001-イメージの法則
地球は物質でできている。
夜空に瞬く数多の星々も物質でできている。
だから、この宇宙には物質の世界が広がっている……。
殆んどの人はそう信じて疑わないよね?
僕の両親もお姉ちゃんもそう信じてるし……。
それに近所のお爺ちゃんからもそんなような話を聞いた記憶があるしね。
でもね、その知識は間違っているんだ。
そんな偽りが常識として罷り通っているなんてホント嘆かわしい事だよ。
地球文明はまだまだ低レベルだと断言せざる得ないね。
僕がこの世界……延いては宇宙の真実に氣付いてしまったのは五歳の時だった。
所謂閃きってやつだね。
ウンチしていたら、いきなり脳ミソにビビッと来たんだ。
地球に太陽、そして夜空に瞬く数多の星々……。
そして、それら総てを内包する宇宙……。
無限とも思えるような途轍もなく広大な領域だ。
だけど、僕は知っている。
宇宙は見えない世界の内側に存在している、と。
そして、その見えない世界で最も強力なのは信じる力――イメージ――である、という真実をね。
僕はこれを”イメージの法則”と呼んでいる。
人類が解き明かした全ての物理法則よりも優先度の高い法則だよ。
だけど、別に信じてくれなくても全然オーケーだよ。
だって、お姉ちゃんに教えてあげたら、思いっ切り馬鹿にされちゃったし……。
きっと多分、誰に教えてあげても「頭おかしいんじゃないの?」とか真顔で返されちゃうんだろうね。
ホント悲しいよ。
でもね、僕には夢があるからね。
底抜けに楽しい人生を送りたいっていう夢がさ。
だから、先ずは必要なものを僕自身で創造しちゃおうって思っているんだ。
イメージの法則でね。
まあ、要するに、創造主になりたい……で合ってるよね?
まあ、それはさて置き、今日――三月三十一日――は僕の誕生日なんだ。
丁度十回目のね。
そして、これから自力で記念すべき日にもする予定……いよいよ僕の創造主人生が始まるのさっ!!
この世の真実に氣付いて以来、僕はイメージを続けて来た。
一日たりとも怠る事なくね。
可能な限りの時間と体力、そして精神力を費やして来たと自負しているよ。
因みに、僕の言うイメージというのは脳ミソの中で何かを詳細に思い浮かべる事だね。
感覚的なものだから、言葉でちゃんと正確に説明するのは難しいけれど……。
動揺せず、疑わず……兎にも角にも、余計な感情を挟まずにイメージするってのがとっても重要なんだ。
間違っても学校で習った物理法則が絶対的なものだと勘違いしちゃいけないよ。
まあ、そんなこんなで、近所にある切り株山へとやって来たところさ。
積み重ねたイメージを遂に現実化させる時が来たんだ。
是が非でも、今日という日を記念日にするんだ!
ああ、思い返せば五年とちょっと……。
ホント長かったよ。
「ふっ、今宵は星の配置も完璧……くふふふ……いよいよだなっ!」
空を見上げ、一人そう呟いた僕……。
氣分をもりもりに盛り上げていかないとね!
でも、今は真っ昼間……。
だって、まだ子供だし、暗くなってからの外出はお母さんが許してはくれないんだ。
「……さてと」
目の前には地面から突き出た大きな岩……。
それを乗り越え、先へと進む。
既に道らしい道などはない。
ゴツゴツした岩と木々が生えた切り株山の斜面……。
それを這うように登ってゆく。
暫くして、またしても大きな岩が立ち塞がった。
二つの岩が合わさり、縦に長細く裂けたような形をした隙間がある。
僕くらいの子供がギリギリ通り抜けられる程度のものだ。
「くふふふ……聖地への入り口か……此処から先は人類未踏の地だっ!」
このセリフは二度目。
前回は丁度一年前だね。
その時にこの隙間を発見したんだ。
因みに、単なる隙間でしかないから、その先などはないよ。
でも、それは去年の話。
だって、この先は僕が創造する――――――!!!
意識を集中し、氣合の言葉を口にする。
「えーい……天上天下唯我独尊、我こそがお家で一番偉いのだっ!」
最近お氣に入りのセリフだよ。
不思議と強氣になれるマジックワードなんだ。
実は去年、この辺りで親に捕まり、こっ酷く叱られちゃってね。
だから、この場所は謂わば”呪われた聖地”でもあるんだ。
因みに、麓で近所のお爺さんに目撃されちゃったから、今回も確実にバレると思うけど……。
でも、男にはやらなきゃならない時ってあるでしょ?
