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その美しき剣は、彼女の手の中に〜婚約破棄と契約と〜  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ


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3/5

第3話 価値の置き場所


 その知らせは、思いがけない形で届いた。


「鍛冶屋に通っているそうだな、アナスタシアよ」


 ノアは、何でもないことのようにそう言った。

 伯爵家の廊下。すれ違いざまに投げかけられた声音は、穏やかでいて、逃げ道を塞ぐものだった。


「剣の状態を確認するためです」

「それでも、何度も行く必要はないだろう」


 誰かに聞いたのだろうか。従者に直接問質したのか――。

 足を止めた彼は、私を見下したような目つきだった。


「町外れの鍛冶屋だと聞いた。何度も顔を出す場所ではない。立場を考えたまえ」


 胸の奥で、何かが小さく軋んだ。


「使用人に任せればいい」


 即座に返ってきた言葉に、私は一瞬、言葉を失った。


 任せればいい。

 その一言で済ませられるほど、あの剣は軽くない。


「君は、私の妻になるのだ」


 ノアは淡々と続ける。


「余計な場所に出入りすれば、無用な噂も立つ。相手が鍛冶屋ともなれば尚更だ」


 噂。立場。体面。

 聞き慣れた言葉のはずなのに、今日は酷く遠く感じた。


「……分かりました」


 そう答えながら、私は心の中で小さく首を振っていた。


 分かっている。

 けれど、納得はしていない。


 ◇


 その日の午後、私は鍛冶屋を訪れた。


 実はというと、今日も訪れることは決めていたのだ。

 ただあくまで剣の状態を確認するためと、言い訳するように。


「こんにちは」


 声をかけると、カインはすぐに顔を上げた。


「……今日は、早いですね」


 前と同じ言葉。

 けれど、その声音に、ほんのわずかな柔らかさが混じっているのに気づいてしまう。


「えぇ」

「ちょうど、仕上げに入ったところです」


 作業台の上には、かつての輝きを取り戻した家宝の剣があった。

 その刀身には、凛とした輝きがある。


「……別の剣みたい」

「元の姿に、戻っただけです」


 カインはそう言って、剣を撫でるように布で拭いた。


「この剣、本当は――」


 言いかけて、彼は言葉を切った。


「……いえ。持ち主が決めることですね」


 その距離感が、今はありがたかった。

 私は、意を決して口を開く。


「今日、婚約者に言われました。鍛冶屋に通うな、と」


 カインの手が、ぴたりと止まる。


「……そうですか」


 それ以上は、何も言わなかった。

 慰めも、同情もない。


 けれど、その沈黙が、かえって重く胸に残る。


「でも……」


 私は、剣を見つめながら続けた。


「それでも私は、この剣がどうなるのか、最後まで見届けたいんです」


 自分でも驚くほど、はっきりした声だった。

 カインは少しだけ考えるように視線を落とし、やがて頷いた。


「分かりました」


 それだけ。

 けれど、その一言には、逃げないという意思が込められているように感じた。


「完成は、明後日です」

「……はい」


 鍛冶屋を出るとき、胸の奥がざわついていた。


 婚約者であるノアの言葉。

 完成間近の剣。

 そして、カインの沈黙。


 選ばれた未来と、選び始めた今。


 その間に立たされたまま、私は歩き出す。


 ――次にこの剣を手にするとき、私は何を選ぶのだろうか。


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