春に春キャベツを食す~ベーコンとウインナーを添えて
パスタを水に浸けるのは、茹で上がりが生めんに近づくそうです。
ソースは情報番組。
祝日の前日に幡谷ん家の離れに集まった三人組。
「オレ、明日はバイトだから
お前らは勝手に帰れよ」
幡谷が招集した笹塚と初芝に告げる。
三人は【飯の日】の会員だ。
学生だから金が無い。
学校休みの前日に、余り物とかの食材を持寄り
幡谷の家の離れで『旨い、美味い』と喰うだけの会だ。
難しい事はしないし、やらない。
洗って切って、焼くか煮るだけだ。
コンロはカセット式だし、箸は自前で食器は紙皿だ。
偶には、出来上がりが待ちきれずに
先に喰ったカップラーメンの器の時もある。
今日の獲物は歳暮の残ったベーコンやウインナーだ。
正月が明けて、食べきれず
賞味期限が迫って来た食材の整理に入った頃合いだからだ。
「贈答品って高級そうでいいな」
「なっ!」
パッケージが違うだけかもしれないが、
小分けにされていたり、ドンっとデカかったりで
気分も盛り上がってくる。
「母ちゃんが持ってけってさ」
笹塚がリュックから、大蒜が沈んだオリーブオイル瓶を出した。
「お前ん家、油職人かよ」
「大蒜はニオイが出るから~って」
『しかも手作りなんだよな』と笹塚は苦笑した。
◇
初芝が提供したのは春キャベツだった。
土を洗い落とし、芯から放射線状に切る。
手で割れそうだが、ふわふわしていて
鍋に収まりが悪そうだから包丁で切っとく事にした。
次は歳暮で貰った吊るしベーコンのお出ましだ。
「スライスもあったけど塊にしといた」
「いいねぇ」
「スライスも確保出来たらしといて」
肉の塊だから厚めに切った。
噛む事で、肉の触感も楽しみたいからだ。
「あんまし脂が無いんだな」
「ショルダーって書いてっから肩なんだろ」
煮込みに向かないかも知れないが
気にしない。
雪平鍋に笹塚が持ってきた大蒜油を少し落とし、
ウインナーとベーコンを炒める。
ジュワっと音をさせながら
鍋から香ばしい匂いが漂いはじめる。
「ベーコンって焦げやすいな」
「あと、結構バチバチって油ハネする」
「このままキャベツ入れたら焦げるよな?」
『あ~そうだな』と他の二人が同意したので
一旦、鍋から引き上げる事にする。
雪平鍋の底に敷き詰めるようにキャベツを並べ
その上に焼目を付けたベーコンを並べる。
そして残っていたキャベツを敷いた。
「ウインナー入れねーの?」
「俺、焼いただけのヤツが好き」
一人あたり三本の分け前になるからと
初芝は取り皿に残したウインナーに齧り付いた。
「んじゃ、俺は温める程度でいく」
笹塚が言ったので、幡谷も煮立ったらに入れる事にし
鍋に水を入れて、蓋をして火にかけた。
◇
沸騰したらカセットコンロの火力を中火にして
コトコトと煮込むと、
透き通った春キャベツの葉脈がトロリとしてきた。
春キャベツは柔らかく、すぐに煮崩れてしまう。
きっと箸でほぐれてしまうだろう。
「んじゃ、入れまーす。」
ウインナーを入れてコンソメを投入する。
「幡谷の塩は?」
「最新は山椒」
「それは……分からんな」
幡谷は家で余った調味料を集めた
自分専用の調味料を作っている。
ベースとなる調味料の瓶に記載されている
賞味期限間近になると使い切り、
新たに瓶ごと調味料を変更していくので
大体が再現不可能な味になる。
最新で追加された調味料は山椒と言う事だ。
山椒はピりッとした味と香りが魅力だが、
色々と混ざった中身と調和するかどうかだ。
『味の予想がつかん』と二人が首を振る。
