この時、時代は始まった? (いや、終わってる?)
なんか書きたくなったので、勢いで書いたらこうなりました。
失敗した……。
何をって、あれだ。 よくある異世界転生を、だ。
齢86にしてスマホを手にする事になったワタシは、あの年齢としては頑張って、それなりに各種機能を極めていた。
……たぶん。
ガラケーの小さな画面じゃ文字も見づらくなっていたので、スマホへの移行に抵抗はなかった。 ただ、ワタシが1人っきりで窓口に座った瞬間の担当者の、あの壮絶な絶望の表情はちょっとした冥土の土産になるレベルであった。
ごめんよ。
やたらと高い料金は年金に痛い出費であった。 だが、うかつにモノも増やせない終活中の身としては、趣味の読書に没頭する環境がアレだった折、電子書籍は非常にありがたいアイテムだった。
なんせ図書館なんていまどき、読みたい本なんか置いてない。 よしんばあっても、正直言って通う体力もなければ、借りて帰ったとして生きて返せる自信がない。
本は紙で読みたいが、長くてもあと10年あるかないかの人生をそっと閉じるには、電子書籍こそ最強だった。
結構、無料でも読めたしね。
そんなことばかりしていたら、当然、当節の流行にも出会う。
ネット小説の定番「異世界転生」やら「悪役令嬢」やら、最初は馬鹿にしていたものの、よくぞ同じようなプロットでこうも違いが出せるもんだなあと思い始めたのをきっかけに、めちゃくちゃ読み漁ってしまったものだった。
過去形なのにはワケがある。
あの頃のワタシは、もういないのだ。
年齢的にお察しのことと思うが、ワタシのスマホ生活はあまり長くはなかった。
わりと元気な86歳ではあったのだが、流行にノリノリだったのが災いしたのか、流行の最先端の伝染病にまできっちり乗って、なんかこれアカンやつかな、と思ったのが最後の記憶だ。
そしてワタシは、めでたく転生を果たしたらしい。
らしい、というのにはこれまたワケがある。
よくある悪役令嬢転生したはずのワタシは、元々がそれなりの高齢だったのがまたもや災いしたのか、その短い生涯を通してきちんと記憶を取り戻すことができなかったのだ。
美貌の公爵令嬢の中身は、いまいち状況に順応できない86歳。
当然、ヤバい令嬢の爆誕だ。
高位貴族なりに幼児期から立派な婚約者もいたのだが、折々に妙な言動が見える令嬢が愛されるはずはない。
それどころか本気で敬遠されまくり、必死で策を弄したお相手にきっちり断罪されて、有無を言わせずの婚約破棄、そして、実家にすら見捨てられた末、ワタシはあっさりと暗殺された。
プロローグで終了とか、転生の神にも、もうちょっとまともな仕事をしてもらわないと困る。
86だよ?
アラウンド90だよ?
もう、何と略していいかわからないけど、アラナイでいいのか?
いきなり西洋もどきの十代ロマンスとか、生涯ボッチのもうすぐ90だったババアにゃハードル高いわ!
もうちっと色々考慮して、せめて多少なりと知覚できる環境に転生させろよ! 同じ近中世なら、ヨーロッパでなくても色々あるだろ!
せめて前世の記憶で異世界チートとか、何かあるだろ!
走馬灯においてやっと前世の自分に還ったワタシの、切実な心の声、というか罵倒が神に届いたのであろう。
今のワタシは、三度目の人生を経験している。
乳児期の記憶はおぼろだ。
おかげで、わりと自然に新しい世界になじめたと思う。
というか、それくらいの緩衝期間は絶対に必要だった。
次第にはっきりしていく記憶と意識の目覚めにつれて、しみじみ、乳児期に覚醒していなくて良かったと思うに至った。
とりあえず目下、母の愛は享受できてはいるので、この世界での基準としては幸せなのだとは思う。
だがいくら愛があっても許容するには色々と限度というものがある。
母には申し訳ないが、ある程度前世の意識が覚醒した時点で、即、ワタシは離乳した。
なぜならば。
小枝や木の葉、鳥の羽毛なんかが敷かれた、荒い寝床。
屋根も壁も、岩。
灯りはなく、暗闇に腐臭が漂う中、ワタシに寄り添う母はほぼ全裸。
そのカピカピに汚れきった胸に抱かれて授乳されていると知覚した瞬間の衝撃は、最恐の体験だった。
たしかに、神はいろいろ考慮したらしい。
文化のハードルはかなり低くしてくれていた。
順応力の劣化した86歳から飛び込んでも余裕の社会水準だ。
科学や技術にたいした専門知識がなくとも、おばあちゃんのライフハックレベルでも、なにかとチートになりそうだ。
穴居生活から脱するかどうかギリギリの、文明前夜。
人類の目覚め。
猿人・原人の域を脱して間もない裸のサル。
それが、ワタシの今世であった。
なんか、すみません……