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2回目  (無理)

便器ネタはウェルサイユ宮殿

この人と婚約して、どれ程の月日が経ったのだろうか。

いつしか夫婦となって、生活を共にするものだと思っていた。


というか、やむを得ないと諦めていた。


この世界に生まれ育ってしまった以上、郷に入りては郷に従うしかなかろうと、覚悟を決めていたのであった。

だが、婚約破棄を告げられたこのまま瞬間私の脳裏を廻った記憶は、ここ数年の侍女と婚約者の裏切り行為だけではない。

忘れようとして、ずっと封じ込めていた前世での86年間が、鮮やかに蘇ってきたのだ。





主に衛生概念が。






目の前には、貴族らと恋人を侍らせながら公然と便器に座る元婚約者。

辺りに漂う、腐臭と糞尿臭に加えて、強烈な香水の香りが入り乱れてもはや生ゴミ臭でしかなくなっている。


華麗な衣装に包まれた体はどれも、数年に1度洗われていればマシな方。

下着だって、そう頻繁には取り替えない。

王家ともなれば毎日下着を替えるが、それが特別な贅沢として話題になるくらいだから、一般の貴族は、ましてや武士や庶民はどれ程なのか……。



もう無理。


何とか耐えるつもりでいたけど、もう無理だ。

もはやこの王太子ですら、二度と受け入れる気にはなれない。



「しかしながら、忠臣であったそなたの父に免じて、そなたの身の振りについては十分に世話をしてやろう。 ついてはウラドーリの領主家に、ちょうど年頃の合う子息がいるのだが……」



たぶん、何か問題のあるお相手なのだろう。

そもそもウラドーリは領地の治安が芳しくない。

そこを治める領主が有能であればそんな事にはならないわけで、既に特大の地雷が炸裂している真っ最中という事だ。


だが、そんな事すらどうでもいい。


例え、絶世の美男子でものすごく性格も良くて気の合う男性が現れたとしても、もう、この世界の衛生観念下で生きている人間と、濃密な関係になんかなれない。


無理!


湯浴みさえ望み通りにできないこの、自分の体すらもう、ガマンできない!



ああ、ウォシュレットが恋しい!

温水器から好きなだけお湯が出せるシャワーや、蛇口から出てくる、飲める生水の素晴らしい記憶が、今の私を苦しめる……。

ひとたび我慢の糸が切れると、もはや、何もかもが耐えられなくなってしまった。



そういえば、前世で読んだ何かの本に 「過去の生き物にとって、現代の空気は、呼吸するだけでも命に係わる毒である」 って書いてあったけど……。

今、ここの悪臭に満ちた空気は、まさしくそんな感じだ。

たぶんだが、絶対に体に悪い瘴気とかも出ている。


もう嫌だ。

ここで生きていきたくなんかない。


でも、窓から身を投げたら、同じく窓から投げ捨てられているおまるの中身に激突しての最期となるし。

川にとびこむにしても、前世のお陰で泳げるし、川が汚すぎてそもそも入りたくもないし。


もう嫌だ!

嫌だ!



悪臭の中、心拍が上がり、急に視界がぐらついてきた。


ダメンズが何か叫んでいるが、もう、何も聞き取る事ができない。



ああ、でも。

不潔よりも、悪臭よりも。

そんなのは、それでも振り切って何とか生きて行こうと、まだしも思えていた。


でも、過剰な身分差や、欲望や、奸計に満ちた世界はもう、懲り懲りだ。

お金なんかない世界があればいいのに。

もっと純粋に笑い会える世の中だったらよかったのに。


……そもそもそんな風に思ったのも、86年間の物欲社会で生きたからこそだったのだろうけど……実質86+αのばあちゃんの心を内蔵したこのアラナイン・ローバに、中世もどきのラブロマンスは、ちょっとハードルが高すぎた。

なんせ前世はすっかり恋愛貧乏で、そっち方面の経験値は限りなくゼロに近かったのだ。



ああ、悪臭が目にまで沁みてきた。

溢れる涙を拭う余力もないまま、自分の体が崩折れて行くのを感じる。



こんな世界、もういらない。

通算100年以上生きたんだから、もう十分だ。




そしてワタシは、憤死を遂げた。














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