猫な上司と未熟者
※作中にグロテスクな表現があります。
予めご了承の上お読み頂きますようお願い致します。
退魔師…という職業は、非常に特殊であるという事は想像に難くないだろう。
人の世に害なす魑魅魍魎を時に祓い、時に封じる。
かの偉大なる陰陽師…安倍晴明が術をもって悪鬼悪霊を封じる様が退魔師のイメージとしては一般的であるようだ。
だが実際のところ、そんな[綺麗なイメージの退魔]は殆ど無いに等しい。
任務を終えて本部へ帰還中だった神奈は、途中急な指令を受け、独り鬱蒼とした森の中を進んでいた。
(…血なまぐさい、近いな)
鼻をつく鉄錆びたような濃い血臭と澱む空気。
まだ昼と呼べる時間帯であるにも関わらず、光の届かぬその場所は重苦しい程の澱みに満ち、生命の気配が絶たれてしまっていた。
携えた霊刀の刀身に霊紋を纏わせ、霊符に指を這わす。
(喰らってるのは…獣の死肉に群がっていた小鬼どもか)
チリリと頬に焼けるような緊張が走り、じっとりと汗が滲む
これ以上、同族喰らいで力を付けさせるわけにはいかない。
パキ…ッ ペチャッ…
血を啜り肉を食む
同族を喰らって肥えた醜い巨体を揺らし、ソレは振り向いた
血の糸が引く赤く濡れた口を、ニタァ…っと歪めて
一瞬の迷いが命取りとなる
空中に放った霊符を迅速に発動させ、ぶくぶくとした巨体を斬り伏せる。
噴き出す赤はどす黒く、避けきれずに浴びてしまった部分がぬらりと生温く気持ち悪い。
ガッ!
ゴツゴツとした岩のような拳が振り抜かれるのを寸のところで躱し、霊符を放つ。
「急急如律令!」
発動準備が整っていた霊符はすぐさま展開を始め、邪を切り裂く紫電の刃となって目の前の悪鬼を貫いた。
グギャアァアアァァァァァァ…ッ
不快な断末魔を残して倒れたソレを見遣ると、霊刀を鞘に収め神奈は静かに息を吐く
(どうにか…倒せた…)
連戦故の心許ない装備と体力で倒せた事に、神奈は喜びよりも安心感を覚え、肩の力を抜いた。
ギジャアァァァアアア!!!
「!!?」
普段ならしない凡ミス
死力を尽くしての一撃は恐ろしく速く、神奈の臓腑を抉りとる
…はずだった
「…完全に滅するか封印するまでは絶対安心するなと、教えたはずだけど」
「せ…んぱい」
ゴトリと重い音を立てて落ちた悪鬼の腕
「まだまだ未熟な僕の可愛い部下に手を出そうとしたんだ…封印なんて、してやらんよ」
逆立てたグレーの毛並み
剥き出しの牙
普段は愛らしい猫の手先には、凶悪な程の霊紋が宿る
「滅しろ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「あら?神奈さん、そのマークは?」
「…未熟者マークだそうです」
報告書を上げに行く途中、すれ違う人全てに凝視された。
皆面白そうに眺めるばかりで、話しかけてはこなかったけれど。
額のど真ん中に押された肉球マーク
いつもの倍は霊紋を練り込んで押されたから、これは多分暫く消えないパターンだ。
でも
(…ちょっと、うれしかった)
助けに来てくれて
叱ってくれて
大切に思ってくれていて
「猫になってしまっても、うちの先輩はやっぱりすごいです」
「あらあら」
相変わらず仲のいい師弟ね、なんて
そんな言葉がくすぐったい
(今日のおやつは、先輩が好きなわらび餅にしようかな…)
猫にわらび餅をあげても大丈夫なのかな?
そんな事を考えながら、神奈は猫上司の待つ執務室へゆっくりとした足取りで向かっていった。