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21.恋の結実。


「ハナ様、お時間を取らせてしまい申し訳ありません。実は先日頂いたお土産のお礼を届けに参ったのです」


「お礼を? そのようにお気遣い頂かなくても……」


 今日は珍しく、ディアンがわざわざ面会の申し込みをした後に白凰の間に訪れていた。

 そして、マナが緊張に青ざめながらも淹れてくれたお茶を飲み、少し落ち着いたところでディアンが用件を切り出したのだが、その内容に花は恐縮して遠慮しようと断りかけた。

 しかし、ディアンが爽やかに微笑んで脇から取り出しテーブルに置いたのは、ルークへの誕生祝いの時に使用したランプ。

 花は微かに驚き、不思議そうにランプを見つめた。


「これを……?」


「ええ、これは世にも珍しい“魔法のランプ”なのですよ」


「魔法の……」


 以前相談した時に、花の世界での“魔法のランプ”の話には触れた。

 その時のディアンは初めて耳にするようにずいぶん興味を示していたのだが、花はもしかしてと、チラリと胸元のペンに視線をやった。


「ランプを軽くこすれば魔族が現れ、願いを叶えてくれますよ。さあ、どうぞ」


「魔族が……」


 はっきり言って嫌な予感しかしないのだが、仕方なく花はランプをこすった。

 すると――。


「やあやあ、我こそはランプの精・アポルオン様であるぞ! 願い事を言えば叶えてやろう! ただし、三千回だけだからな!」


「さ、三千回?」


 予想通り現れたのはアポルオンであったが、そのおかしな口上には呆気に取られた。

 が、それも一瞬。

 花はいつもの微笑みを浮かべると、一つ目の願い事を口にした。


「ではアポルオンさん、ランプに戻ってもう出てこないで下さい」


「ええ? ちょっと姫さん、なんだよぉ。もっとこう……かっこいい願い事はないのか?」


 不満そうに唇を尖らせるアポルオンを見て考えるように首を傾げた花は、次いでディアンに視線を向けた。


「ディアン、残念ながら私の願いは叶えて頂けないようですので、ランプはお返し致します」


 遠まわしにこの迷惑なお礼の品を断ったのだが、当然のことながらディアンが簡単に引き下がる訳がない。

 ディアンは落ち着いた様子でお茶を飲むと、なぜかいきなり話題を変えた。


「今日はセレナの姿が見当たりませんね?」


「……休暇中なんです」


 ディアンからの申し込みは急だった為、セレナはこの日一日休暇をとっており、エレーンは所用で出かけていた。

 花の返事を聞いて、ディアンは再び爽やかに微笑んだ。


「ああ、なるほど……。そういえば、今日はランディも休暇を取っているようなのですが、ちょっとした問題が発生してレナードが処理に手こずっているようなのですよ。ですから、ハナ様にこのランプが必要ないのでしたら、私の願いとして、アポルオンをランディの許へ遣いにやれば……」


