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来たりし春の都街  作者: 橘樹 啓人
第一章 葵の契約
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風流なブログと管理人

 佑暉はコーヒーをじっくりと堪能しながら、サキと話した。というよりは、佑暉が聞き手に回り、サキが一方的に近況報告をする形になった。最近の稽古での様子、座敷で偉い人の酌をしたこと……彼女の話題は尽きなかった。


 気がつくと、カフェに来てから一時間以上が経過していた。会計の際、佑暉がサキの分まで払おうとすると、彼女がそれを拒否したため、割り勘で収まった。


「じゃあ、明日、また学校でね」


 四条大橋を渡り、南座の前でサキは足を止めて、少し後ろを歩いていた佑暉に体を向けた。心なしか、彼女の目は少しばかり潤んで見えた。


 佑暉も頷くと、彼女は狭い脇道に入っていった。はっきりと約束はしなかったものの、明日もサキと一緒に登校するのだろうと、佑暉はただ漠然と感じ取った。


 旅館までの道すがら、佑暉は歩きながら、先程サキから送られてきたメールを開いてみた。そこには、ホームページのアドレスらしき英数字の羅列があった。


 自室に帰ると、早速、自身のパソコンを立ち上げてブラウザを開き、スマートフォンに表示されたURLを見ながら、アドレスバーに入力した。


 そこにアクセスしてみると、ブログの画面が現れた。


 佑暉自身も使っているブログサービスで、管理人のプロフィールの名前を見ると、「蛍月」とあった。主にイラストを投稿しているらしく、人物画というよりも野山や雪原、寺社仏閣などが多いようだった。色鉛筆のみで描写されているのか、淡白な色彩で輪郭も曖昧だが、しかしそれが、背景との不思議なコントラストを醸し出している。


 一日前の記事にアップロードされた画像には、河川敷が精巧なタッチで描かれ、奥には橋が架かっている。また、橋の向こうには緑豊かな山の連なりが霞んでいる。まるで、日常の情景の一部を切り取ったように、妙な具合に現実味を帯びて見える。


 見覚えのある風景だと感じながらも、佑暉はその一コマに引き込まれていった。舞いを踊るサキの姿に一目惚れした時のように、強く胸を打たれ、言葉にならない感動を覚えた。


 どんな人がこれを描いたのだろう。こんなに綿密な描写ができるなんて有名なアーティストか、そうでなくとも、プロ志望か何かだろうか。……そう思うほどに、その作者への好奇心が湧き水のごとく溢れ、コメントしてみようかと考えるまでは、興味を掻き立てられていた。


 佑暉が感じたクオリティーに反して、一つひとつの記事のコメント欄は、意外なほど閑散としていた。昨日付の記事に至っては、「0」の文字が表示されている。


 それでも、佑暉は思ったままに、感想を書いた。今になってようやく、サキが勧めてきた理由がわかるような気がした。


 返事が返ってきたのは、夕飯の後だった。何気なくあのページを開くと、佑暉が送ったコメントの下に、管理人と思われるユーザーから、お礼のコメントが返ってきていたのだ。


『ありがとうございます。こんなにも褒めてもらえるなんて、思ってもいませんでした。私の絵に関心を持ってもらえたのでしたら、ぜひチャットやりませんか? 下記のメールアドレスまでご連絡いただけたら、招待します♪』


 丁寧な文面の下には、メールアドレスが貼られていた。


 一瞬、佑暉は目を疑った。当然ながら、唐突な誘いに戸惑ってしまった。以前にも、こんなことがあった。


 一年前、ブログで知り合った人から、メールアドレスが送られてきた。そうして何度かやり取りするうちに、一緒に会う約束まで交わした。その人物こそがサキだと知った時の驚きは、今でも信じられないほどだ。


 とはいえ、今回もまた同じようなことが起きるなど、有り得ない。それはいくら佑暉でも、重々承知している。


 悩んだが、返信のお礼も兼ねて、思い切ってメールを送ることにした。返信はすぐに来た。コメントのような挨拶文はなく、無機質な文字列だけが、本文中に記されていた。そのリンク先へ飛ぶと、チャット画面に切り替わった。


『はじめまして、蛍月といいます。ちなみに、〝けいげつ〟って読みます。適当に〝ほたる〟って呼んでください。これからヨロシク♡』


 管理人から、すでにそんなメッセージが送られてきていた。


 佑暉も緊張しつつ、即座に返した。


『よろしくお願いします』


『そんなにかしこまらなくっていいよ!』


 一方、相手は裃を脱いだようなメッセージを送ってくる。まるで、友達とのメールみたいだとほっこりすると同時に、彼は安堵した。


『わかった。よろしく』


『よろしく〜! もしかして、学生さんなのかな?』


 あっさりと当てられ、佑暉は若干たじろいだ。


『なんでわかったの?』


『勘、かな。そんな気がしただけだよ。高校生?』


『そうだよ。君も?』


『そう! 一緒だね!』


『学校の人たちは、君が絵を描いてること、知ってるの?』


『知らない』


 返ってきたその言葉が、ひどく素っ気ないものに思われ、佑暉は首を傾げた。ひょっとして相手は、趣味を語り合える友人がいないのか。そんなことを考え出すと、またもや彼のお節介基質が、顔を覗かせる。そうなれば、行動を起こさずにはいられず、発作的に、見方によっては少しばかり踏み入ったことを、佑暉は書いてしまっていた。


『君の絵、僕はすごく好きだよ。みんなに教えたら、人気者になれると思うんだけど』


 これに関して、すぐに返信があった。


『それはちょっと難しいんじゃないかな』


『どうして?』


 佑暉は、素朴な疑問を返した。しかし今度は、数分待っても返事が来ない。時間も時間なので、寝てしまったのかな? と考えたりもしたが、それにしては、切り上げ方が唐突過ぎる。しばらく佑暉は、文机に置かれたパソコンの前で、じっと正座していた。


 さらに数分後、ようやく相手からの返答があった。けれども、それは彼も予想できない内容だった。


『私、学校行ってないから』


 その言葉が鋭い矢尻のように、佑暉の目を射抜いた。雨の滴に似た何かが、頭上から降ってくるような感じがした。


 次の言葉が出てこない。どういうふうに返すのが正解なのか、見当もつかない。必死に頭を働かせるうち、時間ばかりが無慈悲に過ぎていく。


 結局、それきり二人の会話が続くことはなかった。

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