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19.兄弟喧嘩。


「兄さん、ハナ様が怯えていらっしゃるでしょう? ちゃんと出て来て挨拶して下さい」


 今まで黙っていたハロンが、子供に言い聞かせるような優しい口調でヴィートをたしなめた。

 そこにラルフが口を挟む。


「ハロン、もう放っておこう。私達はこれから義兄として、ハナ様とキャッキャウフフと仲良くさせて頂くが、兄さんは一人寂しく森で蜜でも集めていればいいさ」


――― キャッキャウフフって……。


 至極真面目な顔で口にしたラルフの言葉に心中で突っ込んだ花だったが、ヴィートに視線を戻してぎょっとした。

 ヴィートは涙を流して、シクシク泣き出したのだ。


「あ、あの……」


 うろたえて立ち上がりかけた花を、ルークが押しとどめる。


「ハナ、かまうな。ラルフの言う通り放っておけ」


 ルークの冷たい言い様に、ヴィートは更に大粒の涙をこぼした。


「でもあの、私は……ヴィートさんとも、仲良くしたいです」


 この場の空気に耐えられずに訴えた花の気持ちは、ヴィートの涙を止めた。――どころか、途端に顔を輝かせてニコニコする姿に、花以外の誰もが大きく溜息を吐いた。


「あいつは感情のまま、本能のままに生きているんだ」


 諦めの滲んだ声で呟いたルークは立ち上がって花に手を貸した。

 皆も立ち上がり、セインが改めて紹介する為に近付くと、ようやくヴィートは衝立から姿を現した。

 セインより少し背の高いその体つきはたくましく、ずっと森で暮らしていた為か肌は日に焼けており、かなり野性的に見える。

 しかし、何よりも目を引いたのは、左肩にとまった雀ほどの大きさの青い鳥。

 思わず二度見してしまった花だったが、皆がそのことに触れる様子はない。


「ハナ様、紹介が遅くなりましたが、こちらが長男のヴィートです」


 セインの言葉を合図に、ヴィートの態度が驚くほどに変わった。

 背筋をスッと伸ばし、紳士らしい仕草でお辞儀をしたのだ。


「初めまして、ハナ様。このように挨拶が遅くなりましたこと、大変申し訳なく思っております。そしてどうか、これから末永くよろしくお願い致します」


「よ、よろしくお願い致します」


 あまりの変わり様に唖然としながらもどうにか応じた花に、ヴィートは魅惑的な笑みを向けた。


「では、これからは私のことを“お兄ちゃん”と呼んで下さい」


「……はい?」


「……」


「“お兄様”もなかなか捨てがたいですが、やはりここは親しみを込めて、“お兄ちゃん”の方がいいと思うっ!――」


 微妙な沈黙の中、朗らかに続けるヴィートの言葉は勢いよく途切れた。

 ソフィアがいきなりヴィートの後頭部を叩いたのだ。

 小鳥が驚いたようにピピッと鳴いてわずかに飛び上がった。


「ヴィート、いい加減になさい」


 微笑むソフィアにラルフが頷く。


「そうですよ、兄さんだけずるいではないですか」


「僕は“お兄様”に憧れるなあ」


 続いてハロンが自分の希望をぽつりと洩らすと、ヴィートが拗ねたようにぼやいた。


「お前は“お姉様”だろ。この裏切り者」


「裏切りも何も、僕は男です。ハナ様のように素敵な女性が義妹になって下さったのですから、もういいでしょう」


「全くです。そもそもハロンの女装は気持ち悪い」


 すぐさま反論したハロンに続いて、ラルフが微妙な援護射撃をした。

 そこから始まった、三つ巴の軽快な口論。

 呆気に取られて花が見ていると、ソフィアが母親らしく止めに入った。


「三人とも本当にいい加減になさい。陛下とハナ様の御前で失礼ですよ。まだ続けるつもりなら、部屋から出て行って余所でやってちょうだい」


 途端にぴたりと三人は口を閉ざした。

 そしてセインが軽く咳払いをして、ルークと花に改めて席を勧めた。


「陛下、ハナ様、失礼致しました。ハナ様が失望なさらなかったならよろしいのですが……」


「いいえ、全く!」


 花はセインの謝罪に力強く否定して微笑んだ。

 実の兄弟とは年が離れていたせいもあって殆ど会話もなく、今まで仲の良い兄弟が羨ましかった。

 だから、この温かい家族の一員になれることはとても嬉しいのだ。

 その気持ちを十分に理解しているルークもまた微笑み、花を席へと座らせた。

 と、ちゃっかりヴィートが花の隣に陣取る。


「ヴィート」


 叱るようにセインが静かに名前を呼ぶと、ヴィートは酷く悲しそうな顔をした。

 慌てて花が割って入る。


「私は構いませんから」


「ハナ、あまり甘やかすな。調子に乗る」


 呆れたように言いながらもルークの声には親しみが感じられる。

 ヴィートは花の優しい言葉に再びニコニコ顔になり、ルークのことは無視すると、懐から包みを取り出して開いた。

 それは、羽を広げた鳥をかたどった繊細な飴細工。

 よく壊れなかったなと思いながら見ていた花に、ヴィートはそっと差し出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 素直に受け取った花は、ニコニコと笑うヴィートに嬉しそうに微笑み返した。

 その様子を誰もが驚愕の眼差しで見ていた。――ルークでさえも。

 ヴィートが人に甘い物を差し出すなど前代未聞の出来事であった。




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