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BOXING ー少年よ、ゾーンを掴め!ー

作者: 君月 満

僕は一時期、とある事情により「相手からの拳による攻撃に対し、勝たなければならない」状態を強いられていた。そのため、ボクシングを習った事がある。空手や少林寺拳法など、蹴り技がある格闘技にも興味があったが、近隣に優れた指導者が居なくて、結果的にボクシングの道を歩む事になった。


ボクシングは簡単に見えて華々しく、カッコイイスポーツであるが、実際に行ってみると、とても「疲れる」スポーツでもあり、更に「怖い」スポーツでもある。経験者には分かると思うが、3分間、腕を全力で振り回す事は、それはもう大変な作業だ。鼓動が早まり息が上がる。口は乾き、視界は狭ばる。なおかつ、対戦相手も同じく全力で拳を交互に突き出し、自在に腕を振り回してくるので、パンチが我が身に当たれば痛いし、アゴに当たれば、脳しんとうを起こす。いわゆる「効く」状態となり、短時間、気絶する場合もある。これは怖い。とてつもなく怖くて、出来れば避けて通りたい道だが、当時の僕にとっては不可避な道であった。


逆に、パンチを相手に当てれば、相手が痛い思いをする。お互い痛い思いをしたくないから、必死に手数を増やそうとする。いわゆる、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」状態なのだ。自分が勝利という虎子を得るためには、相手を攻撃しなくてはならない。守りのみでは、当然ながら、勝利は得られないのだ。 自分のパンチが当たる距離は、相手のパンチが当たる距離でもある。お互いの心情はまさに炎上状態で、「わーっ」てなもんである。何かを考える余裕なんてのは一切無い。感覚の世界、感覚の時間と言うべきか、お互い脊髄反射的に振る舞うので極めて無垢だ。拳による思考のない会話。言葉の無い濃密なコミュニケーションでもあり、ある意味、神聖とも恍惚とも言えるだろう。


なので、いいだけ必死にどつき合いをしたのに、試合後は不思議と優しい安堵に包まれる場合もある。特別な時間を過ごした2人にしか分からない相手への理解が生まれる。僕も自覚した事があるし、TV視聴で、しばしばそれが確認される事もある。ボコボコに腫れた顔面で、笑顔で相手を称え合うのだ。


ボクサーには、いわゆる「ゾーン」と呼ばれる瞬間がある。これは、マラソン選手によく聞かれる「超感覚的体験」だ。「ランナーズハイ」がそうである。スポーツ選手に限る話しではなく、テーブルゲームやモータスポーツ、歌手、アーティストなど、人間が繰り出す、ありとあらゆる「シーン」で、それは得られるのだ。周囲の景色がスローモーション、または、止まって見える。その上で、自分は極めて冷静かつ正確に速く動けている。そして、それまでに蓄積された疲労を感じていない。ボクサーにおけるゾーンとは、つき詰めると、相手が止まって見えている状態を指す。なので、強烈なカウンターパンチを見舞う事が出来る。クリティカルヒットを受けた相手はすべからくダウンする。「神の右」または「神の左」と呼ばれる一撃必殺のパンチだ。


この「ゾーン」については、僕の少年時代の記憶において、確かに残っているものでもある。先ほど記した、「とある事情」とは、僕の少年時代における父からの虐待体験を指す。最近でも、よくニュースに見られており、酷い例だと、致死に至るまでの内容もある。僕は父から日常的に頭に拳を打ち付けられており、母からは階段から突き落とされた事もあった。これらは、打ち所が悪かったら死んでいたかも知れない。躾を既に通り越して、もはや暴力であった。


僕にだって自我の世界があり、生きなければならない本能がある。いくら両親からの仕打ちとはいえ、危険があると思えば、何らかの対策を考えなければならない。力では抗えない。しかも、小学生の僕には自活は到底無理な状況…。そうなると、なりふり構わず助けを請うか、どこかに逃げるか、耐えるしかない…。


僕は耐える手段を選んだ。どう耐えるか?それは、その「シーン」を客観視する事であった。相手からの攻撃に備え、今現在の「シーン」から展開する事象について先読みする心構えを怠らない作業を繰り返した。自分や相手の言動から予想される次の展開を何パターンかに分けて仮説を立て、それが相手からの攻撃という展開に結びつかないように、次の言動を用意する。その作業を究極に行う。僕は先読みし続けた。その結果、少年の頃の僕は「ゾーン」を掴んでいたように思える…。いや、掴んでいただろう。それも自由自在に。子供ながらであるが、感覚を研ぎ澄ました最到達点では、電話が鳴る予測や次のTVCMで誰が出演するか、までも予想を当てていた。まぁ、それは偶然だが(笑)。そして、気が付けば、両親からの暴力を回避する回数が激減していた。


人生色々。老若男女だって色々。みんな生きている。生きているから色々ある。それぞれの日常が交差する社会。家族は社会の縮図であり、みんなそこからまずはスタートする。


少年よ、ゾーンを掴め。そして、感覚を研ぎ澄ませろ。男たる者、オギャーと生まれたからには、大切な何かを守るために、否応なしに奮い立たなければならない時がある。それが、負ける展開であってもだ。常勝を望むな。ほどほど得られたら、それで良いではないか。


守るべき何かが守られたら、それで良いではないか。






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