俺ガイル(妄想版)
澄み渡った青空。
まだ、冷たい風をその身に受けながら、学校までの道のりを歩く。
ふと、周りに目をやると、楽しそうに会話しながら歩く、同年代の男女の一団が見えた。
爽やかな青春の一幕──────
だが、俺には縁のない話だ。
なぜなら──────俺の顔は、ガイルだからだ。
ガイル。
世界的に有名な対戦型格闘ゲーム、『ストリートファイターシリーズ』のプレアブルキャラクターの1人。
箒を逆さにした様な奇抜なヘアスタイルと筋骨隆々のたくましい肉体。そして、欧米人らしい堀の深い顔が特徴的なアメリカ空軍所属の軍人。
シリーズが絶大な支持を得るきっかけとなった『ストリートファイターⅡ』からの登場ということで、現在も根強い人気を誇るキャラなのだがそんなガイルに、俺は顔がそっくりなのだ。
もちろんヘアスタイルをマネしているわけでもないし、体は中肉中背。
俺自身は、普通の高校生だ。
ただ、顔だけがどうしようもなくガイルと酷似しているのだ。
念のため言っておくが、両親はともに純日本人。
幼少期の時点で、既にどちらにも似ていない堀の深い顔つきだったが、中学生になるころには、完全に顔がガイルと化し、浮気だの不倫してただろ、と家庭崩壊しかけたりもしたのだが、DNA検査をしたところ、俺は両親の子で間違いないということが判明した。
その後、祖母祖父といった三世代レベルでも検査を行ったものの、他人の遺伝子が混じっていることはなく、遠い先祖の隔世遺伝ではないかということでこの話は決着した。
とはいえ、俺の遺伝子の出どころがどこであろうと、俺がガイルに似ていることは紛れもない事実で、同年代の人間から向けられる奇怪な視線を自覚せずにはいられなかった。
なんせ、顔がガイルだ。ガイルを知らない人間にしても自分たちより、10年、下手をすれば20年ほど年を食った老け顔の俺は、相当近寄りがたい存在だったらしく、常に俺は周りの人間から距離を置かれていた。
最も、学生にしてはあまりにも強面だったことから、そのことでいじめられることが無かったのは幸いだったが。
ああ、そうだ。ちなみに、自身と同じ顔ということでガイルについて調べてみたところ。どうやらⅡ時点での年齢は21らしい。
17歳で同じ顔の俺が言うのもなんだが、欧米人にしても老けすぎだとは思う。
とにかく、そういうわけだから、俺にとって青春とは全く無縁のものなのだ。
寂しさや疎外感を感じる時もなくはないが、もう慣れてしまった。
それに、今は避けられているが、後20年、30年経てば、俺はただの堀の深い男だ。
それまでは、とりあえず平穏に過ごせればそれでいい。
......これ以上、濃い顔になったら流石に困るが。
そうして、いつもの通学路を歩いているうちに、商店街へと差し掛かった。
かなり衰退しているとはいえ、一応、昼はまだそれなりの賑わいを見せるこの通りも、この時間から営業している店はほとんどなく、全くと言っていいほど、人気は見られなかった。
ここを抜ければ、もうすぐ学校だ。
しかし、不意にどこからか声が聞こえてきて、俺は足を止めた。
「や、やめてください!」
「まぁまぁ、ちょっとぐらいいいじゃねぇか」
なにやら争っているかのような声だった。
耳を澄ませる。
声は、近くの路地裏から流れてきていた。
「け、警察呼びますよ!」
「オイオイ、俺たちはちょっと遊ばないかって言ってるだけだぜ!」
「そうだよ。連れないこと言うなよな~」
路地を覗き込むと、女子高生くらいの少女が3人の不良染みた連中に絡まれていた。
絵にかいたような場面だ。
着ている制服を見たところ、不良たちは、ここからそう遠くない場所にある有名な不良高校の生徒で、絡まれている少女は、俺と同じ高校の生徒であることが分かった。
このまま見なかったことにして、学校に向かうこともできたが、放っておくわけにもいかず、俺は路地裏に入り、不良たちに向かって叫んだ。
「オイ! 辞めろ、お前ら!」
「ああ? なんだ、テメェは!?」
「出しゃばってんじゃねぇ! 引っ込んでろ!」
こちらに気づいた不良たちは激昂し、歩み寄ってくる。
いや、来ようとして──────
「オ、オイ......ちょっと待て! アイツの顔.......!」
3人の内の1人が、俺の顔を見て、突然動きを止めた。
信じられないものを見る様な目つきを俺に向け、恐る恐ると言った感じで指を差す。
「ガイルだ! アイツの顔、ストファーのガイルにそっくりだぞ!」
「マ、マジだ! ガイルだ、アイツ! 黒髪だけど!」
「つーか制服着てるぞ! ということは高校生なのか!? 制服着たガイル顔のおっさんじゃなくて!?」
い、言いたい放題言いやがって......!