決意を固め、岩の裂け目へと身体をねじ込んだ。
どっちみち叱られるのなら、後悔の無い人生を選ぶよね。
「むふふふ……やはりか…………となれば、この先には……」
目の前には開けた空間が存在していた。
その辺の小規模な洞窟と大差はないと思うけど……うーん、実に感慨深いねっ!
おっと、集中集中っと……。
動揺するとイメージが歪んじゃうからね。
百歩程奥に進むとゴツゴツとした岩壁に行く手を阻まれた。
右に視線を向けば、僕の背丈と同じぐらいの大きな石が……。
「むう……これが伝説のストーンか……」
ああ~、すっごく盛り上がる!
やっぱりセリフって重要だよね!
でも、今日はここまで。
だって、ここまでしかイメージは完成していないんだ。
「くふふふ……だが、我がイメージの法則が正しかった事はこれで証明された!」
よし、また来年まで地道に頑張ろうっと!
~一年後。
「――――あたぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
ああ、ドキドキが止まらないっ!
だってさ、伝説のストーンだったっけ?
あの大きな石を指先で突っついたら粉々に砕けちゃったんだよ。
勿論イメージ通りだった訳だけれど……。
でも、ビックリするなって方が無理だよね?
「……お、落ち着け僕…………そ、そう……全ては完璧に……あははは」
本氣でイメージを始めてから、かれこれ六年とちょっと……。
漸くだ……。
漸く地下世界へと……。
「でも、この程度で浮かれている場合ではないよね。まだまだ先はあるし……心を乱したら、ここでお終いになっちゃうよね」
動揺はイメージを歪ませる。
そして、疑いはイメージを破壊する。
邪念の無い静かな状態……。
それこそが最も重要だ。
呼吸を整え、心を静める。
「さてと……」
伝説のストーンが砕けた事で、隠されていた穴が露わとなった。
暗いその穴の奥には、地下へと続く階段が薄っすらと見えている。
うん、全てがイメージ通りだよ!
~約十分後。
何とか階段を下り切った。
目の前に広がるのは広大な地下空間……。
そのあちらこちらでは、巨大な水晶クラスターやルビー、サファイヤなどの結晶がキラキラと輝いているはずだ。
そればかりか、金、銀、白金などの貴金属やファンタジーな世界ではお馴染みの魔法金属などもきっと何処かに……。
まあ、この地下空間が僕のイメージ通りに創造されていればの話だけれどね。
とは言え、暗くて何にも見えない。
長い長い階段を手探り足探りで下りて来るだけでもやっとだったよ。
あ~あ、なんてドジなんだろう。
懐中電灯を持ってくるのを忘れちゃったよ。
でも、今からお家に戻っても叱られるだけだろうし……。
だって、今年も近所のお爺さんに目撃されちゃったんだよね。
などと考えていると、真っ暗な地下空間に微かに音が響いた。
岩の地面を踏み締めるような音だ。
何かが近づいて来ている……?
「……黒髪黒瞳で色白のヒューマンの男の子……そして、左の耳たぶには小さな黒子……間違いなさそうね」
岩壁で囲まれた空間内に木霊した声はどちらかといえば可愛らしいものだった。
だがしかし、小生意氣な感じも……。
静寂が戻ると共に小さな明かりが灯る。
十メートル程前方……。
背丈も年齢も僕と同じ位の少女が立っていた。
そんな彼女の右手の人差し指……その先端が光っている。
少女の背後には超巨大な水晶クラスターが……。
そして、様々な色が散りばめられた岩壁……。
そのどちらもがキラキラと輝いている。
ああ~、全てがイメージ通り~!
でも、こんな時こそ心を落ち着かせないとね。
軽く目を閉じ、深呼吸をする。
あ、カッコイイ喋りで雰囲氣づくりも忘れずに忘れずに、と……。
そうそう……君には、僕の創造主ごっこに一生付き合ってもらうからねっ!
