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9.計画実行。

 

 全ての準備が整い一人になった花は、猫の爪のような形をした宵の三日月を窓から見上げていた。

 そこにルークの声が掛かる。


「ハナ?」


 予定よりは少し遅れたが、それでもいつもよりはかなり早い時間に現れたルークに、花は嬉しそうに振り向いた。


「ルーク、お疲れ様でした」


「ああ……」


 ルークは花に応えながらも、なぜこの時間に一人で祈りの間にいるのかと訊こうとして、運び込まれたテーブルの上の豪勢な料理に気付き、別の問いを口にした。


「これは何かの祝いか?」


「はい、お祝いです」


 花は大きく頷くと、ルークの手を握って微笑んだ。


「ルーク、お誕生日おめでとうございます」


 その言葉にルークは驚き、目を見開いた。

 もう何十年も思い出すことさえなかったが、確かに今日はルークの誕生日なのだ。


「ハナ……」


 声を詰まらせ佇むルークの手を引いて、花はぼんやりとした明りの灯るテーブルへと導いた。

 テーブルの上に所狭しと並べられているのは特別な料理と、ルークが初めて目にするクリームたっぷりの少々派手な菓子。

 その側には、滅多に使われることのないランプが置かれ、小さな炎を揺らしていた。


 あの『お忍び』の日以来、花が何かを隠していることにはルークも気付いていた。

 しかし、まさか自分の誕生日を祝う為に準備を進めていたのだとは思いもしなかったのだ。


 すっかり黙り込んでしまったルークに、動揺した花は焦って勢いよくまくし立て始めた。


「あ、あの、これは私達の世界でお誕生日をお祝いする時に食べるケーキなんですけど、こちらの世界にはないので何とか説明して料理人の方達に頑張って作ってもらったんです。私にお料理の才能があれば良かったんですけど、残念な結果にしかならないので……。それにこれは、ろうそくの代りなんです。本当はケーキに年齢の数だけろうそくを立てて、お誕生日の人がふうって息を吹きかけて火を消すんですけど、百四十四本のろうそくが立ったケーキってちょっと微妙かなって。というか、そもそもこの世界には、ろうそくがないんですよね。生活魔法で明りには困らないから……。でもディアンが宝物庫にランプがあったはずだと教えて下さって、レナードが探し出して下さったんです。でも魔族さんはいらっしゃらなくて、魔法のランプではなかったです。それで……あの……」


 やはり何の反応も見せないルークに、花の声は次第にしぼんでいった。

 ルークには花の言葉の大半が理解出来なかったのだが、それ以上に込み上げる感情が強すぎて、身動きすることが出来なかったのだ。

 だが花は、ルークを驚かせたくて確かめもせずに先走ってしまった為に、嫌がられてしまったのだろうかと不安になっていた。


 先日、図書館で借りた本――先帝陛下までの史実が書かれた本を読んでいて見つけた第二皇子生誕の記述。

 まるで古い歴史の一部のように記載されていた為に、その日付がルークの誕生日なのだと気付くのに少々遅れてしまった。

 更に今までその事について考えもしなかった自分に呆れながら、それでも急ぎセレナ達に確認したのは、何か特別な行事はあるのかという事。

 生誕祭や即位記念式典などは、その代の皇帝によってまちまちであるらしく、現帝――ルークに関しては全く何も行われないとの答えを得て、花は間近に迫っていたその日に向けて計画したのだ。――ルークのお誕生日会を。


 花は二十歳の記念すべき誕生日を、沙耶の家で盛大に祝ってもらったのだが、それが本当に嬉しくて、ろうそくの火を吹き消した時はとても楽しかった。……その後の記憶はないが。

 だから子供っぽいと分かっていても、ルークに少しでも楽しんでもらいたかったのだ。

 二十一歳の誕生日には、おめでとうの言葉と共に大きな幸せをルークは贈ってくれたのだから。


 花のあたたかな気持ちは、ルークの心を激しく揺さぶった。

 息をすることさえ難しい。


 ずっと、生まれたことを後悔していた。

 母を狂わせ、兄を苦しめ、世界を破滅へと導く己がなぜ生きているのかと。

 年を重ねるごとに、はっきりと形を成していく忌わしい宿命から、残酷な運命から解放されたかった。


 それが今、生きる喜びを感じ、幸せに満たされている。

 ルークは繋いだ花の手を強く握りしめ、何度も深く息を吸ってどうにか気持ちを落ち着かせると、そっと花を抱きしめた。


「ルーク?」


 戸惑う花の耳元に唇を寄せて、ルークは震える声で囁いた。


「――ありがとう」


 その小さな言葉はルークの心を真っ直ぐに花へと伝えた。

 花は金色に滲む瞳を見上げると、今ある大切な想いの全てを口にした。


「私はルークに出会うことが出来て、ルークの傍にいることが出来て、ルークとこの先の人生を一緒に歩んでいけることがとても嬉しくて、とても幸せです。……生まれてきてくれて本当にありがとうございます」


 愛に満ちた花の言葉はルークを柔らかく包み込む。


「やはり俺は、ハナにもらってばかりだな。生きる喜び、幸せな想い、愛する心、そして……この子と輝く未来」


 ルークは花のお腹に優しく手を添えたまま、真剣な眼差しを向けた。


「俺は生涯をかけて、ハナに全てを返していくと約束する」


「ルーク……」


 あたたかくて力強いルークの新たな誓いの言葉に、花は胸がいっぱいになり、込み上げる涙を懸命に堪えて微笑んだ。

 それでもこぼれ落ちた幸せの涙を、ルークは唇ですくってキスをした。

 たくさんの感謝を込めて、溢れるほどの愛を伝えて。

 触れ合うだけの軽いキスを、何度も何度も繰り返す。

 が――。


  グゴゴオオオオ!!


「……」


「……」


「……お騒がせして、すみません」


「いや……」


 花のお腹が上げる抗議の音に、甘い時間はしばらく中断となった。

 そして二人は、ようやく食事の席についたのだった。





※ 花の料理の腕前は、ギャラリーの『★おまけ番外編★ハナの才能。』に詳細があります。

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