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書初め

猫を追いかけていくと、細い竹林の道の奥に立派な日本家屋があった。


やはり茅葺き屋根の家は農業用の小屋だったのだろう。

私は一安心してその家の前に立った。

呼び鈴を探したがどこにもない。

引き戸に手をかけると不用心にも鍵がかかっておらず、私は少し開けて中に声をかけた。


「すみませ~ん……。」


ガランとした室内。

中は旅館みたいに綺麗に整っている。

広いお屋敷のようだから、小さな声では聞こえないかもしれない。


「すみませ~ん!!どなたかいらっしゃいませんか~っ!!」


私は声を張り上げて中に向かって叫んだ。

でも、相変わらず中は物音一つしない。

鍵は掛かっていないが、留守のようだ。


「……どうしよう……困ったな……。」


これから他のお宅に向かうのも億劫だ。

でもだからといってじっとしている訳にも行かない。

冬の夕暮れは早い。

あっという間に真っ暗になる。

早く誰が見つけないと。

そう思っていた時だった。


チリン。


足元で音がした。

顔を向けると小さな子猫が足の間をすり抜けて、家の中に入って行く。


「あ!猫ちゃん!!」


見失ったと思っていた猫。

とてとてと勝手知ったる顔で中に入って行く。


「猫ちゃん!お願い!誰が呼んできて~っ!!」


藁にも縋る思いで私は猫に声をかける。

子猫はとて、と立ち止まり私を振り返った。



「!!」



ぎょっとした。

私は慌てて鞄を見る。

そしてすぐまた猫を見た。


チリン。


猫はまた鈴の音を響かせて奥に歩いていく。

私は慌てて玄関の引き戸を大きく開いた。


「待って!!それ!!持って行かないで!!」


思わず声を荒らげる。

そのせいでびっくりしたのか、子猫は足早に中に消えていく。

私は思わずそれを追いかけた。


「すみません!!お邪魔します!!猫ちゃんが!!猫ちゃんが大事なもの持ってっちゃったんです!!すみません!!お邪魔します!!」


私は靴を手に猫を追いかける。

あれは駄目だ。

あれだけは駄目なのだ。

私は必死になって猫を追いかける。


それは、小さなうさぎのぬいぐるみ。

鞄につけていたのに取れてしまったのか、猫が咥えて持っていってしまった。


「すみません!!誰か居ませんか?!猫ちゃん捕まえてください!!お願い!!猫ちゃん!!それは返して!!こっちのあげるから~!!お願い~!!宇佐美くん返して~!!」


子供の頃、干支のぬいぐるみを貰った。

宇佐美くんはうさぎ。

私は龍だった。

でも私はうさぎが欲しくて大泣きしたのだ。

龍なんか嫌だって、うさぎがいいって。

宇佐美くんは困った顔で笑って交換してくれた。

それからそのうさぎのことを「宇佐美くん」と呼んで大事にしてきたのだ。


「もう!!どこ行ったのよ?!」


なのにそれを咥えて持っていってしまった猫を見失った。

私は泣きそうになりながら、家の中を探す。


「すみません!お宅の猫ちゃんが私のうさぎを持ってっちゃったんです!!誰か居ませんか?!大事なものなんです!!」


しかし家の中は誰もいない。

人が住んでないという感じでもないのに。


ふと、ある部屋に目が行った。

どうしてかはわからない。

中にはいると習字道具が揃えてあった。

まるで今から使いますよという感じに準備万端。


「……何だろう?……『ワタシヲカキゾメテ』??」


そこに置いてあったメモ。


ワタシヲカキゾメテ……私を書き初めて??


どうやら書き初めをするものらしい。

まだ年を越してないのに気が早いな??

そう思ってみていたが、どうしてだかそれを書かなければならない気がしてきた。


私は導かれるように筆を取り、用意されていた和紙に文字を書く。


どうしてそんな事をしたのかわからない。

でも、やらなければならないと思ったのだ。


「……よし!!」


私は書き上げたものを見つめ、満足げに微笑んだ。

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