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「やるよ。僕、やるよ。」


僕は迷わなかった。

適当に返事をした訳じゃない。

ちゃんと考えたよ。

大人じゃないからちゃんと理解できたのかはわからないけど、自分がどうしたいのかって考えたら、他の答えなんかなかった。

僕にはやらないなんて考えは初めからなかったのだから。


うさぎはじっと僕を見ていた。

多分、うさぎ自身も「本当に僕に話してしまっていいのか」考えていたんだと思う。

話してしまえば僕はやるだろうし、失敗したら僕は辰巳さんを助けられなかったと悩む事になるから。


「……本当に良いんだな?」


「うん。」


「わかった……。」


うさぎは覚悟を決めたように深呼吸した。

もふもふのお腹がぷくっと膨らんで、元に戻った。


「ならまず、こちらの利を説明する。」


「利??」


「そう。まず、お前が現在のところ「年男」だって事。今年を管理している俺の気を強く持ってる。だから変な話だが、お前は俺の代理人として向こうに入りやすいし動きやすい。ただし、それは今年いっぱいだ。そこは忘れるな。」


「うん。」


「そして今、俺が依代としているこのぬいぐるみ。」


「依代??」


「神様ってのは見えないだろ?空気みたいなもんなんだよ。でもそれだとお前らちゃんと認識できねぇからさ、こうやって何かにぎゅぎゅと集めて入れてみたりすんだよ。そうすっと密度が濃くなるからお前らも認識できて、話したりできるんだ。」


「へ~。」


「まぁその辺はどうでもいいんだよ。で、この人形、元々はお前のもんだ。お前の無病息災を願ってある祝物だ。だからお前と繋がりがある。」


「うん。」


「でも、これの持ち主は嬢ちゃんだ。しかも大切にされてたもんだ。」


「……う、うん。」


「何照れてんだよ。大事にされてたもんてのは、持ち主と絆がある。積み重なれば意思だって持つ。ちなみに俺は「兎ノ神」だが、言動はこの依代であるぬいぐるみの「個」に影響されてる。お前、俺の事、口が悪いとか思ってっけど、それ、俺の意志じゃなくて人形の意志だからな。」


「ええと……今、喋ってるのはうさぎ年の神様だけど……喋り方とかはぬいぐるみの喋り方って事??」


「そんな感じ。入ったもんの性質を引き継いでんだよ。まぁ、それは置いといて。とにかくこれはお前の祝物だけど、嬢ちゃんと絆がある。どちらとも縁があるって事はちょうどいい橋渡しになるんだな。」


「なら……僕の持ってた、龍は?」


「あぁ、あれも同じだ。お嬢の祝物でありながら、お前と絆がある。お前と絆があると言う事は浮世との絆でもある。」


「浮世??」


「この世って言うか……お前にわかりやすく言うなら、今だよ、今。今現在。今お前がいる世界であり時間だ。……現実世界ってのが一番わかり易いか?」


「……何となくわかった。」


「でもって今、嬢ちゃんがいんのは、あの世っていうか……まぁ、神様の世界??って感じだ。」


「うん、わかった。この世じゃないところにいるんだね。」


「そ。で、そこでお嬢は神様と間違われて神様として扱われてる。このまま年を越しちまうと、本当に神様になっちまう。向こうの世界にいて神様として扱われている事で、こっちの世界との縁が薄れてきてるんだよ。完全に切れたらもう戻れない。」


「そんな!!」


「だから!とりあえず大丈夫だって!!今、嬢ちゃんはあの祝物を持ってる。こっちの世界で自分の無病息災を願われた物であり、お前の物っていう絆も兼ね備えてる。だから周りの状況のせいで嬢ちゃんの存在の神格化が多少進んでも、今はあれで補えてる。お嬢のこの世界との絆だ。だから大丈夫だ。」


うさぎの言う事は難しい。

でも、あの龍を今は辰巳さんが持ってて、それが辰巳さんをこの世に繋ぎ止めてくれてるんだと思ったら、ちょっと嬉しかった。

そんな僕を、うさぎは「あんまわかってねえよなぁ」と笑い、それでも嫌な顔はしなかった。


「とにかくだ。嬢ちゃんが向こうに行っちまったのも物凄い偶然なんだが、嬢ちゃんとお前が互いの祝物を何年も大事に持ち合っていたって偶然がこっちにはあんだよ。しかもお前は兎年の年男。俺の使いになれる。俺の力が強いのは今年いっぱいだけど、それでもあっちに行っちまったお嬢を連れ戻すにゃ一番都合のいい位置にいんだよ。生きたままあっちに行っちまう事はごく希にあるが、連れ戻せる要素がここまで整ってる事なんて滅多にねぇんだよ。後は俺とお前の頑張り次第だ。」


「うん。それで僕は何をしたらいいの?」


「とにかく向こうで嬢ちゃんの足跡をどんどん消して、向こうとの繋がりを弱めてかなきゃならねぇ。特に正月を初めちまった事をまず帳消しにしねぇと、この暮と正月が一緒に来ちまってるカオスな状況も収まらん。」


