暗闇の行進
気づいたら晶はそこに立っていた。
辺りは暗くどんな場所かはわからない。
だが周りは多くの人に囲まれていた。
周囲は暗く何があるかもわからないのに人の姿だけははっきりとわかる。
そのことを不思議に思いつつも晶はなんでこんなところにいるのかを考える。
「…俺は事故にあったはずだ、だというのに俺はここにいる。…なんでだ。…奇跡的に生き残った?いや、あの怪我から生き残ったとしても立って歩けるはずがない。ならアレは夢だった?いや、でもここは…」
いくら考えても答えは出ず、ふと周りを見ると自分以外にも人がいることを思い出す。
「そうだ、周りに人がいるんだから聞いてみればじゃないか。……すみません、少しお聞きしたい事があるのですが」
近くにいた男性に話しかけてみるがなんの反応もない。
「あの、すみません。お聞きしたい事が、あるの…ですが…」
聞こえていなかったのかと思い男性の顔を覗き込みつつ、先程より大きな声で話しかける。
が、その声は次第に小さくなっていった。
その理由は、話しかけた男性の表情になんの変化もなかったからだ。
普通ならどれほど無視しようとそれなりに表情か態度に反応があるはずだ。しかしこの男性はそのどちらも無かった。
まるで人形のように。…もしくはすでに死んでいるかのように。
晶は知らないうちに後ずさりをしていた。しかし周りには多くの人囲まれているのだからそんな事をすれば必然
「あっ、すみません」
ぶつかってしまった人物に反射的に謝るが、反応は無く無表情に前を向いたままだった。
晶は恐る恐る他の人物に触れてみるが、やはりというべきかなんの反応もない。
周囲の人物を見ていると晶はあることに気づいた。
「…こいつら、動いてる?」
人間なのだから動くことになんの不思議もないはずだが、そうではない。
彼らは微動だにせずにそこに立っている。瞬きも呼吸もせずにだ。
そんな彼らだが、じわりじわりと一つの方向に進んでいるような気がする。
否、気がするではない。実際に進んでいる。
よくよく彼らを見てみると、全員が列を成し同じ方向を向き、同じタイミングで歩いている。
その光景はまるで軍隊の行進の様だが、行進を行なっているのは軍隊ではなく死者の様な者達だ。
まともな感性の持ち主ならばその光景を不気味に思ったことだろう。
「お、おい。あんた達一体どこ向かってんだよ!」
その異様な不気味さに、そして自分がその中にいる事の不安から、反応がないとわかっていても晶は声を上げずにはいられなかった。
だが、やはり何も起こらず、あげた声が虚しく消えていく。
「くそっ、こんなやつらといられるかっ!」
晶はヤラレ役の様なセリフを吐きながら人を押しのけて集団の横に出る。
先程の集団から少し離れ眺めてみると、やはり列を成して進んでいる様だった。
列の外から彼らをみるとやはり不気味の一言だった。
彼らは足を大きく動かしはしない。摺り足の様な歩きで少しずつ前に動いている。
それはあたかもコンベアで運ばれる人形の様だった。
「…さて、どうするか」
晶はその光景を意識の外におきこの後のことを考え始める。
しかし、列から抜けたからといって何をどうすればいいかもわからない。
もともと目的があったわけではなく、あそこに居たくなかったから列を抜け出してきたに過ぎない。
いつまでもぼけっとしているわけにはいかず、辺りを見渡してみる。
相変わらず何もない真っ暗な場所が続いている。
先程までとの違いは周りに人がいるかいないかの差でしかない。…もっともアレを人と呼べるかはわからないが。
ともあれ、何かないかと必死になって探していると何かを見つける。
「…あれは人か?」
遠くにある何かは動いている様に見えるが、それがなんなのかまでは分からない。
もし本当に人型であったとしてもさっきのアイツらと同じである可能性は低くはない。
それなのに先程のセリフが出てきたのはそうであってほしいという願望のあらわれだろう。
俺はその見つけた何かに向けて走った。
あれは人であってほしい、人であるはずだ。
そう思いながら人生の中でこれ以上ないというくらいに全力で走り、徐々に近づいていった何かは予想どおり人型だった。
「…ハァ、ハァ。……お、おーい。そこのあんた、聞こえてたら返事をしてくれ!」
だが一向に返事はない。その事実に一瞬足が止まりそうになるが、それでも俺は足を止める事なく走る。
その人物は後ろ姿からして女性の様だったが俺の声に反応する事なくふらふらとおぼつかない足取りで前に進んでいく。
その女性に反応は無くアイツらと同じに思えたが、俺には彼女はアイツらとは違って見えた。
だってアイツらは前に進むにしても動いた事がわからないくらい静かに動き、そのほかは微動だにせずにいた。
それに比べて目の前の彼女はどうだ。こっちの声に反応はしないがアイツらとは全然違う動きをしている。
彼女は本物の人間だ。きっと俺より先にこの場所にきて動きまわってたら疲れてしまったのだろう。そうだ、反応がないのも疲れすぎて体の調子が悪くなってしまったのだ。だからきっと俺の声が聞こえていないんだ。
そして重くなりかけた足を必死に動かし更に近づきながら再び声をかける。
「おい、聞こえてんだろ!……なぁ、たのむよ。……へんじを、してくれよ」
だがしかし、女性からの返事は無くかける声も次第に小さくなっていく。
必死に走っていたはずの足はいつのまにか歩いており、今では前を進む女性より少し早い程度になっていた。
それでも尚、女性に追いつける速さで歩いているのは最後まで希望を捨てていないというべきか、諦めが悪いというべきなのか…
遂に女性に手が届く場所まで近づくことができ、その肩に手をかけようとするがその瞬間手が止まる。
もし、この手で触っても反応がなかったら、おれはどうすればいいんだ…
そんな弱気な、しかしまず間違いないだろう考えがよぎった。
だが、このままなんの進展もなくいるわけにはいかない。
俺は何の為にここまで走ってきたんだ!と自分を叱咤し、思い切って女性の前に周りその両肩を掴み顔を覗く。
「………だれか。…だれかいないのかよ。アイツらと俺以外のだれかは」
そして晶はその場に頽れた。