011-霊体ホログラム
アイネスは漫画を読むのが好きだ。
暇さえあれば、床やベットにゴロゴロと転がり、漫画を読んでいる。
そんな彼女のお氣に入りの一つに【地球セレクト!】がある。
【地球セレクト!】……宇宙空間に無数に存在する霊体ホログラムの脅威に対抗する為に、人類は一致団結し、そして地球を守る、という物語の漫画だ。
霊体ホログラムというのは、地球人の脳ミソから読み取ったイメージを元に、惑星の……つまりは、地球のホログラムを創り出すという謎の生命体だ。
だから、それこそ天国のようなものから地獄のようなものまで、将又超現実的なものから超絶ファンタジーなものまで、想像できうる限りのありとあらゆる世界……地球のホログラムが描かれていた。
しかも、いずれかの霊体ホログラムに憑依されてしまうと、地球そのものが本当にそうなってしまう、という設定だ。
今、僕の中には、その【地球セレクト!】に登場する霊体ホログラムのエイリアスがある。
僕が想う理想的な世界……それに近いと感じた霊体ホログラムのエイリアスだ。
要するに、【地球セレクト!】で描かれていたものをそのまま潔くパクってみたんだ。
そしてそこに、僕なりの設定を組み込んでみた……まあ、そんな感じかな。
でもね、データ量があまりにも膨大過ぎるんだよね。
だから、これからそれを纏うと思うと……ちょっと怖いんだ。
多分ね、プレイアのエイリアスを纏って変な感じがしたのって、データ量が多かったからだと思うんだ。
今回纏うものはプレイアのものとは比べものにならない位に膨大だからね。
一体どうなる事やら……。
「……あれ? 突然真っ暗に……?」
「そうね……でも、あたし達の頭上では星々がキラキラと瞬いているわ」
何処までも続く暗闇……。
僕とアイネスは、そんな無限の空間に浮かぶ小さな紫色の球体の中に居た。
アイネスが構築したであろう魔法結界の内側に……。
「……転移魔法?」
「ええ、その通りよ」
まあ確かに、いきなりワームホールに飛び込むような勇氣なんて僕にはないよ。
例え僕自身が創造したものであってもね。
三年ぐらい掛けて調査してからじゃないと安心して飛び込めないよね。
……ん?
あ、そういう事ね。
ビビリな僕の為に氣を利かせてくれたんだよね?
「わ、悪い……どうにも踏ん切りがつかなくて……だから、転移魔法で一氣に……そういう事だよね?」
「はあ? はじめはお姫様抱っこで無理矢理連行しようかと思ったのだけれど、あまりにもニンニク臭いから必要以上に近づきたくなかっただけよ」
――ゴメンナサイ、お昼に餃子三人前も食べてしまいましたぁぁぁぁぁっ!
「あはは……そういう事だったのね。あれ? でもさ、こんな狭い空間の中じゃ……」
「ああ……それなら問題ないわ。この球体の中では常に新鮮な空氣がつくられているから、こうして生きていられるし、臭くもないのよ」
「なるほど…………にしても、アイネスって……やっぱり凄いね!」
「あら、忘れちゃったの? あたし、魔法創造を習得しているのよ? でも、まあ、そのせいで殺されちゃったけれど……。確かあの男……元々は貴方の配下だったわよね?」
「――それ違うステファンの元配下だろがっ!」
確か【夜明けのストラーダ】では、魔法創造を習得して以降、アイネスは敵味方を問わずに恐怖の象徴となってしまった。
そして、最後の最後で、彼女という存在を危険視していた連中によって……。
でも、それも無理もない話だよね?
だって、あのアンポンタン作家のせいで、アイネスは異常なまでに強くなってしまったし……。
挙句の果てには、女神アルシェミナの祝福により、無限の魔力がどうたらこうたらと……。
にしても……主人公のステファンと最初で最後の接吻を交わすと思われたあの感動的なシーンを、一体どうしてあんな形で……。
あのアンポンタンは、ロマンスというものを全く分かっちゃいないよ!
おっと、今はそんな下らない事など考えている場合じゃないよね。
「ねえ、あたし達って……キス……していないわよね?」
「――んなっ! そ、そ、そ、そりゃそうでしょ…………だ、だって、僕と……ア、ア、ア、アイネスは……」
「ふふ……そうじゃないわ、あっちのステファンとの話……何故かその辺の記憶が曖昧なの」
「ああ、あっちの話だったのね。確か……していない……は、はずだけど?」
「そう……うふっ、ちょっと安心したわ」
薄っすらと笑みを浮かべたアイネス……。
何時になく可愛らしい……よね?
