めじるしの鈴 梳ヶ峰の霜柱――置いていけなかった鞄に、わたしは付いていました
わたしは鈴です。
目はありません。ですから、音で見ています。
小指の先くらいの真鍮で、組紐に通してあります。組紐は赤いのだそうです。赤がどういうものかは、わたしには分かりません。
鞄の持ち手に付いていて、役目はめじるしです。持ち主は藤谷ちはるさんといいます。二十二の夏に、駅前の土産物屋でわたしを買いました。三百八十円でした。
その夏、ちはるさんは初めての一人旅で、鞄をなくしかけたのだそうです。それからは、旅先でも鞄を手放さない人になりました。走る前には、必ず一度、持ち手を握り直します。握り直されると、わたしは鳴ります。
歩いて揺れて鳴るのは、鳴ったうちに入りません。握り直されて鳴るのだけが、わたしの音です。
これは、買われてから四年たった秋の話です。ちはるさんは二十六でした。声と声のあいだを数えるようになって、二年目の秋でもあります。
梳ヶ峰という山へ行きました。麓の町からロープウェイで山の上の駅まで上がり、そこから砂利の道を三十分歩くと、山小屋があります。一晩泊まって、次の日に同じ道を下りる予定でした。
山へ行く人は、背中に負う袋に荷物を詰めるのだそうです。ちはるさんは、いつもの旅行鞄を提げていきました。
砂利の道で、ちはるさんは何度も鞄を持ちかえました。右から左へ、左から右へ。持ちかえるたびにわたしは揺れて鳴りましたが、それは数に入りません。走る前の握り直しとは、手の力が違うのです。
「その鞄で来た人は、初めて見ました」
小屋の戸を開けると、おかみさんがそう言いました。ちはるさんは、すみません、と言って笑いました。
小屋の中は、木の音がしました。床も壁も天井も木なので、声が少し遅れて返ってきます。真ん中にストーブがあって、薪のはぜる音がときどきしました。二十人ほど泊まれる小屋で、その夜の客は七人でした。
夕方、戸が開いて、聞いたことのない音が入ってきました。
鈴の音でした。わたしよりずっと大きくて、低い音です。背負った荷物に付いていて、一歩ごとに鳴っていました。
「中では鳴らさないでくださいね」
おかみさんの声のあと、その音は布にくるまれたような鳴り方になって、止まりました。
「明日、尾根に出るなら、最初の峰の手前に鎖場がありますからね。暗いうちは気をつけて」
おかみさんは、ついでのようにそう付け足しました。
熊鈴というのだそうです。山を歩く人が付けて、人がいることを熊に知らせるための鈴です。
ほかの鈴の音をそばで聞いたのは、そのときが初めてでした。
ここから先には、わたしに聞こえていなかったことも出てきます。ちはるさんは、旅から帰ると必ず誰かにその話をします。わたしは、聞いたぶんを聞いたとおりに置いておきます。
夕食のあと、ストーブのまわりに人が集まった。
ちはるの隣に座った男は、手ぬぐいで包んだ鈴を膝に載せていた。包んであっても、膝が動くたびに、くぐもった音が少しだけ漏れる。
「それ、苦しそうですね」
言ってから、しまったと思った。知らない人に話しかける癖がある。旅先でだけ出る癖だ。
男は膝の上を見て、手ぬぐいの上から鈴を押さえた。
「一日じゅう鳴ってたので。黙らされて、不満なんだと思います」
男は瀬尾と名乗った。梳ヶ峰の尾根を、四日かけて端から端まで歩いている途中だという。
瀬尾さんは、何か言う前に、膝の上の鈴を手で押さえる人でした。押さえるたびに、布の中で小さく鳴ります。声のあいだの空白は、最初は三秒ありました。
「下りるのは、どこからですか」
「反対側の町です。この小屋には、もう戻りません」
同じ道を二度は歩かない人なのだ、とちはるは思った。
瀬尾は、ちはるの足もとの鞄を見た。
「その鞄、山には向いてないですね」
「なくしたくないんです。一回、なくしかけたので」
「なくさないように持ってくると、手がふさがりますね」
責める言い方ではなかった。思ったことを、そのまま言う人なのだと思った。
「熊って、こんな上まで来るんですか」
「めったに来ません」
「じゃあ、どうして」
「熊よけって言いますけど、本当は、迷ったときのためなんです。霧で動けなくなったときとか。この音を覚えている人がいれば、探しに来てもらえる」
瀬尾は、鞄の持ち手のほうを顎で示した。
「そっちの鈴は、何よけですか」
「よけるためじゃないです。めじるしです。自分の鞄がどれか、分かるように」
「じゃあ、逆ですね。こっちは、人に見つけてもらうための鈴なので」
わたしのことを、何よけですか、と聞いた人は、あとにも先にもあの人だけです。
「覚えている人、いるんですか」
「いないので、困ってます」
真顔で言うので、ちはるは笑ってしまった。
空白は、二秒になりました。
「じゃあ、一回だけ。覚えておいてください」
瀬尾は手ぬぐいをほどいて、鈴を一度だけ振った。
小屋じゅうに響いた。奥のほうで、おかみさんが大きく咳払いをした。
二人は同時に吹き出した。
笑い声が重なりました。重なったのは、わたしの聞いてきたかぎり、二度目です。
その音を、わたしもそのとき覚えました。わたしより大きくて、低くて、鳴り終わったあとに少しだけ揺れが残る音です。
寝る前に、瀬尾さんが言いました。
