こたつ
「この家!どうなってるのよ~!!」
私は疲れて座り込んだ。
そう、私は家の中で迷子になっていた。
カーブの段差をジャンプしたら、いつの間にか見知らぬ場所にいて、そして人を探していて子猫を見つけた。
子猫を追いかけてたらこの屋敷を見つけたんだけど……。
「勝手に上がったのは悪かったわよ~。でも仕方ないじゃない!!私の宇佐美くんをお宅の猫ちゃんが取ったんだもん!!」
気分は「不思議の国のアリス」だ。
別に大きくなったり小さくなったりはしないけど、訳がわからないうちに変なところにいて訳のわからない事になってる。
多分ここは夢の中だ。
飛び降りて頭でも打ったのだ。
そして私は謎の家の中に閉じ込められてしまった。
「こういうのって出口見つけないと……目覚めないパターンじゃね?!」
漫画などのお約束展開を思い出し、こうしちゃいられないと立ち上がる。
冗談じゃない。
これから楽しみにしていた冬休みだってのに、目覚めたらベッドの上で休みが終わってしまっていたなんて事になったらなんて考えたくもない。
「私のお年玉~!!」
子供にとってお年玉は貴重な収入源だ。
ここでガッポリ稼がないと、後の一年、服を買ったり遊園地行ったりと大きな買い物ができない。
「そもそも猫ちゃんはどこ行ったのよ?!私の宇佐美くん返せっての!!」
理不尽な状況にだんだん腹が立ってくる。
スパンスパンと襖を開けて回るが、似たような部屋が延々と続く。
「も~!!どんだけ広いの?!いい加減にしてよ!!」
うが~っと叫びそうになるのを堪え、とにかく進む。
じっとしてるのは性に合わない。
とにかく行動らるべし!!
チリン……。
その微かな音にハッとする。
振り向くと、ずんずん進んできた開けっ放しの襖の向こう、だいぶ離れた場所にあの子猫がいた。
子猫は口に咥えていた物をその場にそっと置く。
「宇佐美くん!!」
私はそう叫んで、踵を返した。
ダダダッと走ったもんだから、猫はするんとどこかに行ってしまう。
猫はこの際、どうでもいい。
大事なのは宇佐美くんだ。
私は猫の居た場所まで駆け戻り、それを拾い上げる。
「あれ?!何で?!」
しかしそれは私の宇佐美くんじゃなかった。
でも見覚えのあるモノ。
まるでぎゅっと強く握られていたように綿が偏って変形している。
それをぐいぐいと押して何となく元の形にした。
「……これ……私の龍……??」
手の中にあるのは、小さな龍のぬいぐるみ。
宇佐美くんのうさぎと交換した、私の龍のぬいぐるみ。
どうしてそうと言い切れるかというと、うさぎが欲しかった私はこの龍のぬいぐるみをとても乱雑に扱ったのだ。
だから角のフェルトが一部千切れているし、片側の髭が反対側の半分しかない。
「……ぷっ。よく見ると不細工~。宇佐美くん、よくこれとうさぎを交換してくれたなぁ~。」
自分がボロボロにしたのを棚に上げ、私はそのぬいぐるみを笑った。
笑ったけど、ぎゅっと抱きしめた。
「……宇佐美くん……宇佐美くん…………。」
急に弱い気持ちが顔を出す。
宇佐美くんが持っているはずの、いや、とっくに捨ててしまっているかもしれないあの時の龍を拾って、私は不安と寂しさでボロボロと涙を零した。
「嫌だよ……こんなところに一人で閉じ込められるのなんか……。助けてよ……誰か……。ママ……パパ……。宇佐美くん……。」
握りしめた龍のぬいぐるみを額に当てる。
せっかく綿を戻したのにまた変形してしまった。
「………………あれ?……これ、宇佐美くん臭い……。」
宇佐美くん臭いって何なんだと言われるとわからないが、何となく宇佐美くんの匂いみたいなものを感じだ。
ちょっと半泣きのまま、くんかくんかと嗅いでみる。
「……いや、間違いなく宇佐美くん臭い。」
いつも側にいる宇佐美くん。
別に仲がいい訳じゃない。
家が近所で、帰り道が一緒で、暗くなると危ないからって親や周りに言われてしまい、困った顔で宇佐美くんはいつも私を待っている。
地方の田舎の学校は、私と宇佐美くんみたいに結構離れた場所から通学している子は珍しくない。
でも田舎だから暗くなると危ないって、何となく近所で集まって帰る。
ただ、それだけなのだ。
でも他の学年の子はだんだん集まらずに帰ってしまうのに、宇佐美くんは必ず私を待っている。
他の子が先に帰っても、必ず私を待っている。
そうしないと親やご近所に怒られるからと、宇佐美くんは言った。
いつも困ったような顔で、でもって私に文句を言う事もなく、困ったような顔で笑うのだ。
うさぎを交換してくれた時のように……。
「……つか、宇佐美くんの匂いわかるとか、私、変態じゃね?!」
急にそんな自分が恥ずかしくなる。
そして手の中の龍のぬいぐるみを見つめる。
宇佐美くんの匂いがするって事は、宇佐美くんはこの龍を捨てずに持っててくれたのだ。
そしてそれがここにあるという事は……。
「……行かなきゃ。宇佐美くんが待ってる。」
待ってる。
宇佐美くんが待ってる。
私が来るのを、困ったような顔で笑って待ってる。
私は顔を上げた。
泣き虫弱虫の時間はもうおしまい。
べそべそ泣いてる場合じゃない。
宇佐美くんが待ってるんだ。
早く行かなきゃ、宇佐美くんのところに。
「……うっし!!」
私は気合を入れた。
絶対、ここから出るんだ。
壁を壊してでもここから出るんだ。
とにかく、今の部屋ばかりのところからまずは抜け出さないと。
私はキョロキョロした。
これまでたくさん襖を開けてきた。
でも、開ければ開けるほど部屋が続いてきた気がする。
……もしかして、襖を開けると部屋が増える??