「ほーう……あんな暗闇の中で……くふふふ……さすがはダークエルフと言うべきか」
「あら、種族は関係ないわよ? あたしが優れているだけ……言っておくけれど、同じダークエルフでも魔法どころか身体能力までもがヒューマンと同程度っていうのも偶に居るらしいわ」
「まあ、そうだろうな」
「ふふ……こうすれば少しは見易くなるかしら?」
少女がパチッと指を鳴らした。
すると、人差し指の先端に灯っていた光が四方に散る。
薄暗い地下空間が明るくなった。
きっと僕の目つきが悪かったんだろうね。
薄暗い中、ムキになって顔を見ようとしちゃったのが敗因だろうね。
あ、別に暗視勝負をしていた訳じゃないよね。
「ほーう、琥珀色の瞳にツインテールか……くふふふ……黒のミニドレスが中々に似合っているじゃないか!」
「ふんっ……当然よ」
あれ?
ちょっとムッとさせちゃった?
ファッション的に何か不味い事でも言っちゃった感じ?
僕、そういうのは疎いんだよね。
「……き、氣に障ったのであれば謝るが?」
「必要ないわ。ただ、体操着を着たガキんちょが吐くべきセリフではない……」
――御免なさい、そんなに睨まないで、僕確実に君より喧嘩弱いからっ!
「……そんな風に思っただけよ」
「そ、そ、そ、そうなんだ……あははは」
「まあ、それはそれとして……初めまして、と言うべきかしら?」
「そ、そう……だね」
「うふふ……それじゃ、先ずは自己紹介から……あたしはアイネス・ダークネス、護衛を生業としているわ。女神アルシェミナ様より与えられし……」
かれこれ一年程前、近所の本屋で「百点満点のSFファンタジー」などと評価されていた小説を読んだ。
かなりの高評価に釣られ、ついつい購入してしまったんだけれど……。
正直僕の評価は限りなくゼロに近い。
だって、主人公があまりにも人でなし過ぎて、読んでる途中で結末とかどうでもよくなちゃったんだよね。
小学生の僕が辞書を片手に一ヶ月程の時間を費やしてまで頑張ったというのにさ。
あ、でも、明日からは中学生だよ。
まあ、それはさて置き、その小説【夜明けのストラーダ】にはアイネス・ダークネス……つまりは、目の前に立つダークエルフの少女が登場する。
成長し、クライマックスへと至る寸前で非業の死を遂げてしまうキャラなんだけれど、僕はそんな彼女の事だけはとっても氣に入ったんだ。
でもね、ほぼ百パー絵師のセンス。
要するに、挿絵を見ての一目惚れってやつだね。
因みに、作家の事はアンポンタンだと思っている。
その後、【夜明けのストラーダ】がゲーム化されていた事を知った。
殆んどテレビは観ないのだけれど、運良くコマーシャル映像を目にする事ができたんだ。
紫色の魔力を操るダークエルフの少女……。
小説の挿絵でしかなかったアイネス・ダークネスが生身の人間にも劣らぬリアルさで描かれていた。
黒のビキニアーマーを纏った彼女の姿には、初めて挿絵を見た時以上のインパクトを感じてしまったよ。
まあ、そんなこんなで、アイネス・ダークネスを現界させる事ができたんだ。
容姿も声も雰囲氣も全てが僕のイメージ通りに創造されているね。
やったよ、かあちゃんっ!
でも、あまり喜んでばかりもいられないよね。
後々の事を考えれば、やっぱり威厳ってヤツを見せつけておかないとね。
だって、僕こそが彼女の創造主だもん。
それに、はじめが肝心って言葉もあるし……。
「……以上よ。でも、あたしの事かなり詳しく知っている……のよね?」
「ああ……君をこの世界に現界させたのはこの僕だからね。それと、僕の事は――」
「ステファンって呼ぶわ!」
「…………えっ?」
正真正銘の日本人だよ?
漢字二文字の割とよくある名前だよ?
