表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その美しき剣は、彼女の手の中に〜婚約破棄と契約と〜  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

第5話 美しき剣よ、ここに


 剣を受け取ったあと、私は逃げるように鍛冶屋を後にした。


 完成した家宝の剣は、かつてないほど澄んだ光を湛えていた。

 けれどその輝きが、今の私にはひどく眩しく見える。


 守るべき誇り。

 立て直さねばならない家。

 そして、私自身の人生。


 何もかも分からなくなった。


 その後、屋敷へ戻りノアとも顔を合わせたが、彼は何も言ってこなかった。

 

 夕食の席では仕上がった剣の出来栄えを褒め、婚姻を結ぶ日までは大人しくしておけ――そういったことを言われたはずなのだが、ひとつも私の心へは入って来ない。


 ただ過ぎる日々を漫然と生きる――。


 あれから私は……一度も彼の下へと行っていない。


 ◇


 婚姻の日。

 白いドレスに身を包まれながら、私は理解していた。


 この結婚は、ガレス家再興のためのものだ。

 没落した我が家にとって、伯爵家との縁は、喉から手が出るほど欲しい救いだった。


 だからこそ、逃げてはいけない。

 そう、思っていたはずだった――。


 私はひとつの決意を胸に、拳を握りしめるのであった。


 そこは町で最も大きな教会。

 扉は開かれ、貴族も町民も、誰でも参列できる。

 それはフェルメール=ノアの器量を示す演出だった。


 力を持つ者の、余裕。


 祭壇の前に立つ彼は、いつも通り自信に満ちている。


「それでは、これよりフェルメール侯爵家と、ガレス家の婚姻の儀を執り行います」


 荘厳な法衣に身を包んだ老年の司祭様が、いまだザワめく見物人に宣言する。

 すると、すぐに教会内は静まり――扉が開かれた。


 白いウェディングドレスに身を包んだ私は、剣を両手で構え――入場する。

 これは宝剣の主を、次期当主。つまりはフェルメール家に渡す為の儀式。


 その中で私は――人垣の中に、彼を見つけてしまった。


 カイン。


 質素な服装で、けれど真っ直ぐに立っている。

 剣を打つときと同じ、逃げない姿勢。


 そのおかげで、勇気が貰えた――そう、思うことにした。


 私は多くの人達に見守られ、中央奥の祭壇へと辿り着く。


「では、ガレス=アナスタシア。汝はフェルメール=ノアを生涯の伴侶として――」


「お待ちください」


 私の声が、教会に響いた。


 ざわめきが走る。

 ノアが、ゆっくりとこちらを見る。


「この婚姻を、私はお受けできません」


 驚きより先に、私は言葉を重ねた。


 剣を、胸の前で掲げる。


「かつてガレス家は、騎士の名門でした」

「けれど、時代に取り残され、剣を振るう意味を失った」


 視線が集まる。

 けれど、逸らさなかった。


「この剣が教えてくれたのです」

「飾られるだけの誇りでは、何も守れないと」


 ノアを見据える。


「ガレス家を代表して、この度の機会を作って下さったことには深く感謝しております」

 私はこの家を守る為には、それしか無いと――決めつけてしまいました」


 ここで少し大きく息を吸う。

 ノアだけではない、ここに居る全ての人達に聞こえるように、彼にも届く様に――。


「ですが! 婚姻による再興ではなく、私自身の手で、家を立て直します」


 少しだけ間を置き、ノアはその金の髪をいじりながらこう言った。


「……具体的に、どうするつもりだ」


 至極当然の疑問だ。

 間髪を入れず、私はこう切り出した。


「この町に鍛冶の工房を呼びます。そしていずれは、この町はこの国にとって無くてはならない存在となります。それに、腕の良い職人には伝手がありますので」


 伝手の部分を若干強調する。


「剣を打つ者を集め、技を残し、誇りを生業に変える」


 それは、現実的で、無謀で、けれど逃げではない道だった。

 ノアは、静かに私を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「……なるほど」


 今までにはなかった、感心が混じった表情。


「……それが君の選んだ戦いか」


 一瞬だけ、ノアの視線が鋭くなる。


「……さすがは騎士の名門と謳われたガレス家の令嬢だ」


 そう言ってから、彼は口角を上げた。

 私は剣を握る手が、わずかに震えているのが分かった。

 それでも、私は離さなかった。


「だが金はどうする。没落した貴族に、先があるかも分からない事業に乗る職人はいるのか」

「それは……例え屋敷を、この宝剣を売り払ったとしても……必ず支払うよう掛け合って見せます」


 そんな私の言葉を、ノアは鼻で笑う。


「……ふん。これだからお嬢様は……」


 不機嫌そうな物言いだが、彼はむしろ上機嫌な表情をしていた。


「貴様らも聞け! ガレス家との婚姻は解消だ。代わりにこのアナスタシア嬢と屋敷、そして宝剣。これを担保に借り受ける!」


 突然の宣言に、見物人達も騒然とする。


「期限は5年。それで金が返せないのなら、そのまま全てを貰い受ける――」


 私は剣を下ろし、彼に対し――深くお辞儀をする。


「ノア様……その提案、謹んでお受けいたしますわ」


 こうして私の婚姻は、解消された。


 ◇


 式の後、教会の外で私はカインを見つけた。


「……来てくださったのですね」

「えぇ」


 相変わらずの素っ気ない言葉だ。

 でもそれが、とても嬉しく感じる。


 私は、一度だけ深く息を吸った。


「ガレス領に、鍛冶屋を誘致します」

「剣を打つ技を、未来へ残したい」


 そして、まっすぐに彼を見る。


「これからも、あなたの打つ剣を見ていたい」

「共に来てくれますか」


 それは、恋に溺れる言葉ではない。

 共に歩くための、約束の申し出だった。


 カインは、少しだけ目を伏せ、やがて頷いた。


「……逃げない剣なら、打ち続けたいと思っていました」


 その答えに、胸が熱くなる。


 美しき剣は、もう飾りではない。

 選び、築き、未来を切り拓くためのものだ。


 ――この剣が輝く理由を、私はようやく手に入れたのだから。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もしよろしければ評価他、私の他作品も読んで頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