「……何で?」
「だって、今ここに存在しているあたしこそが本当のあたしだからよ」
まあ、そりゃそうだよね。
って言うか、僕達がこの暗闇の中に居る理由とは全く関係のない話だよね。
此処に来た目的は、望む世界の創造……。
残る二つの段階を実行する為だし……。
「ふーん……さいですか。ところで……そろそろいいかな?」
「その前に一つ聞いておきたいのだけれど、マテリアル化させた霊体ホログラムを何に憑依させるつもりなのかしら? この辺りには何も見当たらないのだけれど……」
意味深に微笑む僕……。
意味有り氣にピーンと立てた人差し指で下方の暗闇を指す。
「――な、何じゃアレはっ!?」
漫画の読み過ぎなのか、将又驚きが大き過ぎたのか……。
アイネスのおかしな反応に思わず吹き出してしまう。
「ぷっ……ぷははは……こんなアイネスは初めて見たよ」
「あ、あたしだって……偶には……」
僕達の丁度真下……。
そこには、夜の暗闇に包まれた巨大な惑星が浮いていた。
視界には収まり切らない程の、途轍もなく巨大な惑星が!
~数分後。
最終的には足元に浮かぶ惑星に霊体ホログラムを憑依させる。
でも、その前に、僕の中に在る霊体ホログラムのエイリアスをマテリアル化させないとね。
「ステファン、何時でもいいわよ」
「うん、了解。じゃあ、先ずは霊体ホログラムを纏って……」
これだけだだっ広い空間ならば、霊体ホログラムをマテリアル化させても問題はなさそうだ。
でも、下方に見える惑星に憑依させるのは、ある程度中身を確認してからの方がベターだよね?
だって、僕自身が創造したとはいえ、その程度の確認すらせずに憑依させてしまうのはあまりにも無責任過ぎるよね。
データ量があまりにも膨大過ぎるから纏うのはちょっと怖いけど……。
呼吸を整え、意識を集中させる。
そして、霊体ホログラムのエイリアスを――――!
「――うぐっ、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「――ど、どうしたの?」
声すら自由に出せない。
身体の感覚がおかしい。
意識が急速に遠のいてゆく――――――!
『ス、ステファン? 念話ならば応答可能でしょ?』
『……マ、マジで……ヤ、ヤバ過ぎ……る…………よ』
『ねえ、一体何が起きているの?』
『……げ、現在……の…………じょ、状況……は?』
『ホログラムが薄っすらと……だけれど、かなり乱れているわ。辛うじて、巨大な何かがある、と知覚できる程度よ』
『ぐはっ…………い、一氣に…………マ、マテリアル化させ……る…………そ、そうする……し…………か……』
『――ス、ステファン! む、無理をしちゃダメよ!』
そんな事は分かっている。
でも、もう次はない。
こんなものを再び纏うなど――――!
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ワームホールのその先にあった宇宙空間……。
アイネスの瞳には巨大な惑星が映っていた。
その地表が岩で覆われた生命反応のない焦げ茶色の惑星だ。
やがて、その隣には薄っすらと別の惑星が……。
ステファンが霊体ホログラムのエイリアスを纏ったことで、地球と瓜二つのホログラムが朧気ながらも出現したのだ。
そしてそのエイリアスはマテリアルへと……。
マテリアル化した霊体ホログラムは、やがて焦げ茶色の惑星に憑依した。
まるで真っ白な紙に落とした一滴のインクのように……。
あっという間に浸み込み、ホログラムでしかなかったものが聢とした物質へと変化してゆく……。
正に瓜二つ……。
焦げ茶色の惑星が地球に化けてしまった。
だが、その地表に人工物らしきものは殆んど見当たらない。
本物の地球よりも遥かに緑が多い……。
「一体何時の時代の地球を……?」
暗い闇の中でそう呟いたアイネス……。
直ぐに我に返り、キョロキョロと周囲を見渡す。
「ステファンったら、一体何処に?」
目を瞑り、意識を集中させたアイネス……。
だが、その脳裏に浮かべたであろう人物との念話は繋がらない。
それでもアイネスは視覚と念話を使って必死にステファンを探し続ける。
数分程が経過し、焦りの色を露わにしたアイネス……。
彼女の焦り……それは、今もステファンを包んでいるであろう紫色の球体……魔法結界に起因している。
所詮は魔法であるが故に、魔力の供給が絶たれれば、遅かれ早かれ消滅するしかないのだ。
そのタイムリミットが刻々と迫っている。
いや、既に消滅してしまっていたとしても何ら不思議ではない。
それだけの時間が既に経過している。
「もう、あのバカったら……でも、必ず見つけ出してみせるわ!」
出現したばかりの地球と瓜二つの惑星……アイネスはその地表へと転移することにした。
彼女のずっとずっと奥でステファンとの繋がりを感じながら……。
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