第11話「紫鏡《パープルミラー》の怪」
第11話「紫鏡の怪」
周りの部分が紫ならまだしも、鏡面まで完全に紫に染まっているのは明らかにおかしい。
カイトが鏡に触れてみる。
「どうだ?」
「微かにだが、魔力を感じる。恐らく、霊魔の仕業だろうな」
やっぱりか。でも、何故うちの風呂場に?
「ど、どうするの?」
シュウは怯えている様子だった。
「ひとまず、様子を見るしかないだろ。向こうから何かしてくる気配もないしな」
シュウには悪いが、とりあえず今日は我慢してもらうことにした。一応、定期的に様子は見るようにはしていたが、その日は特に何も起こらなかった。
ちなみに、その日の夜、カンナは寝るまでずっと震えながら俺に抱きついていた。
「ユウタ寝た?」
「...起きてます」
「私が寝るまで起きててね...」
地獄か。早く寝たいんですけど。結局、カンナが寝たのは11時を過ぎた頃だった。
次の日の夕方
「行方不明?」
「うん。昨日、夜遅くまで学校に残っていた生徒が家に帰ってこなかったって、保護者から連絡があったみたいで...」
「友達の家とかは?」
「先生達もいろいろ確認したみたいだけど、どこにも居なくて...私も、その線は無いと思うの...」
「なんで?」
「...紫鏡の前に、その子の携帯が落ちてたらしいの。」
なるほど...言いたい事は何となくわかった。
「鏡に吸い込まれたんじゃないかってか、断言はできないけど、何とも言えないな...」
昨日の件もあったし、本当に何とも言えない。ひとまず、カイトとシュウにも知らせておくか。
俺は2人を呼び出したが、シュウだけが現れない。
「あれ?あいつ寝てんのか?」
まだ夕方だぞ?店も閉めてないし、ついさっきまでいたよな?俺たちは2階に上がった。
「シュウ?ちょっと話があんだけど来てくれるか?」
返事はない。シュウの部屋を開けるが、中には誰もいない。
「いや、まさかな...」
嫌な予感が脳裏を過る。他の部屋も確認したが、やはりシュウは見当たらない。
「さっきまでいたよな?」
「あぁ、俺に「トイレに行ってくる」って言ってたぞ」
「しゅ、シュウくんまさか...」
残りはトイレと風呂だ。
「シュウ?入ってるのか?」
トレイのドアをノックするが反応はない。鍵が開いていたので中を確認したが、やはり誰もいない。
「ユウタ!」
風呂場を見に行っていたカイトが何かを見つけたようだった。
「いたか?」
中を覗くと、何やら荒らされた形跡があった。そして鏡の下には
「これ、シュウの槍じゃないか?」
そこには、シュウが使っていた槍が落ちていた。
「まさかあいつ...」
俺は鏡の方に目を向ける。
鏡は、昨日に増して色が濃くなっていた。
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「学校に乗り込むぞ」
「お風呂場の鏡じゃないんですか?」
「あれは恐らく分身みたいなもんだ。本体は学校の奴だ」
カイトがそう説明した。
「何らかの事情で、どんどん増えているんだろう。理由はわからないけど、うちの鏡、元は普通の鏡だしな」
うちの鏡が紫鏡になった理由も気になるが、今はシュウを助ける事が優先だ。あいつはおそらく2階に上がった後、昨日の鏡のことが気になって覗きに行ったら紫鏡に襲われたんだろう。鏡の近くに落ちていたシュウの槍は、あいつが俺たちに残したサインなのかもしれない。
時刻は夜の10時、俺たちは魔導学校に向かった。
~魔導学校 別館入口~
「...閉まっているな」
「カンナ、中から開けられる?」
「むむむ...ここの鍵、魔法でロックされてるな...少し時間くれれば...ほい」
鍵が開いた。さすが悪魔族だな。
「よし、入ろう」
俺たちはそのまま4階の鏡がある場所まで向かった。
「着いた...」
俺はライトで鏡を照らした。
そこにあった鏡は、うちの風呂場にあった物よりも大きく、かなり色が濃かった。
「それで、どうするんですか?」
「『闇喰』で、少しいじってみる。こいつが霊魔なら、何か反応する筈だろ」
俺は左手を鏡面につけ、『闇喰』を発動した。
その瞬間、「キーン」という音が鳴り響き、鏡の中から無数の半透明な腕が出てきて、俺の腕を掴んだ。
「うわ!」
無数の腕は俺を鏡の中に引きずり込もうとしていた。かなりの力だ...このままじゃ吸い込まれる!