急にそんな考えに行き着いた。
普通はそんな訳はないのだが、ここは夢の中だ。
ありえない話じゃない。
だとしたらこれ以上、襖は開けない方がいいだろう。
かと言って、闇雲に歩き回っても駄目な気がする。
『だからね、壁に手をついて進むんだよ……。』
頭の中で宇佐美くんが困ったように笑った。
昔、近所の家族皆で、隣町にできたとうもろこし畑の巨大迷路に行った事がある。
難易度ごとに別れていて、迷わず最高難易度の迷路に入った。
そしてもれなく迷子になった。
そんな私を探しに来たのが宇佐美くんだった。
いつもみたいに困った顔で笑って。
すでに迷って出れないと苛々して文句を言う私に、宇佐美くんは言ったのだ。
「壁に手をついて進むって何?!」
「うん……何かに書いてあったんだけど……壁に手をついてその手を離さずに進み続けると、迷路から出られるって……。」
「何それ?!そんなんで出れる訳ないじゃん!!」
「うん……。」
そう言いながらも宇佐美くんは左手を片側のとうもろこしの方に伸ばして進み続けた。
私がふらふらあっちこっち行く中、宇佐美くんは黙ってそうやって進み続けた。
「……あれって結局、出れたんだよね??」
迷路に飽きてギャーギャー騒いでいたのでよく覚えていないけれど、なんだかんだ宇佐美くんについていって、確か出れたのだ。
それが壁に手を付いて進んだからなのか偶然なのかは覚えていない。
でも、他に良さそうな方法が思いつかない。
私は左手を近くの襖に当てた。
そしてなぞる様に部屋の中を進んでいく。
バカみたいな感じだが、壁から手を離したら駄目なのだ。
反対の手で、グッと龍のぬいぐるみを握りしめる。
しばらくは代わり映えのない部屋が続いた。
飽きっぽい私はすぐ「こんな事してて意味があるのかなぁ」と思った。
しまいにはイライラしてきた。
でもグッと龍のぬいぐるみを握りしめて堪える。
宇佐美くんが待ってる。
私はそれを支えに、ほっぽりだしたく気持ちを堪え、地道な作業を続ける。
すると、何だか部屋の数が減ってきた気がする。
それまで豪華絢爛な座敷が続いていたが、何となく質素な部屋も見えてきた。
私は思わず壁から手を離しそうになった。
すぐにでもそっちに向かいたい気持ちを我慢する。
この方法で上手くいってきたのだから、ここでそれを止めたら駄目だ。
もしかしたら、この方法を止めさせる為の罠かもしれない。
私は何とか堪えて進み続ける。
「……あれ?!」
ふと気づくと、書き初めをした部屋に戻っていた。
それでも壁に手をついたまま進み続ける。
『ワタシヲカキゾメテ』
やはりそこにはそう書いてあって、書初めが準備万端セットされている。
私の書いた「雪見大福」の文字はない。
妙な吸引力でまた何か書きたいと思ったけれど、あれを書いてから変な事がさらに変な事になったのだ。
私は習字セットをできるだけ見ないようにしながら進み続けた。
部屋を出て、やっと廊下っぽいところに出た。
それでも私は手を離さずに進む。
角を曲がると、やたら長くて先の見えない廊下に出た。
一瞬、足が止まる。
来る時にこんなところは通らなかった。
だからこのまま進んでいいのかわからない。
でも、きっと戻っても出られない気がした。
手の中の龍のぬいぐるみを見つめる。
もう一度鼻に近づけて、くんかくんか嗅いでみる。
「……宇佐美くん臭い……。」
別に悪臭がする訳ではないし、かと言っていい匂いな訳でもない。
どんな匂いと言われても困るけど、宇佐美くん臭いのだ。
私はそれをしっかり嗅いで、先の見えない廊下を睨んだ。
「いいだろう!行ってやろうじゃない!!」
ふんすっとばかりに気合を入れ、私は壁に手をついたままそこを小走りに進んだ。
靴下が滑るので脱いでしまう。
そういえば靴もいつの間にかどこかに置いてきちゃったなと思う。
でも靴も靴下もどうでもいいのだ。
タタタタタッと長い廊下をどこまでもどこまでも走る。
ちょっと楽しくなってきた。
やっぱりじっとしているより動いていた方がいい。
「……あ!!」
やがて、廊下の奥に扉が見えてきた。
出口だ!!そう思った。
壁に手をついたまま本気で走り出し、私は扉の前に立った。
立ったのだけど……。
「……デカくね??」
まるでお城の門のように大きなその扉。
壁伝いにその戸にも触りながら進んでいくと、大きな扉に丁度いい大きさの扉がついているのに気がついた。
おそらく人が出入りするのはこちらの戸からなのだろう。
私は迷わずその扉を開けた。
でも左手は離さず、中を覗き込む。
外ならいいが違ったら面倒くさいからだ。
けれど結局、私は左手を離してしまい中に入った。
「……ナニコレ??」
目の前の事が信じられず、私はぼんやりとそれを眺める。
部屋の中、巨大なこたつ。
そして……。
「龍がこたつで丸くなってる……。」
そう、龍だ。
巨大なこたつに龍が入っている。
そして胴体を中に入れて丸くなって寝ているのだ。
その頭には、鏡餅のみかんみたいに、あの子猫が乗っかっていて一緒に寝ていた……。