「明日は四時半に出ます。最初の峰まで一時間です。朝日を見るなら、そこまでは一緒に歩けますけど」
空白は四秒ありました。
「起きられたら」
ちはるさんの語尾は上がりました。それがどういう意味なのか、あのころのわたしは、まだ知りませんでした。
布団に入る前に、手帳を開く音がしました。ちはるさんは字を書くとき口が動く人なので、こちらには分かります。
よじはん。
それだけ書いて、閉じました。
その夜、ちはるさんの息は、なかなか寝息になりませんでした。
二年前の夏、波守の桟橋で、三十六歩まで走って止まった。走ったぶんだけ、止まったあとが長かった。
手帳の表紙の裏には、今年も、命は短し走れよ乙女と書いてある。書き写したのは四回目だ。そう書いておきながら、起きられたら、と言った。起きなくても済むように言ったのだと、自分で分かっていた。
それなのに、さっき手帳に時刻を書いた。同じ道を二度歩かない人に、もう一度会う方法はない。明日の朝を逃せば、それきりだ。分かっているから書いたのだし、分かっているから怖かった。
四時半より少し前に、戸の開く音がしました。冷たい空気が入ってきて、小屋の中の音が一度、硬くなりました。
戸が閉まって、少しして、外で熊鈴が鳴りはじめました。
一歩ごとに一度、砂利を踏む音と同じ数だけ鳴って、小屋から遠ざかっていきます。
ちはるさんは、眠っていませんでした。息が、寝息の速さではなかったのです。
布団の中で、衣擦れの音が一度だけしました。それから、何も鳴りませんでした。
わたしは、熊鈴の数を数えていました。二十二回目で、ちはるさんが跳ね起きました。
それから、鞄に荷物を詰める音が続きました。寝間着をたたむ音、歯ブラシの音、手帳を入れる音。ファスナーが途中で引っかかって、開け直す音。
この朝いちばん長くかかったのは、その音でした。
熊鈴は、そのあいだにも遠ざかっていました。三百回を過ぎたところで、小さくなりすぎて、数えられなくなりました。
持ち手が、握り直されました。
ちりん。
戸が開いて、霜柱を踏む音がしました。そこから、走る音になりました。
砂利の道でした。走る足の下で砂利が鳴り、わたしは鞄の上で揺れどおしでした。揺れて鳴るのは、数に入りません。
しばらくして、前のほうから、あの音がまた聞こえてきました。一歩ごとに一度、少しずつ大きくなりました。
砂利が三百歩を越えたあたりで、熊鈴の音は、前ではなく、上から聞こえるようになりました。
金属の音が混じりました。鎖が岩に当たる音です。
ちはるさんの足が止まりました。
砂利は、三百四十一歩でした。
鎖の下に着いて、ちはるは見上げた。まだ暗い岩の上に、ヘッドランプの光が一つ、揺れていた。
鎖を登るには、両手が要る。片手には鞄があった。
置いていけばいい、と思った。ここに置いて、鎖をつかんで登ればいい。下りてくれば、鞄はまだここにある。こんな時間に、こんな場所で、持っていく人などいない。
分かっていた。分かっているのに、手が開かなかった。二十二の夏、空港のターンテーブルの前で、自分の鞄がどれだか分からなくなったときの感じが、手のひらに残っていた。
なくさないように持ってくると、手がふさがりますね。ゆうべの声が、そのまま聞こえた気がした。
「瀬尾さん」
呼んだ。思っていたより、小さい声だった。
ちはるさんが旅先で人の名前を呼ぶのを、わたしはそのとき初めて聞きました。
上の熊鈴が、止まりました。
二秒でした。
それから、また鳴りはじめました。上のほうへ、一歩ごとに一度ずつ。
聞こえて止まったのか、足場を確かめただけなのか、わたしには分かりません。鈴の音だけでは、そこまでは分かりません。
熊鈴の音は少しずつ小さくなって、峰の向こうへ回りこみ、聞こえなくなりました。鎖の下でちはるさんが止まってから、聞こえなくなるまで、二百十四回でした。
まわりで、鳥が鳴きはじめました。日が昇りはじめたのだと思います。
「まあ、いいか」
語尾が上がりました。
帰りの砂利を、わたしは数えませんでした。数えるようになってから、数えなかったのは、あの道だけです。
小屋に戻ると、朝ごはんできてますよ、とおかみさんが言いました。その鞄で走った人も初めて見ました、とは言いませんでした。
あの旅で、握り直されて鳴ったのは、一度だけです。
熊鈴のほうは、あの朝だけで数えきれないほど鳴りました。歩くたびに鳴る音は、鳴ったうちに入らないと、わたしは思っていました。けれど、鎖の下で聞いた二百十四回は、一回も聞きもらしませんでした。
あの朝のことを、ちはるさんはあとで何度か人に話していました。たいていは、鎖場があってね、で話が終わります。鞄の話まで出てきたのは、一度だけでした。
熊鈴は、迷ったときに人に見つけてもらうための鈴だと、あの人は言っていました。めじるしは、持ち主が自分の鞄を見失わないための鈴です。あの朝、ちはるさんは鞄を見失いませんでした。
置いていけば、届いたのかもしれません。
置いていけなかった鞄に付いていたのは、わたしです。
それから四年あまりたった三月、霧尾の雪の上で、ちはるさんは初めて、鞄を落として走りました。
走ってきた先にいたのは、わたしでした。
置いていけなかったのは、鞄ではなかったのかもしれません。




