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パワハラ王子と婚約なんて、絶対に嫌です(1/1)

「とっとと歩け、ノロマ女!」


 ああ、また第一王子の婚約者いじめが始まったか。


 舞踏会の参加者たちは一人残らずそう思ったに違いない。かくいう私もその内の一人だ。


「す、すみません……」


 ろくにエスコートもしてもらえないまま王子の後ろを蒼白い顔で歩く令嬢が、か細い声で謝る。王子はフンと鼻を鳴らした。


「本当に謝罪する気があるのか? 俺は第一王子なんだぞ。これ以上恥をかかせたら、お前なんか捨ててやるからな」


「は、はい……きゃあっ!」


 動揺していたのだろう。令嬢がドレスの裾につまずいて転んだ。婚約者の失態に、王子が盛大に舌打ちする。彼女を足蹴にしそうな勢いで近づいてきた。


 ……ああ、もう! 見ていられない!


「大丈夫ですか?」


 事の成り行きを遠巻きに眺める集団の中から飛び出し、私は令嬢の傍に腰を落とした。


「立てますか? 手を貸した方が?」

「あ、ありがとうございます、シャノンさん……」


 色を失っていた令嬢の頬に赤みが差した。後ろから、王子の「おいおい」という白けた声が聞こえてくる。


「お前、何を勝手なことをしてるんだ」

「……申し訳ありません、殿下」


 私は嫌悪感を押し殺しながら振り向いた。


「けれど、彼女は未来の王妃です。そんな方に万一のことがあれば……殿下?」


 第一王子は私の方をじっと見たまま固まっていた。声をかけられ、やっと我に返ったようだ。


「確か……シャノンとか言ったな?」


 王子が私を上から下まで見つめ、下品な笑みを浮かべた。私の背を冷たいものが駆け抜ける。


「まさかこんな美人が近くにいたとはな。喜べよ、シャノン。お前を俺の新しい婚約者にしてやるぜ」



 ****


 

「よお、シャノン」


 私くらい運のない人も珍しいに違いない。


 つきまとってくる王子を横目で見ながら、私はげんなりとした表情にならないように必死だった。


「あのバカ女との婚約解消の手続きは済んだぜ。これでお前を俺の新しい婚約者にしてやれる」


 バカはどっちなのかしら?


 おぞましいことに、あの舞踏会で第一王子は私に一目惚れをしてしまったらしい。そして、気の毒な婚約者を切り捨てて、私をその後釜に据えようと目論んだ。


 でも、私がこんな人と婚約するですって? 冗談はやめてほしい


「殿下、何度も申し上げておりますが、私などではそのような大役は務まりませんわ」


 むしろ、あなたの相手をしたいなんていう人を見つける方が難しいのでは?


 王子は昔から、熱しやすく冷めやすいことで有名だ。


 元婚約者との仲だって、前はそこまで悪くなかった。と言うよりも、色々な場所に共に出かけたり、贈り物を交換したりと良好な関係を築いていたと言ってもいい。


 けれど、それも王子が彼女に飽きるまでのこと。あの可愛そうな令嬢は、段々と顧みられなくなっただけではなく、いつしか暴言まで吐かれるようになってしまった。


 もし王子の申し出を受けてしまえば、彼女と同じ末路が私にも待っているに違いない。そんなのは絶対に嫌だ。


「お前は心配性だな。俺がいいと言ってるんだ。素直に頷け」


 死んでもごめんよ!


 ……などと言うわけにもいかないので、私は「本当に申し訳ありません……」とできるだけ残念そうに呟く。


 でも、そんな曖昧な態度は彼に苛立ちを与えただけだったらしい。王子は顔を歪める。


 ……おっと、危険な兆候だ。


「俺の命令が聞けないのか?」


 王子がドスの利いた声を出しながら迫ってくる。私は思わず半歩下がった。


「それとも、何か俺と婚約できない理由でもあるのか?」

「え、ええと……」

「どうなんだよ、シャノン! はっきりと思ったことを言ってみろ!」

「わ、私には心に決めた人がいるんです!」


 恫喝どうかつされ、竦み上がってしまった私はとっさに嘘を吐いた。


 王子は怪訝そうに「心に決めた人?」とオウム返しする。


「そうです。将来を誓い合った人です」


 今さら後には引けない。私は頭をフル回転させ、作り話を始めた。


「私は……もうすぐその人と結婚するんです。だから、殿下と婚約はできません」


「ほーう? 結婚ねえ……。で、相手はどんな奴なんだ? 他の貴族連中に聞けば分かるか?」


 王子は疑っているようだ。私は嘘を見破られまいと焦りに焦る。


「それは無理です。だって、その……ひ、秘密の恋人ですから! ……本当ですよ! ちゃんと実在する、とても素敵な方です! 絶世の美形なんですよ! こう……シュッとしてスラッとなっていて……」


 マズイマズイ、私ってあんまり嘘を吐く才能がないみたいだ。王子の表情がどんどん険しくなってる!