「え?!これって辰巳さんが原因なの?!辰巳さんがまだ年越し終わってないのにお正月を始めさせちゃったの?!」


「嬢ちゃんはそんなつもりはなかったんだろうけどな。ただそのせいでお嬢は干支神として向こうで認識されちまって、向こうの世界と確かな繋がりができちまったし、年越し前なのに正月が始まっちまって「年の尾」がどっか行っちまった。」


「……年の尾って年末の事だよね?なんか「年の尾」って言われるとなんかの尻尾みたい。」


「尻尾だからな??」


「?!」


「探してくっつけとかねぇと、来年また大混乱だわ。」


「……へ?!存在してるの?!」


「存在してるっつうか~。まぁ……そうとも言う。ただ、こっちとあっちじゃちょっと感覚が違うから、何とも言い難いんだけどよ~。……ちなみに「月の頭」とかもあるからな??」


「?!」


僕はうさぎの言う「月の頭」を想像しようとして……やめた。

なんか怖いものを思い浮かべてしまいそうだったからだ。

「年の尾」はなんか可愛いけど、「月の頭」はなんか怖い……。


「まぁ「年の尾」の方は俺が探すから気にすんな。お前はそっちとは繋がりが薄いから、どのみち探せねぇだろうし。何よりお前がやるべきは、嬢ちゃんをこっちに戻す事だ。「年の尾」探しと本来の年神である「辰ノ神」の事は俺がやる。」


「わかった。」


大体の話が終わり、僕は出掛ける準備をした。

リュックに飲み物と食べ物、それからお米と塩を少し、いつも使ってる茶碗、ハサミ、それから昔、辰巳さんから借りて返し忘れてしまったいちごの匂いのする可愛い消しゴムなんかを持った。


「他になんかある?」


「酒はお前が持つのは難しいしな。空の水筒を持て。小さくていい。」


「空のペットボトルでもいい?」


「綺麗に洗えよ?!」


「わかった。」


僕は小さなペットボトルを良く洗いでリュックに放り込んだ。

そしてリビングで慌ただしく年越し準備と新年行事をしているお父さんとお母さんをちらっと見た。


行ってきます。

辰巳さんを必ず連れ帰ってくるから。


僕は心の中でそう挨拶した。

そして玄関で履きなれたスニーカーを履いて神社に向かう。

神社への山道は、初詣の人でいっぱいだった。


「……人がいっぱいだよ?」


「ああ。でも、お前が行くところと皆が行くところは違う。」


「そうなんだ?」


そううさぎは言ったけど、山の神社は人でいっぱいだった。

不思議がる僕にうさぎは次の指示を出す。


「まず、手水舎で身を清めろ。」


僕は言われた通りにする。

次に普通に神社に参拝した。

それから境内にある湧き水をペットボトルに詰める。


「ここからだ。この社は拝殿であって本殿じゃない。」


「そうなの?!」


「ああ、本殿は山の上にあるちっせえ社だ。見た目はこっちの方が立派で向こうがおまけみたいに見えっけど、本当に神様がいるのは山の上だ。」


「……知らなかった。」


「本殿に行く道の前に鳥居があるだろ?」


「うん。」


「その前で茶碗を割れ。」


「えええぇぇぇ?!」


「身代わりだ。本来、生身のもんはあっちに行けねぇ。だから茶碗を壊して向こうに行く。」


「もしかして僕、死んだ事になるの?!」


「そうじゃねぇけどそれに近い。」


「………………。」


「どうした?怖くなったか?やめるか?」


「……やる。ただこの茶碗、死んだおばあちゃんが買ってくれた物だから……。」


「可哀想だが、そういう思い入れや守護の強いもんの方がいい。対価として強くお前を守ってくれる。」


「わかった。大事にしていても、形ある物はいつかは壊れるっておばあちゃんも言ってた。」


「いいばあちゃんだったんだな。」


「うん。」


「きっとお前を守ってくれる。」


「うん。」


僕は取り出した茶碗をじっと見つめた。


おばあちゃんごめんね。

でも僕、辰巳さんを助けたいんだ。

茶碗も今までありがとう。


僕は目立たないようにしゃがんで石畳に茶碗を強く落とした。

数個の破片になった茶碗を見つめる。

ちょっと泣きそうだった。


「破片はこのままにしろ。」


「危なくない?」


「大丈夫。対価に取られたもんはもうこっちのもんじゃない。それより急げ。身代わりになってもらったんだ。チャンスを無駄にすんな。」


「うん。」


うさぎに促され、僕は本殿に繋がる小さめの鳥居を潜った。

そこからは山に続く見慣れた山道が続く。


……続くはず、だった。



「えええぇぇぇ?!」



僕はびっくりした。

びっくりしすぎて固まった。


そんな僕の頭には、降りしきる雪が乗っかっていく。


「何でぇ~?!」


「上手く入れたな。良かったな。」


「雪ぃ~?!」


「ああ、雪だ。」


驚きすぎて固まっていた僕は、バっと後ろを振り返った。


しかしそこには鳥居はない。

目の前と一緒でだだっ広い雪の原が続いている。


「ここどこ~?!」


「だから!!もう向こうじゃなくて!!こっち側にいんだよ!!」


「えええぇぇぇ?!」


僕はしばらく混乱していた。


え??