「ユウタ!」
カイトが引っ張り出そうとしたが、間に合わなかった。
「うおぉぉ!?」
腕の力に敵わず、俺はそのまま鏡の中に吸い込まれてしまった。
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「いててて...こ、ここはどこだ?」
周りを見渡すが、何も無い。ここが鏡の中の世界?イメージと違うな...てっきり、俺らと同じ世界の左右逆バージョンかと思っていたが、ここには何もない。いや、ところどころに鏡?のような物が見える。俺はそのうちのひとつを覗いてみた。中は...トイレか?他のも覗いてみる。こっちはうちの風呂場だ。こっちは誰かの部屋か?
なるほど。ところどころにある鏡と、この世界は繋がっている感じだな。って事は、もしかしたらシュウもこの世界にいるかもしれないな。
「シュウ!いるかぁ!?俺だぁ!ユウタだぁ!!」
「ユウタ!?」
遠くからシュウらしき声が返ってきた。やっぱり誰かいるんだ。俺は声が返ってきた方を確認した。奥の方から2人走ってくる。シュウと見知らぬ女の子だった。
「シュウ!無事だったか」
「なんとかね。ユウタも鏡に引きずり込まれちゃったの?」
「学校の鏡にな。その子は?」
シュウの横にいる、ミーナと同じ魔導学校の制服を着た三つ編みおさげの女の子が気になった。
「この人、昨日鏡に吸い込まれたらしくて、俺より先にこの世界に来てたんだ」
昨日?って事は
「君が学校で行方不明になってた子か」
「そう...みたいですね」
「知ってたの?」
「はい。こっちからは鏡を伝って元の世界の状況が見れたので」
なるほど。まぁ、とりあえず2人とも無事みたいで良かった。あとはここから出る方法だが...
「多分、本体を叩くしかないだろうな」
「でもどうやって?」
「俺の能力で奴を倒す。でも、この数の中から本物を見分けるのはさすがにきついな...」
こっちの世界にある鏡はパッとか数えただけでも100以上はありそうだった。正直ひとつひとつ『闇喰』で喰らうほどの魔力はない。いったいどうすれば...
「あ、あの」
女の子が何かに気付き始めた。
「ここの鏡って、全部同じ色に見えますけど、少しだけ色の濃さが違う気がしませんか?」
色の濃さ?確かに、よくみたら若干薄いものもあれば、少し濃いめの鏡もある。そういえば、うちの風呂場にある鏡より、学校の本体の方が違いがわかるぐらいかなり濃かった。って事は....
「1番濃い色している鏡が本体かもしれない。手分けして探してみよう」
ってなわけで、俺たちは1番色が濃いであろう本体を探し始めた。そして、10分が経った頃だった。
「ユウタ!これ!」
シュウが何かを見つけたようだ。俺たちは急いでシュウの所に向かった。そこにあった鏡は、学校の4階で俺をひきづり込んだ鏡と同じぐらい、いや、それ以上に濃い色をしていた。
「見つけたな...多分コイツ、俺の能力の発動を邪魔してくると思うんだ。そしたらお前が援護してくれ」
「わかった」
女の子には、俺の後ろで隠れるように待機してもらうことにした。万が一、俺がまた鏡の中に引きずり込まれそうだったら、引っ張ってもらうようにお願いした。
「よし、それじゃあやるぞ」
左手を鏡面に付け、『闇喰』を発動する。その瞬間、また「キーン」という音が鳴り響いた。この音が鳴ったってことは、くる!俺の予想通り、鏡の中から無数の半透明の手が出てきて、俺の腕を掴んだ。
「シュウ!俺の腕は切るなよ!?」
「わ、わかってるよ!『風切』!」
風の刃が、無数の腕を切り裂いていく。よし!この調子なら...
