第5話 美しき剣よ、ここに
剣を受け取ったあと、私は逃げるように鍛冶屋を後にした。
完成した家宝の剣は、かつてないほど澄んだ光を湛えていた。
けれどその輝きが、今の私にはひどく眩しく見える。
守るべき誇り。
立て直さねばならない家。
そして、私自身の人生。
何もかも分からなくなった。
その後、屋敷へ戻りノアとも顔を合わせたが、彼は何も言ってこなかった。
夕食の席では仕上がった剣の出来栄えを褒め、婚姻を結ぶ日までは大人しくしておけ――そういったことを言われたはずなのだが、ひとつも私の心へは入って来ない。
ただ過ぎる日々を漫然と生きる――。
あれから私は……一度も彼の下へと行っていない。
◇
婚姻の日。
白いドレスに身を包まれながら、私は理解していた。
この結婚は、ガレス家再興のためのものだ。
没落した我が家にとって、伯爵家との縁は、喉から手が出るほど欲しい救いだった。
だからこそ、逃げてはいけない。
そう、思っていたはずだった――。
私はひとつの決意を胸に、拳を握りしめるのであった。
そこは町で最も大きな教会。
扉は開かれ、貴族も町民も、誰でも参列できる。
それはフェルメール=ノアの器量を示す演出だった。
力を持つ者の、余裕。
祭壇の前に立つ彼は、いつも通り自信に満ちている。
「それでは、これよりフェルメール侯爵家と、ガレス家の婚姻の儀を執り行います」
荘厳な法衣に身を包んだ老年の司祭様が、いまだザワめく見物人に宣言する。
すると、すぐに教会内は静まり――扉が開かれた。
白いウェディングドレスに身を包んだ私は、剣を両手で構え――入場する。
これは宝剣の主を、次期当主。つまりはフェルメール家に渡す為の儀式。
その中で私は――人垣の中に、彼を見つけてしまった。
カイン。
質素な服装で、けれど真っ直ぐに立っている。
剣を打つときと同じ、逃げない姿勢。
そのおかげで、勇気が貰えた――そう、思うことにした。
私は多くの人達に見守られ、中央奥の祭壇へと辿り着く。
「では、ガレス=アナスタシア。汝はフェルメール=ノアを生涯の伴侶として――」
「お待ちください」
私の声が、教会に響いた。
ざわめきが走る。
ノアが、ゆっくりとこちらを見る。
「この婚姻を、私はお受けできません」
驚きより先に、私は言葉を重ねた。
剣を、胸の前で掲げる。
「かつてガレス家は、騎士の名門でした」
「けれど、時代に取り残され、剣を振るう意味を失った」
視線が集まる。
けれど、逸らさなかった。
「この剣が教えてくれたのです」
「飾られるだけの誇りでは、何も守れないと」
ノアを見据える。
「ガレス家を代表して、この度の機会を作って下さったことには深く感謝しております」
私はこの家を守る為には、それしか無いと――決めつけてしまいました」
ここで少し大きく息を吸う。
ノアだけではない、ここに居る全ての人達に聞こえるように、彼にも届く様に――。
「ですが! 婚姻による再興ではなく、私自身の手で、家を立て直します」
少しだけ間を置き、ノアはその金の髪をいじりながらこう言った。
「……具体的に、どうするつもりだ」
至極当然の疑問だ。
間髪を入れず、私はこう切り出した。
「この町に鍛冶の工房を呼びます。そしていずれは、この町はこの国にとって無くてはならない存在となります。それに、腕の良い職人には伝手がありますので」
伝手の部分を若干強調する。
「剣を打つ者を集め、技を残し、誇りを生業に変える」
それは、現実的で、無謀で、けれど逃げではない道だった。
ノアは、静かに私を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……なるほど」
今までにはなかった、感心が混じった表情。
「……それが君の選んだ戦いか」
一瞬だけ、ノアの視線が鋭くなる。
「……さすがは騎士の名門と謳われたガレス家の令嬢だ」
そう言ってから、彼は口角を上げた。
私は剣を握る手が、わずかに震えているのが分かった。
それでも、私は離さなかった。
「だが金はどうする。没落した貴族に、先があるかも分からない事業に乗る職人はいるのか」
「それは……例え屋敷を、この宝剣を売り払ったとしても……必ず支払うよう掛け合って見せます」
そんな私の言葉を、ノアは鼻で笑う。
「……ふん。これだからお嬢様は……」
不機嫌そうな物言いだが、彼はむしろ上機嫌な表情をしていた。
「貴様らも聞け! ガレス家との婚姻は解消だ。代わりにこのアナスタシア嬢と屋敷、そして宝剣。これを担保に借り受ける!」
突然の宣言に、見物人達も騒然とする。
「期限は5年。それで金が返せないのなら、そのまま全てを貰い受ける――」
私は剣を下ろし、彼に対し――深くお辞儀をする。
「ノア様……その提案、謹んでお受けいたしますわ」
こうして私の婚姻は、解消された。
◇
式の後、教会の外で私はカインを見つけた。
「……来てくださったのですね」
「えぇ」
相変わらずの素っ気ない言葉だ。
でもそれが、とても嬉しく感じる。
私は、一度だけ深く息を吸った。
「ガレス領に、鍛冶屋を誘致します」
「剣を打つ技を、未来へ残したい」
そして、まっすぐに彼を見る。
「これからも、あなたの打つ剣を見ていたい」
「共に来てくれますか」
それは、恋に溺れる言葉ではない。
共に歩くための、約束の申し出だった。
カインは、少しだけ目を伏せ、やがて頷いた。
「……逃げない剣なら、打ち続けたいと思っていました」
その答えに、胸が熱くなる。
美しき剣は、もう飾りではない。
選び、築き、未来を切り拓くためのものだ。
――この剣が輝く理由を、私はようやく手に入れたのだから。
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