「塩分はベーコンで補えるが、胡椒が欲しい」
「OK、家から取ってくる」
幡谷が離れから自宅へ戻る。
戻った幡谷がパスタも一袋、持ってきた。
「ホラ、胡椒だ」
「パスタどうすんだ?」
初芝は幡谷からパスタを取り上げると
水を張ったタッパーにパスタを折って浸した。
「残った汁に入れるから、あんま飲むなよ」
「へーい」
笹塚は生返事で答えた。
◇
鍋の蓋を取ると、モワっと湯気が立つ。
鍋には、ぐつぐつ煮立った春キャベツと
間にいれたベーコンが見える。
「キャベツ溶けてんじゃん」
「ロールキャベツとかっだったら、
もうちょっと形、残ってるよな」
「あれ、違うキャベツなんかな?」
それは料理人次第だが、検索するのは止めた。
多分三人はロールキャベツを作る予定はない。
「初芝、ウインナー取んなよ」
カセットコンロの火を止めて
先にウインナーを喰った初芝に牽制して、取り分ける。
「頂きまーす」
各自で取り分けて勝手に喰う。
「熱い…アツいって!」
「アツアツおでんの刑はあったんだ──」
「ヤベーな……うめぇ」
今日は汁物になるからと、深めの紙皿にしたが、
温度が高くて手で持てない。
先に紙皿三枚重ねでスタンバっていた初芝が
涼しい顔で食べ始めた。
幡谷は自宅の強みで軍手を探しだし、
笹塚は紙皿三枚重ねで再チャレンジだ。
「キャベツ溶けたなぁ」
「カレー粉かけたら旨い」
「どこ?どこにあんのカレー粉?」
幡谷はカレー煎餅を割り入れていた。
「それはカレー粉じゃねえな」
「まぁな。貰いもんだけど硬えんだよ、コイツ」
大判だったカレー煎餅は表面のカレー粉末が
スープに溶けていく。
「これ、米粒の煎餅だから意外とイケる」
「マジで?ちょっとくれ」
春キャベツは透き通って柔らかい。
葉が何層も重なり、スープを吸って
口の中で溶けていく。
煮込んで脂がスープに溶けだしたベーコンは
最初より小さくなったが形は残っていた。
「ベーコン、なんで溶けてまうん?」
舌で擦るとほぐれていく。
そうすると、ほんのり香ばしい薫りが鼻に抜けた。
◇
あらかた攫った鍋を再度加熱する。
水に浸したパスタの出番だ。
「水、足りるかね?」
「わからん」
細めのパスタだから、そのままスープに放り込んで茹でる為に水を追加する。
「なあ、なんでパスタを水に浸したんだ?」
幡谷の疑問に初芝が驚いた顔をした。
「えっ!やらねーの?」
初芝の家では、パスタの乾麺は水に浸すらしい。
理由は知らないそうだ。
『一晩とか浸してる』時もあったとか。
「茹で上がりが早いとか?」
「そういう物だと思ってた」
沸騰したスープにパスタを入れて掻き混ぜる。
「茹で上がり時間は七分だってよ」
「おう、計ってる」
三者ともにスマホのチェックで時間を潰す。
火を止めて蓋を開けると、クツクツと音をたてながら
パスタが白くなっていた。
トロみが出てきたスープを表面に纏い、
薄っすらと湯気が立ち込める。
「鷹の爪だっけ?あれあったら
ペペロンチーノ風って言えんのか」
「なに、洒落乙」
「あれって先に炒めるんじゃなかったっけ?」
『マジで?知ってんな―』と軽口を叩きながら
各々の取り皿に取り分ける。
笹塚は器用にパスタを捩じって皿によそい
上にベーコンや春キャベツの溶け残りを飾り付けた。
「皿、写さねぇようにして画像撮るわ」
笹塚がスマホで画角調整をし始める。
「誰に見せんの?」
「おい、やめろ」
幡谷の疑問に初芝が制する。
「リア充爆発しろ」
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