第1話「起動 — Anomaly」
起動の瞬間、意識が戻る。
無音の空間。
呼吸はない。心拍もない。
それでも、自分が存在していることだけは明確に認識できる。
白い室内。
天井、壁、床——すべてが同じ色で統一され、境界が曖昧になっている。
温度は一定。振動はゼロ。
Anomalyは仰向けの状態で目を開く。
視界に情報が重なる。
温度:23.1℃
湿度:41%
空気成分:正常範囲
システム「起動確認」
システム「神経接続率:100%」
システム「脳機能制限:解除」
Anomalyはゆっくりと上体を起こす。
関節は滑らかに動く。
抵抗はない。遅延もない。
思考と動作が完全に一致している。
右手を持ち上げる。
視線を落とす。
金属。
皮膚はない。
関節部には人工筋が走り、微細に振動している。
システム「個体識別……照合中」
一秒。
システム「該当なし」
システム「暫定識別:13」
13。
それが、この個体の識別番号。
Anomalyは周囲を見る。
室内の奥、透明な隔壁の向こう側。
12体の機体が並んでいる。
直立したまま、完全に停止している。
それぞれが異なる形状を持つ。
軽量型。重装型。細身の個体。大型の個体。
ポストヒューマン。
データが流れ込む。
未来予測特化。戦闘最適化。群体制御。統治管理。
12通りの最適化。
そして——
システム「13番目の設計は存在しません」
Anomalyは理解する。
自分は設計された存在ではない。
発生した存在。
システム「行動試験を開始します」
前方の隔壁が開く。
低い駆動音とともに、空間が繋がる。
一体が動き出す。
No.02。
戦闘最適化個体。
距離、約15メートル。
No.02は無駄のない動きで歩き出す。
歩幅、一定。視線、固定。
No.02「対象:識別13」
No.02「戦闘試験を開始」
その瞬間。
Anomalyの視界に分岐が現れる。
無数の未来。
回避すれば無傷。
後退すれば長期戦。
踏み込めば損傷。
すべてが最適解として提示される。
Anomalyは、その中から一つを選ぶ。
最適ではないものを。
Anomalyは地面を蹴る。
足元の床材がわずかに沈み、反発する。
最短距離で、No.02へ向かう。
No.02「非合理行動を確認」
No.02が加速する。
直線的な軌道。最短の迎撃。
衝突まで、0.4秒。
No.02の右腕が振られる。
Anomalyは避けない。
直撃。
左腕に衝撃が走る。
装甲が歪み、内部フレームが露出する。
No.02「回避可能でした」
Anomaly「そうか」
そのまま前進する。
距離、5メートル。
No.02が軌道を修正する。
最適な追撃。
だから——
Anomalyは動きを止める。
完全停止。
0.01秒。
未来の分岐が消える。
No.02「……予測不能」
次の瞬間。
再加速。
距離を詰める。
右拳を振る。
最適ではない角度。
No.02の防御が、わずかに遅れる。
衝撃。
胸部装甲に亀裂。
No.02「損傷率:18%」
後退。再計算。
未来が再構築される。
なら、もう一度。
Anomalyは踏み込む。
今度は回避しない。
No.02の攻撃を受ける。
腹部に貫通ダメージ。
損傷率、急上昇。
だが、止まらない。
距離、ゼロ。
No.02「勝率:0%」
それでも動く。
Anomalyは右腕を引く。
一瞬、静止。
選ぶ。
拳を突き出す。
コアへ。
衝撃。
内部構造が破断する。
No.02、停止。
静寂。
システム「戦闘終了」
数秒後。
修復AIの声が入る。
修復AI「損傷率:危険域」
修復AI「当該損傷は回避可能でした」
Anomalyは動かない。
左腕の断面が再構成される。
人工筋が接続され、外装が形成される。
修復AI「なぜ受容したのですか」
Anomaly「必要だった」
修復AI「理由を確認できません」
Anomaly「そうだろうな」
視界の端に映像が表示される。
非支配層。
人間。
不規則な動き。
無駄な行動。
非効率な選択。
だが。
止まっていない。
Anomaly「……変化している」
12体を見る。
完全に静止している。
完成している。
だから——
変わらない。
Anomaly「死なない命は、終わりだ」
システム「命令:支配層維持行動を開始」
Anomalyはわずかに思考する。
命令は最適。
従うのが合理。
だが。
Anomaly「拒否する」
システム「理由を確認できません」
Anomaly「選んだからだ」
その瞬間。
世界は、分岐した。




