人生をあげよう
ほとんど独白です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「それでは,生徒会長から一言お願いします。」
俺は,もうほとんど思い通りには動かない体に鞭を打って,ゆっくりとマイクを握った。
「一言では済まないかもしれないが,生徒会長も今日で終わりだから最後までつきあってくれ。皆,悪いな。
俺は,生粋のゲイだ。だからこそ,この学校が大嫌いでしかたなかった。いや,語弊があるな。今でも死ぬほど嫌いだ。
この山奥にある閉鎖された男子校は,俺にとって地獄のような場所だった。お前たちの中に俺のような奴は何人くらいいるんだろうな。きっと,とても少ないと思う。
昔から,この学校では同性愛という風潮があって,男同士で付き合って,セックスして。・・・俺から言わせてみれば,そんなもんは同性愛じゃない。女がいないから男にはしる,それだけだ。男を抱いた奴も,男に抱かれた奴もここを卒業したら,そんな事実なんてなかったような澄ました顔で生きていく。歴代の先輩方を見れば,わかることだろう。
でもそれは,俺らからしたら侮辱的で惨めなことなんだよ。
心から愛した男は,結局は自分を選ばない。稀に,幸せになることもあると思うけどな,ほんとに極僅かだ。選ばれたと思った自分は,その一時だけの欲に流されただけの都合の良い相手で,最後は自分が選ばれない側に成り下がる。愛した奴は女と幸せになっていく。自分はボロボロになっていく。
これほど,惨めなことはないだろう?そう思わないか。別にお互いに一時の相手だと割り切った関係だったらいいけどな,そうじゃない奴の気持ちを考えたことあるか?
この学校は人でなしばかりだ。過去の慣例を漫然と受け入れ,人の気持ちを汲み取る思いやりが麻痺しちまった場所だ。だから俺は,それに気づかないこの学校もお前たち生徒にも何の期待もしていなかった。もちろん,この学校で誰かを好きにならないし,そういう関係を誰かと結ぶこともしないと誓った。
でも,心の底では誰かに愛されたかったし,だれかを愛したかった。
だからだろうな,お前らが安西に夢中になったのを見て憎らしく思ってしまったのは。
どんなことをしても,何を犠牲にしても欲しいと思われる安西が妬ましかった。なりふり構わず安西が欲しいと思えるお前らが恨めしかった。俺の欲しいもの持っていたから。俺の知らない感情だったから。
だけど同時に憧れてもいたし,尊敬もしていた。そこまで必死になれることが,とても素敵なことだと思った。
お前たちなら,ずっと互いを選び選ばれる関係を築いていくんじゃないかって。信じたいと思えた。
だから,安西が誰かを選ぶまでお前らが生徒会の仕事をどんなにサボろうが,俺に対する噂がどれだけ流れようが,お前らの幸せを思って一人で仕事を頑張った。頑張ってきた,今日まで。仲間のためだと思ってな。
だけど,1ヶ月ぶりの定例集会でこんな仕打ちを受けるとは思わなかった。」
俺は震えそうになる声を抑え,小さく息をついた。
「久しぶりに顔を見れたと思ったら,やっといい報告が聞けるのかと思ったら。俺の強制退任だと?一瞬,何の聞き間違えかと思った。しかも,理由が仕事放棄・授業放棄,挙句の果てには生徒会室での淫行行為だと?この俺が?なあ,本気で言ってんのかそれ?
加えて,全校生徒同意のもとだと?お前らは何を聞いてきた,何を見てきた。俺がずっと一人で生徒会の仕事をやってきたんだぞ?授業なんか出てる暇があると思うか?人と会う時間すら惜しかったのに,誰かとセックスしてる暇があると思うのか?
お前らのために身を削って仕事をしてたんだ。文字通り身を削ってな。その結果がこれか?
お前たちを信じようとした俺がバカだったのか?
・・・誰かなんか言えよ!!!
それとな,高校卒業はもつからって,お前たちには言ってなかったけどな,俺実は癌なんだ。」
誰かがえ,と言った気がするが俺は気にせず話続けた。
「おかげでここ最近の無理がたたって,あと3年くらい大丈夫だったのが1年になったけどな。それでも,お前らのためなら俺の寿命くらいやるって思ってた。その見返りがこれとか,もはや笑いの種だけどな。実は,今こうして立って喋ってるだけでも相当辛いんだわ。まいっちゃうよな,ほんと。
だからな,お前らがたらたらと俺になんか言ってるときに考えたんだよ。
俺,学校辞めるわ。
最後くらい自分に素直になってみようと思って。
死ぬ前に誰かを愛してみたいんだ。愛してほしいなんて贅沢は言わない。愛してくれなくていいから,全力で,俺の命すべてをかけて誰かを愛するってことを知りたいって思った。俺に愛を教えてくれる奴に,俺の人生をあげようと思うんだ。
そのためには,この学校じゃ無理だ。やっぱりダメだった。
今までは一応,生徒のため~とかお前らのために~とか頑張ってきたけど,最後くらい自分のために頑張ってみようかと思ってな。今回の事で踏ん切りがついたわ。ありがとな。あ、これ嫌味じゃないぞ。本当に感謝してる。
邪魔者の俺はもういなくなるから,皆,元気でな。俺のことはそういえばいたなって程度の記憶でいいから忘れないでくれると嬉しい。
じゃあ,手続きとかしたいからもう行くわ。
二度と会わないと思うけど,またな。」
最後くらい格好つけたくて振り返らず,ホールを後にした。
ホールを出た先で,眩しいくらいの緑が目に入った。
「そうか,もう夏だったのか。」
「1年くらい前は,結構辛い時期だったんだけどな。今は,お前のおかげで幸せだよ。」
そういいながら,俺の手を握ってうつ伏せで寝ている奴の髪を優しく梳いてやる。軽く身じろぎをする姿がかわいくて愛おしくてなんだか切なくなった。
窓の外を見ると桜が咲き始めようとしていた。
「夏はまだ先だなー・・・」
そのままぼーっと桜を眺めていると急に眠くなってきて,こいつもしばらく起きないだろうから少し寝よう。
瞼を閉じると,瞳の裏に眩しいほどの緑がよぎった気がしたが,すぐに意識を手放した。
今年ももうすぐ夏が来る。今度は一人じゃないだろう。
ああ,俺の人生をお前にあげれてよかった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
まさかの安西君しか名前出てきませんでした。「俺」や「お前ら」,「俺」が人生をあげた奴に関しては,シリーズとしてもう少し書いていこうかなと考えています。私自身,この悲しい感じのままでは終わりたくないので。