少しばかりムカッとし、不良たちに向かって一歩踏み出そうとする。
だが、足元に捨てられてた雑誌束に気づかず、俺は躓き、バランスを崩して、地面に片膝をついてしまった。
「な! ア......アイツ!」
それを見て、不良たちが、再び声を上げた。
目を見開き、のけぞる様に数歩後ろに下がって、叫ぶように言う。
「アイツ! タメの動作に入りやがった! 気をつけろ! ソニックブーム撃ってくるぞ!」
撃たねーよ! つか、撃てねーよ!
と、姿勢をそのままに、心の中で怒鳴るが、不良たちの妄想は止まらない。
「クソッ! どうする。一か八か被弾覚悟で、三人同時に飛び込んでみるか?」
「バカ! 冷静なれ! 奴は、タメの動作に入ってる! 迂闊に飛び込んでみろ! サマーソルトで迎撃されるぞ!」
不良たちは身構え、隙を伺うように──────実際のところ隙しかなかったが──────真剣な表情でこちらをジッと睨みつけている。
俺も今更引けず、同じポージングを続けていたため、場は膠着状態となった。
「グッ......動けねぇ。仕方ねぇ! ここは一旦引くぞ!」
結局、失礼極まりない思い込みをしたまま不良たちは、路地の奥へと引いていった。
ふう......助かった。
俺はホッと胸を撫でおろす。
正直、喧嘩は強くないため、内心ドキドキだった。
普段は悩みの種のこの顔も、こういう時は、相手が必要以上に警戒してくれるため、意外に役に立つ。
最も、あそこまで、凄まじい勘違いをしてくれる奴らもそうはいないが。
「あ、あの......ありがとうございました」
絡まれていた少女が駆け寄ってきて、お礼を言ってきた。
俺は顔を上げ、少女の顔を見る。
人形の様に小さな顔に大きな目、スッと鼻筋の通った鼻。
全体的に地味目ではあったもののよく見ると少女は、かなり整った容姿をしていた。
まさか、こんなに可愛かったとは......路地は薄暗いため、近づかれるまで気が付かなかった。
だが、自分の顔を見て、静止している俺を不審に思ったのか少女は、首をかしげて、聞いてきた。
「あ、あの......どうかしたんですか? オジサン......?」
ピキッ! と、その時、自分の中でなにかの音がした。
「誰が、オジサンだ! 誰が! 俺はまだ高校生だ! 分かったら、こんな薄暗い道通ってないで、とっとと学校行け! 学校!」
「は、はい! 失礼しましたー!」
いかつい顔に怒鳴られて、少女はピューと逃げる様に学校の方へと駆けていった。
ハァ......とその後ろ姿を見送ってから、俺は小さく嘆息する。
それと同時に一つの疑問が湧いた。
「あれ? そういやアイツ、俺と同じ学校なんだよな? その割には、見覚えねぇけど」
最も、俺としても学校の全ての女子生徒を把握しているわけではないので、そうであってもおかしくはないのかもしれない。
「まぁ、いいや。俺も学校行こ」
腕時計を見ると、始業まで、後10分も無かった。
遅刻するわけにはいかない。
それ以上、少女について考えることは止め、俺は学校に向かって走り始めた。
えー、この作品は、中学時代『俺ガイル』という呼称を略称だと知らず、ガイル顔の主人公のラブコメだと勘違いしてしまった自身の出来事を元に書いたものです。
正直、略称だと知るまで、マジでこんな内容だと思っていました。
次話は、そこら辺の詳しい誕生秘話のような話となっています。