 そう言って手を伸ばしかけたディアンを遮り、花は慌ててランプを手に取った。


「いいえ! ぜ、是非、このランプが欲しいです! ありがとうございます!」


 勢いよくお礼を口にすると、花は呑気に糖菓子をつまんでいたアポルオンに改めて願い事を口にした。


「アポルオンさん、今からレナードのお手伝いに行ってくれませんか?」


「ええ? まあ、しょうがねえなあ。俺様が手伝ってやったらレナードが泣いて喜ぶだろうし、これが一つ目だからな」


 ぶつぶつぼやきながらも、嬉しそうな顔をしてアポルオンは姿を消し、花はホッと息を吐いた。

 と、ディアンが驚いたように頷いた。


「そうでしたね、アポルオンを手伝いにやれば良かったんですねえ」


「……」


 その白々しさにも花は何も言わなかった。

 どう考えても、ディアンの退屈しのぎに遊ばれている。

 こうしてアポルオンを押し付けられてしまった花は、手っ取り早くランプを返品する方法はないかと悩むことになった。

 その後、名案を思い付いたのだが、今度は今日一番の被害者であろうレナードに何と謝罪しようかとまた悩むことになったのだった。




**********




 夜の刻――。

 少し早い時間にルークが訪れると、花はまだ起きていた。

 長椅子に座ってそっとお腹を撫でながら、優しい声で小さく歌う花の姿はあまりにも美しく、ルークは思わず大きく息を呑んだ。

 これほどの幸せを自分が手に入れられたことが未だに信じられない。

 激しく心を揺さぶられ、引き寄せられるように近付くルークに気付いて、花が嬉しそうに振り向いた。


「ルーク」


 ゆっくり立ち上がる花にルークは手を貸すと、柔らかく抱き寄せ、言葉もなくただキスをした。

 軽く、深く、繰り返し、何度も。

 ようやく唇を離したルークは、頬を上気させて少しぼんやりする花を抱き上げて長椅子に腰を下ろすと、またキスをした。


「……羨ましいな」


 やがてほんの少しだけ花から離れたルークが、丸みを帯びたお腹を包むように手を添えて呟いた。


「ルーク?」


「この子は生まれる前からハナの歌声を独り占めしている」


 ルークの声は厳しい程に真剣だったが、その金色の瞳は楽しげに輝いていた。

 花は笑ってルークの肩に頭を預けた。


「ルークが喜んでくれるのでしたら、いくらでも私は歌って踊ります」


「……踊りも?」


「はい。今日はとても嬉しいことがあったので、特別です」


 嬉しいことと聞いて思い浮かべたのは、憔悴したレナードの側にいたアポルオンの嬉々とした姿。

 だが、どう考えてもあれは違うだろうと、ルークは結論付けた。


「何があったんだ?」


 その問いに、花は喜びに輝く顔を上げた。


「今日、セレナはお休みだったんです。それで帰って来た時に挨拶してくれたんですが、すごくすごく幸せそうで、それになんと、右手小指に指輪をしてたんです!」


「それは……すごいな」


 さすがにルークも指輪に関しては驚いた。

 確かに今日はランディも休みではあったが、そこまで急速に二人の仲が進展するとは思ってもいなかったのだ。

 しかし、すぐに花が慌てたように付け加えた。


「あ、指輪はたぶん、普通に贈られた物だと思います。それに夕の刻には帰って来て、すぐに働こうとするんですよ。今日一日がお休みなのに」


 金の台座に緋石が輝く指輪はセレナの金赤色に波打つ艶やかな髪のようでとても綺麗だった。

 それにしても、もっとゆっくりしてくればいいのにと、花は残念そうに溜息を吐いた。


「ああ……。やはりあの二人らしいな」


 先程、制服姿のランディを見かけたことを思い出し、ルークは小さく笑った。

 どこまでも真面目な二人である。


「では、近いうちに正式な婚約の知らせがあるな」


 それがランディの父親であるグラン伯爵からなのか、ランディとセレナからなのかはわからないが、おそらく前者がルークの許に、後者が花の許に来るだろう。

 婚約期間もランディが一旦行動に移したのなら長くはないはずだ。


「とても嬉しくて、わくわくしますけど……セレナが結婚退職してしまうのは……寂しいです」


 喜ぶべきなのに、この世界での姉のような存在のセレナと今のように会えなくなってしまうと思うと途端に複雑な気持ちになってしまった。

 我が儘な自分にうんざりする花に、ルークは慰めるようなキスをした。


「心配するな」


「え?」


「セレナがハナの側から離れる訳がない。しかも、もうすぐこの子が生まれるのに」


「でも――」


 お腹をそっと撫でたルークは、言いかけた花の口を再び塞いだ。

 通常、令嬢達が侍女として仕えるのは行儀見習いとしての意味合いが大きく、結婚後も続ける者は滅多にいない。

 しかもランディはこの度、新しく伯爵位と領地を賜ったばかりで、何かと大変なはずなのだ。

 今は父親の領地から人手を借りているらしいが、結婚すればセレナは伯爵夫人としてその重責を担わなければいけないだろう。

 だが、ルークには自信があるようだった。


「賭けてもいい」


「え?」


「これからハナと口づける権利を全て賭けてもいい」


「……その賭けに負けると私も困ります」


 不服を唱える花に、ルークは更にもう一度キスをした。

 花も楽しそうに笑ってキスを返したが、ふと動きを止めて俯いた。


「どうした?」


「今――あ、また!」


 心配そうに顔を覗き込むルークの手をきゅっと握り、花は嬉しそうに金色の瞳を見つめた。


「赤ちゃんが動いたんです!」


「……赤ん坊が?」


「はい! むにゅむにゅって……あ、ほら! んー、でもルークにはまだわからないですよね、この辺りなんですが……」


 興奮した様子で答えた花は、お腹に添えられたルークの手の位置を少しずらした。

 しかし、ルークはためらいがちに、もう片方の手を柔らかな頬に触れて問いかけた。


「ハナは大丈夫か? 不快に感じたり……」


「まさか!」


 驚いてすぐに否定した花を見て、ルークは大きく安堵した。

 苦しむ母の嘆きを思い出したのだ。

 花はそんなルークの悲しみに気付くと、たまらなくなって強く抱きついた。


「こんなに……こんなに私は幸せなのに、ルークがもっともっと幸せにしてくれるんです。そしてこの子がいるからもっともっと幸せになれるんです」


 何度も何度も伝えた。だけど何度も何度も伝えたい。

 幸せな気持ちも、溢れる愛も、全てがルークと出会って生まれたもの。

 ルークは包み込むように花を抱きしめ返すと、目を閉じてあたたかな想いを心に感じた。


「……ありがとう、ハナ」


 どれほどに感謝の気持ちを伝えても、伝え足りない。

 優しい愛も、新しい生命も、全てが花からの贈りもの。

 二人は喜びに満ちた確かな未来を抱きしめて、幸せな時を過ごしたのだった。




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