乾いた大地に降る雨は
私たちは、集落を転々としながら数年間を過ごした。
それぞれの場所で、私は何かしらの技術を伝え、また、すでにある物の改良に取り組んだ。
その傍らでボクは私を補佐しつつ、子供達を中心に、言葉やちょっとした知恵を授ける役割を、嬉々として請け負ってくれていた。
その甲斐あってか、今や結構な範囲で、それなりに意思の伝わる言葉が確立されつつある。
それと同時に、ワタシの存在も知れ渡ってきていた。
なにせ、この世界においては飛び抜けて身綺麗であり、常に一歩先を知る、放浪の女人だ。
ものすごく謎めいている自覚はある。
側に仕えるボクもまた、磨かれて来た分、結構目を引く存在だ。
今や立派に成長を遂げ、この世界としては十分に青年として通用する風貌となっている。
まあ、現代人から見ればガキだけど。
ガキといえば、ワタシ自身もまだガキである。
ちゃんと日数を数えるのはとっくに止めており、大雑把な目分量だが、年齢的にはそろそろ二十歳は過ぎているはずなのだが、ここ数年来、たいして成長していない気がする。
30越えればおばあちゃんな世界で、そこそこ良い暮らしをしているが故の童顔なのかもしれないが、まだ10代前半のボクの方がよっぽど大人に見えるのは、ちょっと悔しい。
「ウーダ様」
笑顔がまぶしい。
わりと良い男に育ったものだ。
かつての世界で崇めた2次元美形や、顔だけは良かったダメンズなんかとは趣の異なるタイプではあるが、あれは文明下で洗練されていてナンボの美しさであって、美とは、環境によって基準が移ろうもの。
自ら生き抜く力こそが、この世界での美だ。
「見てください、グンマの民が、こんなものを見つけたそうです」
ずっとワタシと暮らしているボクは、言葉も流暢だ。
体力もあるので最近は、一人で交易に出ることも多い。
ちなみに、集落には適当な名前をつけている。
「何、この粒々」
「ウーダ様のお言葉で、かまどに風を送る仕掛けを作っていたのですが、石が赤く焼けるようになり、こんなものが灰にまざるようになったそうです。」
「どれどれ、見せて」
受け取ったザルは、ずっしりとして重かった。
中にあるのは、なにか、くすんだ色の不定形の粒だ。
溶けて固まった何か?
「あっ!」
わかった。
これは、何らかの金属だ。
細工物に優れたグンマには、ワタシの金属抽出実験を引き継いでおいたのだ。
天才というのはこんな時代にもいるもので、そこそこの原理と機序を教えておけば、やがて仕組みを編み出してくる者が現れる。
少し前にグンマでは、ものすごく単純ながら、ふいごを作り上げていた。
この世界は未成熟だが、まるで飢えて乾いた大地のような貪欲さで、知恵の雫を吸収していく。
素晴らしい。
あらゆる分野で基礎と原理が確立されていた前々世では、恐ろしい勢いで技術が進み、ほんの数年で生活が激変していたものだった。
だがここでは、全てが新しい発見であり、発明だ。
本来は数万年をかけて進むべき道を、ワタシは、たった20年ばかりの期間でスキップさせてしまった。
これは、自然の理に反するのかもしれない。
だが、ここにワタシが生まれたこともまた自然の一環だ。
思う様に生きて、何が悪い?
ただ、これから起こって行くことに、できる限りの予防の手は打つけれど。
例えば、たった今発見された、これ。
「ああ……そうだった、金属って元からキラキラする訳じゃなかったんだっけ」
そう、これまでずっとキラキラを求めて来たけれど、金属じゃそもそも精錬して磨かねば輝かないのを失念していた……。
「これが、ウーダ様の求めていたものなのですか?」
「そうよ。これで、すごいものが作れるからね」
ワタシは、以前作っておいたるつぼを取り出してきた。
石をコップ状に彫り下げて、側面上部には、木の枝を突っ込める穴を空けてあるものだ。
「この中に集めた粒を入れて、器ごと火の中に入れるのよ。」
るつぼの穴に枝を通して持ち上げて見せる。
「燃えてしまうから、枝は抜いてね。」
「それは、どうなりますか?」
「粒が溶けて朝日みたいな色になったら、また枝を突っ込んで取り出すの。でも、気をつけて。もし溶けたものに少しでも触れたら、火傷して死ぬよ。」
「恐ろしいものなのですか?」
「扱いを間違えたら、そうだね。だから低い位置で、体から離して、慎重にとりだすんだ。でもゆっくりしすぎると枝が燃えてしまうから、手早くね。」
それから、石板に木炭で、単純な片刃ナイフの形を描いてやった。
「石をこの形に彫りなさい。こちらは深く、こちらは浅くしてね。そして、溶かしたものをここに流し込んで固めるんだよ。」
「へえ、何ができるのか楽しみです!」
グンマのふいごは、すでに複製されてここにもある。
ボクはいそいそとかまどに火を起こして準備を始めた。
これが成功したならば、人類は画期的な道具を得る事になるだろう。
だが同時に、ごく簡単に生命を奪える凶器をも得る。
もしかしたら、少し賢い猿としていずれ退化し森林に還って行ったかもしれなかった人類を、人工物にまみれた文明へと導いてしまったのは、紛れもない、このワタシなのだ。
この責任は重い。
だがワタシは、前に進んで行くのみだ。
だって、便利なんだもん。