「キャー!」
後ろから女の子の悲鳴が聞こえた。何が起きた?
「ユウタ!後ろの鏡からも手が!」
「ハァ!?」
後ろを振り向くと、別の鏡から伸びた手が彼女の足を掴んでいた。そうか、コイツ鏡の中を自由に行き来できるなら、どこからでも現れることが可能なのか。ともかく今は女の子を守ることが優先だ。
「シュウ!その子を守れ!」
「任せて!『風切!』」
だが、違う鏡からも手が出てくる。
「あんま時間が無いな...早くコイツを何とかしないと!」
だが、鏡から出てくる無数の手が邪魔で、なかなか喰らうことができない。このままじゃ全員やられる...こうなったら、危険だけどやるしかない!
「ウオォォォォォォッ!!『魔力解放』!!!」
一度に使用出来る魔力の上限を一時的に解放する。これで、一気に決める!
「コイツを喰え!『闇喰』!!」
鏡が割れる音がして、紫色の光が俺たちを包んだ。光に包まれているとき、微かに女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がした。その悲鳴は、どこか悲しそうだった。
「.........へ?」
俺たちは、気づいたら学校の4階にある紫鏡の前に座っていた。後ろを振り向くと、カイトたちが驚いた顔でこちらを見ていた。
「た...ただいま...」
次の日の朝〜「Bonds」店内にて〜
「本当にありがとうございました!!」
以前「ハサミ女」の依頼を持ってきた女の先生がお礼を言いに来てくれた。(詳しくは第3話「ハサミ女」を読んでみよう)
「いえいえ、今回の件についてはうちも関わらざるを得なかったんで...」
俺はチラリとシュウの方に視線を送る。って、目をそらすんじゃない。いやまあ...相手は霊魔だったわけだし、仕方がないか。
「それで、あの鏡はどうしたんです?」
俺らが鏡の世界から脱出した後一応確認をしたが、魔力の反応は感じず、ミーナ曰く色も元の色に戻ったみたいだったが、あんなことがあったのだから、学校側も置いておきたいとは思わないだろう。
「その事なんですが、生徒達からも君悪がられていたので、処分することが決まったんですよ」
だよな...
「でも、校長が「処分は許さない」とおっしゃって、今は校長室に飾ってあります」
「え!?」
「なんでも、昔の教え子が作った物らしくて「私が見ておくから大丈夫だ」って言ってそのまま校長室に...」
「なるほど...」
あの校長、ほんと何考えてるかわかんないな。
「それで、報酬についてなのですが....」
「あぁ、今回は依頼じゃないので大丈夫ですよ」
「でも...」
先生は少し困った顔をした。...あークソ!年上のお姉さんの困った顔なんて見たくないんだよ。でも、今回は依頼じゃないし、さすがにお金をもらう事は...そうだ
「ひとつだけお願いというか、まず確認なんですけど」
「?...はい」
「そちらの魔導学校って確か、10歳から通うことが可能でしたよね?ならば、うちのシュウを学校に通わせたいんですが」
「え!!?」
シュウが驚いた顔でこちらを見た。
「私というか。学校的には問題ありませんが...」
「それじゃあ、あいつのことよろしくお願いします」
「わかりました。一応、校長の方にも確認を取っておきますね。決まりましたらまたこちらに伺います」
そう言って彼女は帰っていった。
「ちょ、本気で言ってるの!?」
「嫌だったか?」
「嫌...ではないけど、俺、勉強なんてできないよ?森に入ってからは一度もしてないし」
「なら学校で学んでこいよ。わからないことがあればミーナもいるし。何より、同世代の友達も欲しいだろ?」
「うん...」
少し強引かもしれないが、シュウはまだ子供だし、これから学べる事はたくさんあるはずだ。
「嫌なら行かなくてもいいだぜ?きっちんは俺1人でも間に合ってるしな」
カイトが笑いながら言った。
「い、行くよ!前から少し興味あったしな!」
学校には興味があるみたいだった。まぁ、シュウは何だかんだ真面目だし大丈夫だろう。
さて、今日も一日頑張りますか。
第11話 完