確かにこっちに行くってうさぎは言ってた。

でも、こんな一瞬で、何だかわかんないうちに入っちゃうの?!

しかも潜った鳥居がないよ?!

どうやって帰るの?!

そもそもここはどこなの?!

何で雪?!


……雪?!


「……ハックション!!」


雪の冷たさに我にかえる。

気づけば深々と体が冷えてきた。

僕はコートの前を上までぴっちり閉め、ネックウォーマーを帽子みたいにして耳を包んだ。


「……寒い……靴が……靴が湿ってきた……。」


「なら、さっさと終わらそう。」


「何をすればいいの?!」


「文字を消す。」


「文字を消す?!」


聞けば、辰巳さんはこっちに来て書き初めをしたらしい。

お正月行事である書き初めを年神様に間違われた辰巳さんが行った事で、年明け前にも関わらずお正月が始まってしまったのだそうだ。


それを戻すには、辰巳さんの書き初めを消すしかない。

書き初められた和紙を、白い状態に戻さなければならないのだ。


「それって、紙を変えればいいんじゃないの?!」


寒さに震えながら僕は言う。

でも「年越しの宮」でありその中にある「新年の間」は、その年の年神様以外は基本的には入っては駄目で、年越しが終わり新年になってしまった(今回の場合はなった事になってしまった)後では、完全にもう、その年神様以外は入れないのだそうだ。


「だから、直接行ってどうにかできねぇんだよ。」


「だからって……この雪は何?!」


うさぎは言う。

雪は全てを白くする。

白紙に返す。

深い雪に閉じ込められればいずれ消えてなくなる。

時さえも凍りつく。


「それはわかったけど、どうやって書き初めの文字を消すの?!」


「……ここに同じ文字を書く。そうすればその上に雪が積もっていく。その文字を白く塗りつぶす。つまり、白紙に戻せる。」


どうしてここに書いた文字に雪が積もると、辰巳さんの書いた書初めが消えるのかはわからない。

それよりも僕は寒くて仕方なかったんだ。

だから理解できない理屈より、早く作業を終わらせたかった。


「なんて書けばいいの?!」


「わからん。」


「……はい?!」


「新年の間はその年神以外入れねぇんだよ!!何て書いたかなんて見れる訳ないだろ!!」


「わかんないの?!」


「だからお前の力がいるんだよ!!お前ならお嬢が何て書いたかわかるだろ?!」


「わかんないよ!そんなの!!」


突然の丸投げに僕はびっくりする。

いや、わかる訳ないじゃん?!

別に僕と辰巳さん、物凄く仲が良かったとかじゃないし?!

常に一緒のクラスって訳でもないし?!

小さい時から近所に住んでるけど、ただそれだけだよ?!

幼馴染とかそういうのは漫画の中だけだからね?!

近所に住んでただけで幼馴染とかにはならないからね?!


「何でもいいから!!書きそうな言葉を書いてみろって!!」


「えええぇぇぇ?!」


仕方なく僕はしゃがんで、雪に指で文字を書く。

習字の宿題といえばこれかな?!


『謹賀新年』


「……違うな??」


「わかるの??」


「消え始めれば影響力が弱まるからな?」


なるほどと思い、違う文字を書く。


『新春』


『夢と希望』


『初日の出』


『正月』


今まで宿題や課題等で書いたもの等を書いていく。


「……いや……悪い……全部違う……。」


「全部違う?!」


「文字一つも消えた気がしない……。」


「ちょっとはヒントとかちょうだいよ!!僕だってわかんないんだから!!」


「う~ん……。四文字ぐらいだと思う……。後、今まで書いたもんは、どの文字もかすってねぇっぽい……。」


僕は書いた文字を見る。

これらの文字は使われてない……。

四文字くらい……。


辰巳さん……辰巳さんが書きそうな……。


僕はじっと考えた。

辰巳さんは元気だ。

いつだって明るくて楽しそうだ。

昔、自由課題で書いてきたのは……。


「アンパンマン……。」


「は?四文字じゃないぞ??」


「うん。わかってる。」


僕は考えた。

そして方向を変えて、真っさらな雪の上に四つの文字を書いた。


「……お?!……おおお?!」


「当たってる?」


「…………。おおお!!消えてきた!!大当たりだ!!」


「そっか、良かった……。」


寒さでちょっとガタガタ震えながら、僕は立ち上がった。

そして足元の文字を見る。


「……ふふっ。辰巳さんらしいな……。」


どんな顔をしてこれを書いたのか想像できる。

きっととても楽しそうに書いただろう。

明るくて自由で元気な辰巳さん。

いなくなったら寂しいよ。

だから頑張って連れて帰らないと……。


僕は雪を被り始め、消えていくその文字を見つめた。



『雪見大福』



帰ったらこたつで一緒に食べたいな、なんて思った。

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