大きな誤算が生じてしまった。
アイネス・ダークネスを現界させたまでは万事上手く行っていたのだけれど、まさかこんな事態に陥ってしまうとはね。
当然、ショックは大きい。
氣分は激しく落ち込んでいる。
何故か無性に歩きたくなって、意味もなく近所の公園を何周もしてしまった程だよ。
もう僕の威厳とかどうでもよくなっちゃった……。
「ねえ、ステファン……あと何周歩くつもりなのかしら?」
「だからさ、僕はステファンじゃないって何度も言っているじゃないか!」
「でも、貴方って……あたしが守るべき人なのよね?」
「うーん……まあ、そういう事になる……ね、きっと多分……」
「じゃあ、やっぱり貴方がステファンじゃない!」
地下空間から出て、切り株山を下り、かれこれ一時間程が経過した。
でも、未だ事態は好転してはいない。
寧ろ、より深刻化してしまっている。
確かにアイネス・ダークネスは魅力的なキャラだよ。
頭脳明晰だし、剣術や魔法も得意としているし……。
それに、数年後には見目麗しい絶世の美女へと成長するであろう事は確定事項だし……。
でもね、こうして実際に会話をしてみると、中々に腹立たしい小娘なんだよ。
小説の中の彼女には、頑固で氣が強いところもまた可愛い、などと感じていたのだけれどね。
因みに、ステファンっていうのは、アイネス・ダークネスが登場する小説【夜明けのストラーダ】の主人公の名前だ。
所謂イケメン王子で、彼女を盾にして生き延びやがった糞野郎さ。
あれ?
ちょっと違ったかな?
まあ、兎にも角にも、僕はその糞野郎ステファンが好きではないんだ。
「ねえ、アイネス、とりあえず僕の事は……うーん、そうだな……アレクサンダーとでも呼んでくれないか?」
「――嫌よっ!」
「じゃあ、目一杯妥協して…………ステ……ステ……捨次郎ってのはどう?」
「嫌っ! 貴方はステファンよ、それ以外は絶対にあり得ないわ!」
「ああ、そうかよ。でもさ、僕もその呼び方だけは絶対にお断りだ!」
「そう……貴方の希望は十分に理解したわ。それで、ステファン、こんな下らない会話をいつまで続けるつもりなのかしら?」
――だから、ステファンじゃねーよっ!
ああ、何と強情な小娘だろうか!
柔らかそうな両頬を思いっ切り引っ張ってしまいたいっ!
だがしかし、そもそもの原因は僕にある……よね?
だって、アイネス・ダークネスをこの世界に現界させてしまったのはこの僕な訳だし……。
「むむ……って事は、考えようによってはアイネスの父親は……」
「あらあら、ステファンったらもう忘れてしまったのかしら? あたしに父親は存在しない、と女神アルシェミナ様の神殿を訪れた時に教えてあげたじゃない!」
「――それ違うステファンとの会話だろがっ!」
「あはは……そうだったわね、ステファン」
「ちっ……」
何と腹立たしい小娘だろうかっ!
でも、初めて笑みを見せてくれた。
想像していたよりもずっとずっと可愛らしい笑顔だ。
これってチャンスだよね?
嫌なムードをガラッと変えられるかもしれないよね?
歩みを止め、近くにあったベンチに腰掛けた。
そして、手で合図をし、隣に座るようにアイネスに促す。
なのに、彼女は当然のように……。
「ねえ、アイネス……背後に立ってないで、隣に座ってよ」
「ありがとう、ステファン。でもね、そうはいかないわ。だって、あたしは貴方の護衛――――あっ」
「ど、どうしたの?」
「しーっ! 何者かが近づいて来るわ」
耳元で囁くようにそう呟き、音も無く木陰に身を隠したアイネス……。
呆れ果て、つい溜息が出てしまう。
こんなにも平和な日本のド田舎で、彼女は一体何がしたいのだろうね。
でも、僕も一緒に隠れてみようかな。
スパイごっこにもちょっと興味あるし……。
そんな中、公園の石畳の上を歩いているであろう二つの足音が聞えて来た。
それに続き、話し声も……。
「……じゃあ、悠君ったらまた切り株山に?」
「んだ、小学生は登っちゃダメだって……学校でも注意してんだっぺ?」
「うん」
「なのにまた一人で……悠のヤツ、全然懲りてねえな」
「でもね、お爺ちゃん、悠君は明日からは中学生なんだ。だから、パパとママには内緒にしてあげようかなって……」
――ありがとう、ササラお姉ちゃん!
やったね!
今回は怒られずに済みそうだよ。
「何言ってんだ、ササラちゃん、甘やかしちゃダメだっぺ! 入学式を済ませるまでは小学生のガキんちょだべ!」
「あははは……そういう考え方もあるんだね。じゃあ、やっぱりパパとママには話しておいた方がいいのかな?」
「んだ……そうした方がよかっぺ。悠みてーなガキんちょには、泣きべそかくまでお尻ペンペンしなきゃダメだ!」
――糞爺ぃぃぃぃぃぃっ!!!