上司が猫になってしまった話
上司(先輩)→猫
部下(後輩)→神奈
「…で?これは一体どういう事なのでしょうか」
「見たままだよ、神奈…呪詛返しに失敗して、猫の姿になってしまったんだ」
上品なグレーの毛並みに、ピンと立った形の良い三角耳。柔らかい肉球のついた手足の先は靴下を履いたように白く、アーモンド形をした目の色は人間だった頃と同様、優しい黒を宿している。
いやはや、困ったねぇ
口ではそう言いながら、特別焦った素振りを見せるわけでもなく、上司はのんびり毛繕いを始めた
「上層部は何と…」
「姿が猫であること以外は特に問題がないから、今まで通り任務をこなしながら元に戻る方法を探せだってさ」
「……姿が猫になってる時点で大問題だと思うんですがね…」
怒りと呆れが混じった溜め息を吐く
我々[退魔師]は古より人の世を魑魅魍魎から守る剣であり盾であり、駒である
雑な扱いを受けることには慣れているが、これは…
「…あんまりだよなぁ」
「まぁそう言うなよ、神奈」
ポツリと溢れた本音を、猫がたしなめる。
「研究部に『貴重な症例』として被験体にされなかっただけ、僕は有難いよ」
「そんな事になったら、うちの式神全部引き連れて暴れてやりますから」
研究棟なんて、跡形もなくぶっ壊してやる
「穏やかじゃないねぇ」
カラカラと楽しげに笑う猫を複雑な思いで見遣る
この人はどうして…
目の前にいる柔らかい毛玉を抱き上げてみた
温かくてずっしりと重い
「……生きててくれて、ほんとによかった…」
「…僕もそう思うよ」
首筋に顔を埋めると、猫は目を細めて頬を擦り寄せた
呪詛返しの失敗…それは本来『死』を意味する
死を免れ、猫の姿に変じてしまうなど聞いたことがない。
貴重な例であると、研究部の連中に連れていかれてしまったっておかしくない。
人間に戻れる保証も…ない
それでも
『生きていれば、希望がある』
「神奈、泣いているの?」
「泣いてませんよ… 涎です」
なんで涎垂らすのっ?!
腕の中で慌てる毛玉の重さと温かさが心地よい
どんな姿になったって、貴方は貴方だから…