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その美しき剣は、彼女の手の中に〜婚約破棄と契約と〜  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ


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第2話 火花の向こう側


 それから2日後、私は再び町外れの鍛冶屋を訪れていた。


 本来なら、剣の仕上がりを確認するにはまだ早い。

 けれど、気づけば馬車に乗り、ここまで来ていた。

 理由を考えようとして、やめる。どうせ、自分でも分かっているのだから。


 扉を開けると、前と同じように熱気と鉄の匂いが迎えてくれた。


 カインは、炉の前に立っていた。

 前回と同じく、余計な動きのない仕事ぶりだ。火花が散るたび、その横顔が一瞬だけ照らされる。

 私はしばらく声をかけられず、また立ち止まってしまった。


「……こんにちは」


 気づいたのは、彼の方が先だった。


「ご迷惑でしたか?」

「いえ。ちょうど休憩に入るところでした」


 そう言って、カインは金槌を置いた。無愛想というほどではないが、やはり言葉は少ない。

 それなのに、不思議と冷たさは感じなかった。


「剣の具合が気になって……」

「順調ですよ」


 簡潔な返事のあと、作業台の奥から剣を持ってくる。

 まだ完全ではないが、刃にはすでに鈍い光が宿っていた。


「……綺麗」


 思わず、そんな言葉がこぼれる。


「元がいい剣です」


 そう言ったきり、カインはそれ以上を語らなかった。

 褒めるでもなく、自分の腕を誇るでもない。ただ事実を述べただけのような口調だった。


「剣は、お嫌いですか」


 不意に、そんな問いが飛んできた。

 少し驚いてから、私は正直に答える。


「嫌い……そうですわね……」


 少し考えてから、私は言葉を続けた。


「美しさと、家名を刻む紋章だけが取り柄のこの剣は……正直に言えば、あまり好きではありません」


 貴族の令嬢が、こんなことを口にしていいのか。

 一瞬ためらいはあったが、いったん溢れ出た言葉は止まらなかった。


「ガレス家は、かつて騎士の名門でした。曾祖父はその武勇を認められ、この剣を陛下より賜ったと聞いております」


 幼い頃の記憶が、ふとよみがえる。


「父はよく、その頃の話をしてくれました。曾祖父の戦場での活躍や、剣を授かった日のことを……誇らしそうに」


 けれど。


 時代は進み、騎士という呼び名は形だけのものになった。

 剣を振るうより、家格や財が重んじられる新しい時代。


 ガレス家は――その流れについていけなかった。


「今では、もう見る影もありません」


 私は剣から目を離し、静かに言った。


「それでも、この剣だけは残されて……まるで、過去の栄光を忘れるなと言われているみたいで」


 だからこそ、余計に重く感じる。


「……どうして、もう何も持たないガレス家の血を、私が守らなければならないのかと。そう思ってしまうのです」


 言い終えてから、少しだけ後悔した。

 言葉にしてしまえば、取り消せない。


 カインは、一瞬だけ視線を伏せた。


 それは、否定でも同情でもなく――。

 何かを、静かに受け止める仕草に見えた。


「……それでも、いつも丁寧に扱っています」


 彼は剣からは目を離さず、言葉を続ける。


「剣も、そう言っています」

「剣が、ですか?」


 思わず聞き返してしまった。

 彼がこのような冗談を言うとも思えないからだ。


「ええ。あなたに大事にされ、嬉しいと」


 彼は短く頷いた。


「言葉ではどう取り繕っても、剣が答えてくれます」


 そして静かに告げた。


「あなたは、心まで失っていないと――」


 その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 私は誰にも見せたことのないこの心のうちを、見透かされたような気がしたのだ。


「完成まで、あと少しです」

「……お願いします」


 そう答えたとき、ふと頭に婚約者の顔が浮かんだ。


 剣を“見栄え”でしか語らなかったノア。

 目の前で、剣そのものと向き合っているカイン。


 比べるつもりはなかったのに、比べてしまう自分がいた。


「完成したら、連絡します」

「はい」


 帰り際、扉に手をかけたところで、背後から声がした。


「……あの」


 振り返ると、カインが少しだけ言いづらそうに立っている。


「無理に、来なくても大丈夫ですから」


 一瞬、胸が冷えた。

 けれど、続いた言葉に、思わず目を見開く。


「……前もって言って頂けたら、お茶菓子くらいはご用意しますので」


 そう付け加えてから、彼は照れくさそうに頭を下げた。

 私は、思わず笑ってしまった。


「お気遣い、ありがとうございます。でも……来たいと思ったから来ただけです」


 それ以上、言葉は続かなかった。

 けれど、鍛冶屋を後にする頃には、胸の奥に小さな灯がともっていた。


 まだ名前のつかない感情。

 それでも確かに、私の中で動き始めているもの。


 そして同時に――。

 この時間を、きっと彼……フェルメール=ノアは快く思わないだろうという予感も。


 選ばれた未来と、選び始めた今。

 その距離は、確実に縮まりつつあった。


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