第3話 価値の置き場所
その知らせは、思いがけない形で届いた。
「鍛冶屋に通っているそうだな、アナスタシアよ」
ノアは、何でもないことのようにそう言った。
伯爵家の廊下。すれ違いざまに投げかけられた声音は、穏やかでいて、逃げ道を塞ぐものだった。
「剣の状態を確認するためです」
「それでも、何度も行く必要はないだろう」
誰かに聞いたのだろうか。従者に直接問質したのか――。
足を止めた彼は、私を見下したような目つきだった。
「町外れの鍛冶屋だと聞いた。何度も顔を出す場所ではない。立場を考えたまえ」
胸の奥で、何かが小さく軋んだ。
「使用人に任せればいい」
即座に返ってきた言葉に、私は一瞬、言葉を失った。
任せればいい。
その一言で済ませられるほど、あの剣は軽くない。
「君は、私の妻になるのだ」
ノアは淡々と続ける。
「余計な場所に出入りすれば、無用な噂も立つ。相手が鍛冶屋ともなれば尚更だ」
噂。立場。体面。
聞き慣れた言葉のはずなのに、今日は酷く遠く感じた。
「……分かりました」
そう答えながら、私は心の中で小さく首を振っていた。
分かっている。
けれど、納得はしていない。
◇
その日の午後、私は鍛冶屋を訪れた。
実はというと、今日も訪れることは決めていたのだ。
ただあくまで剣の状態を確認するためと、言い訳するように。
「こんにちは」
声をかけると、カインはすぐに顔を上げた。
「……今日は、早いですね」
前と同じ言葉。
けれど、その声音に、ほんのわずかな柔らかさが混じっているのに気づいてしまう。
「えぇ」
「ちょうど、仕上げに入ったところです」
作業台の上には、かつての輝きを取り戻した家宝の剣があった。
その刀身には、凛とした輝きがある。
「……別の剣みたい」
「元の姿に、戻っただけです」
カインはそう言って、剣を撫でるように布で拭いた。
「この剣、本当は――」
言いかけて、彼は言葉を切った。
「……いえ。持ち主が決めることですね」
その距離感が、今はありがたかった。
私は、意を決して口を開く。
「今日、婚約者に言われました。鍛冶屋に通うな、と」
カインの手が、ぴたりと止まる。
「……そうですか」
それ以上は、何も言わなかった。
慰めも、同情もない。
けれど、その沈黙が、かえって重く胸に残る。
「でも……」
私は、剣を見つめながら続けた。
「それでも私は、この剣がどうなるのか、最後まで見届けたいんです」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
カインは少しだけ考えるように視線を落とし、やがて頷いた。
「分かりました」
それだけ。
けれど、その一言には、逃げないという意思が込められているように感じた。
「完成は、明後日です」
「……はい」
鍛冶屋を出るとき、胸の奥がざわついていた。
婚約者であるノアの言葉。
完成間近の剣。
そして、カインの沈黙。
選ばれた未来と、選び始めた今。
その間に立たされたまま、私は歩き出す。
――次にこの剣を手にするとき、私は何を選ぶのだろうか。




