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1.最後の悪あがき

 私のすぐ近くには勇者カイがいる。東方の民特有の黒髪黒目に、歴戦を生き抜いて来た屈強な体と、自身の身の丈まである神剣エターナルを振り回し一騎当千する姿は絶対的な強者の風格を漂わせている。エレガイア大陸で最強の戦士といっても過言ではないだろう。


 味方になっていれば、どれ程心強かっただろうか。


 そう味方ならば....



 私の私兵は勇者とその一行に無残にも倒されていってしまう。力の差をまざまざと見せつけられてしまうが、私はここで退くわけにはいかない。


 勇者カイは目の前にいる。

 とうとう、私は追い詰められてしまった。


「クリストフよ。もう良いのだ。この戦は負け戦だ。私はあの男に捨て駒としてここに置かれたのだよ。お前だけでも逃げなさい」


「私の命は主人(あるじ)さまのものでございます」


 私の忠実な部下のクリストフは無謀にも、勇者に斬りかかり、儚くもその命を散らしていった。



 現皇帝であるエアル陛下が前に出てきた。

 彼女の悲痛な叫びが響く。


「エフィデル!なぜっ!何故じゃっ!お前だけは欲に塗れた貴族達とは違うと思っていた。信じていたのに!」


「ち、違うのです!わ、私は、貴方様に忠誠を誓っております」



「では何故、お主は私が彼奴らに囚われた時に何もしなかったのじゃ!答えろっ!」



「知らなかったのです!ルドルフが勝手にやった事で、私はっ」


「知っていて何もしなかったのか!先代皇帝暗殺もルーナの民の虐殺も全て貴様ら元老院の仕業だとリディアから聞いたっ!貴様にはリディアを救ってくれた恩がある。せめて苦しまぬよう楽に逝かせてやるっ!」


 そう叫び糾弾したのは燃えるような赤髪の獣の民の男だった。男は獅子の姿に変わった。


 この男の言っていることは間違ってはいない。先代皇帝の暗殺は後で知った事だが、その責任逃れと怒り狂った民衆の対応に困った元老院は、ルーナの民に罪をなすりつける事で逃れた。そして悲劇が起きた。怒り狂った帝国民達はルーナの民を虐殺していった。


 それら全て容認したのはこの私だ。


 それがどれ程、罪深い事なのか知っていた。知りつつ、己の保身のためにルーナの民を見殺しにした。

 そして私の罪はそれだけじゃない。私は後で忠誠を誓ったエアル陛下が幽閉されたと聞いた後、何もしなかったのだ。


 ルドルフの報復が怖くて何もできなかったのだ。


「嘘じゃ。心優しいそなたが、そのような事を許すはずがない」


「その方の言った通りでございます。貴女のお祖母様であるミゼル様の暗殺も、ルーナの民の虐殺も、全て私の弱さが招いた事」


「そ...そんなのは嘘じゃ」


「残念ながら全て本当なのです。私は貴女に嘘はつきません。今まで、いえ....今でも貴方さまに忠誠を誓っております」


 私は、本心を告げた。


「嘘じゃ....い...いっじゃ....嫌じゃっ」


 エアルは泣き崩れてしまった。


「貴様っ!!ぬけぬけと開き直りやがってっ!我が同胞の恨み。貴様の汚れた血で赦されると思うなっ!」


 次に私を激しく糾弾したのは肩を震わせて怒り狂った、漆黒の翼の鳥の民の男だった。カラスの姿に変わった。



「「ウォーッ!!!」」


 戦場は獣の民の咆哮で響いた。その場にいた他の鳥と獣の民達は巨大な獣や鳥の姿に次々と変わっていった。その者達は私を殺そうと襲いかかってきた。


「止まれっ!」


 勇者は片手で止まる様に指示を出した。獣と鳥の民達は、戸惑い勢いを緩めた者と、そうでない者に別れた。数人が勢いを止めずに向かってきた。


「バリアッ!!」


 黒目黒髪の娘は防護壁の魔法を唱えて、防壁魔法を発動した。数人の獣と鳥の民は弾き飛ばされていく。数人の足止めは出来たが、先程、私を糾弾した赤い獅子の男とカラスの男の勢いは消しきれなかった様だ。防壁魔法は壊された。勇者は私を庇い、ツメとクチバシが勇者の背中に突き刺さる。


