興奮に満ちた様子で頷いた。
妊娠がわかってからは名付けについては調べてみたりもしたのだが、よくわからないままに、なんとなく大臣や神官などの偉い人達が決めるのだろうと思っていたのだ。
その為、せめてちゃんと発音できる名前がいいなと、皇家の系譜を見ながら願うだけだった。
「ハナは今、何か考えている名はあるか?」
「え?」
何気ないルークの問いかけに、花の頭にとっさに浮かんだ名前が一つ。
「……い、一郎?」
「イチロー?」
「は、はい。私の国では男の子の定番というか……」
言いかけていた花は、新たな名前を思い付いた。
「では、ルカ一郎はどうですか?」
途端に、お腹の子が激しく動いた。
決してズッコケた訳ではない……はず。
どうやら花の名付けセンスについては実父の比ではないようである。
「……ずいぶんはっきり動いたな」
「そうですね」
「痛くはないのか? 大丈夫か?」
喜びと心配がないまぜになった声で問うルークに、花は微笑んで応えた。
「はい、大丈夫です。もう少しすると痛く感じる時もあるそうですが、幸せいっぱいで痛みに気付かないと思います」
「そうか……」
どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべたルークに、今度は花からそっと口づけた。
喜びと感謝を伝えるように。
ルークもすぐにキスを返すと、すっかり丸くなったお腹へ視線をやった。
「……ルカイチローが気に入ったんだろうか?」
「どうでしょう? 私の国では、よく両親の名前から付けたりするんですが……」
「両親の? それなら、ハナイチローの方がよくないか?」
名付けセンスについてはルークも花とあまり変わらないようである。
「ええ? 男の子なんですから、お父さんからもらった方がいいです。ルークのようにカッコよくなって欲しいですから」
「俺はハナに似て欲しいが……」
結局、名付けについての話し合いは結論がでないまま、それからも楽しく続いた。
ちなみに、お腹の子はズッコケ以来、沈黙を守っているかのように静かだった。