「と、とにかく、私たちは深く愛し合っているので、他の人と婚約はできないんです!」


 捨て台詞のように言い残して、早足でその場を後にした。冷や汗が止まらない。


 ああ、やっちゃった……。


 次に王子と顔を合わせた時は、「そいつに会わせろ」と言われるに決まってる。


 だけど、いもしない恋人をどうやって連れてくればいいの? もっとマシなごまかし方をすれば良かったわ……。


「嫌です、結婚なんて!」


 困り果てていた私は、曲がり角の向こうから聞こえてくる大声にハッとなる。誰かが言い争っているみたいだ。


 立ち聞きは良心が咎めるけれど、ちょっとだけ気になって様子をうかがうことにする。


「お前の悪癖を直すためだ。聞き分けのないことを言うんじゃない、セルジュ!」

「いくら父上の言葉でも従えませんよ!」


 ああ、セルジュさんとそのお父様か。私と同格の家柄の貴族だ。と言っても、別に彼らとは親しくも何ともないけれど。


「僕は一生結婚なんかしません! 女の人を傍に置いておくなんて寒気がします!」


 セルジュさんは二の腕をこする。彼、女性嫌いで有名だもんね。


 つまり、言い争いの原因はこういうことかしら? お父様は息子の女性嫌いを治すために結婚させたい。でも、セルジュさんはそんなことをしたくない。


 婚約だの結婚だので悩んでるのは私だけじゃないのね。仲間ができたみたいでちょっと気が楽になったかも。


「しかも、その花嫁候補は僕の倍以上の年齢ではありませんか! それに、ものすごい男性遍歴の持ち主だと聞きましたよ!」


「だからこそだ。お前もんでもらえ」


「何を……」


「もう諦めろ、セルジュ。向こうにはこれから話を通すが、きっと色よい返事を寄越してくれるはずだ。小さいが新居も用意してやった。今年中には式を執り行う。分かったな?」


 セルジュさんは口を開けて立ち尽くしてしまった。お父様は息子の肩にポンポンと手を置き、その場を去ろうとする。


 すると、セルジュさんが弾かれたように声を上げた。


「僕には心に決めた人がいるんです!」


 ……うん?


「将来を誓い合った人です! 僕はその人と結婚すると決めています! だから、他の人の夫にはなれません!」


 気のせいかしら? これと同じような光景を見たばかりのような……。


「……お前に恋人? バカなことを」


 お父様は呆れ顔だ。セルジュさんは「秘密の恋人ですから!」と返した。


「ちゃんと実在する、とても素敵な方です! 絶世の美形ですよ! こう……シュッとしてスラッと……」


 私とセルジュさんって、もしかして似たもの同士? となれば、この後の展開も予想できるというものだ。


「とにかく、僕たちは深く愛し合っているので他の人とは結婚できないんです!」


 セルジュさんはお父様に背を向け、駆け出した。


 やっぱりそうなるか……と思った矢先、角を曲がってきた彼と私は正面から衝突してしまった。


「……っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、私はよろめいて壁にぶつかった。セルジュさんが「ご、ごめんなさい」と謝る。


「平気?」

「……ええ」


 ちょっと痛む肩をさすりつつも、彼に笑いかける。すると、セルジュさんが息を呑むのが分かった。その視線が明後日の方向に逸れる。


 やっぱり女の人が嫌いなのね。声なんてかけなきゃ良かったって思ってるのかしら?


「ええと……その……」


 セルジュさんは一刻も早く立ち去りたいようだった。だけど、中々それを実行に移そうとしない。訝しんだ私は「何か?」と尋ねる。


「け、怪我とか、してないかな……と思って……」


 セルジュさんは小声で答えた。私のことを心配してくれてるの?


 意外な反応だったけど、ちょっと嬉しくなって「何ともないわ」と返す。


「……良かった。じゃあ、僕はこれで……」


 セルジュさんはまたしても蚊の鳴くような声を出すと、そそくさと退散していく。その背を見ている内に、私はあることを閃いた。


「セルジュさん!」


 私は急いでセルジュさんを追いかけ、正面に回り込む。


「私と結婚しない?」


 突然のプロポーズに、セルジュさんは硬直してしまった。「けっこ……?」と囁く。


「結婚よ、結婚! 私と夫婦になるの!」


 セルジュさんの呼吸が荒くなる。掠れた声で、「む、無理……」と言った。


 その顔から血の気が引いていくのが分かり、不憫になった私は「心配いらないわ」とできるだけ優しい声を出す。


「結婚って言っても、あなたは夫の役割をまっとうする必要はないの。夫婦になったと周りに思い込ませるだけでいいわ。つまり、偽装よ」


「偽装?」


「セルジュさん、このままだと困った人のお婿さんになっちゃうんでしょう? 私もね、王子に婚約を迫られてるの。それを回避するためには、先手を打っちゃえばいいと思わない? つまり、他の人と形だけの夫婦になるのよ!」


「形……だけの……」


 セルジュさんはゴクリと喉を動かす。まだ何か言ったようだけど、声が小さすぎて私の耳には入らなかった。


 けれど、彼の決意だけはしっかりと聞き届けることができた。


「分かった」


 セルジュさんは向こう十年分くらいの気力を振り絞ったような顔で私を見る。


「結婚しよう、シャノンさん」


 こうして利害の一致により、私たちは手を組むことにしたのだった。

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