「っ、二度は言わんっ!下がれっ!」


 勇者が激しい形相で恫喝した。その姿を見た、全ての獣の民と鳥の民は己の変身を解くと、渋々といった様子で下がっていった。



 そして、目の前にいる勇者は私に剣を突きつけた。


「私は止められなかった。止められなかったのだ」


「それなら、その武器を捨てて俺たちと共に来い。ルドルフを討った後でお前の処分は決めるっ!」


「それは出来ぬ。ルドルフ殿に今、不興(ふきょう)を買われては困るのだ」


 私は杖を握りしめた。


 ルドルフは今も私たちの事をマジックアイテムである映像投影水晶で見ている。

 だから、絶対に退くことなど出来ぬ。


 孫娘を人質に取られている以上、私に退くという選択肢など残されていない。



「っ!お前はっ....!」


「クイック・ヒール」


 勇者に回復魔法を唱えた女性がいた。忘れもしない。ルーナの民特有の白い翼。ルーナの王女リディアだ。私は彼女に謝らねばならない。


「リッ、リディアよ!すまなかった。私はあの日ルドルフ殿を止めなかった事を後悔している」


「.......」


「私の罪を許してくれ。どうか!」


「......あの時、私を救って下さった事には感謝しております。しかし、私からは、貴方に伝える言葉は何もありません」


「そんな......」


 私は膝から力なく崩れ落ちてしまった。

 リディアは後ろへ下がっていった。



 勇者は私の側に来ると目線にしゃがみ込んで話した。誰にも聞かれぬように声音を抑えて。


「あんたは忘れたかもしれんが、あんたは昔、奴隷だった俺と妹を助けてくれた。あの時、助けてくれなかったら、きっと今頃、俺と妹はのたれ死んでただろう。出来ればあんたを殺したくはないんだが?降伏してくれないか?」


 すっかり忘れていたが、12年ほど前の出来事だったか。街に出向いた時に奴隷商人に酷い仕打ちを受けていたボロボロの少年と少女を買った事があった。少しの間だけ共に暮らしたが、今とは見違えていて気づきもしなかった。しばらくして、二人は私の知人の孤児院に預けられた。


 そうか、そうだったのか。痩せ細り、今にも死にそうになりながらも、少女を抱きしめる様に庇い、奴隷商人から鞭を背中に打たれていた少年が勇者カイだったのか。では、先ほどの防壁魔法を発動した黒髪の娘があの時、少年に鞭から庇われていた少女だったのか。



 私も誰にも聞かれぬように、答える。


「では、私の孫娘が人質になっている。助けてやってほしい。名はローラという。この杖は私が死んだらローラに渡してくれぬか?」


「ああ。分かった」


 勇者は立ち上がると私と少しだけ距離をとった。

 勇者は私の散り際まで、考えてくれたようだ。私は勇者に心の中で感謝をする。


 私はここで死ぬしかないのだ。今思えば、私の人生はなんて惨めだったのだろうか。強者に従い続け、無様にも利用されて死んでいく。最期くらいは私が強者に抗ってみせよう。


「勇者っ!覚悟せよっ!」


 私は勇気を振り絞って杖を振りかぶって走り出した。


 勇者は私に哀れむような目を向け、神剣エターナルを振りかぶる。


 ああ。私はここで死ぬのだろう。最後に愛する孫娘の顔を見たかった。


 女神よ。貴女が本当にいるのならば。


「......どうか.....お、許し......」


 視界が霞む。痛みは一瞬だった。


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