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後編




 

「ねえ、サルワーティオ」

 

 いつしかの夕食時に、私は彼へと言った。

 ランプの明かりがゆらゆらと揺れる中、大きなテーブルを二人だけで囲み、私が作った食事を共に食べる。かつては女中や給仕がいたのだが、サルワーティオが商売の第一線を退くにあたって減らしてしまった。

 二人きりの静かな夕食。

 慣れたもので、不思議と満たされた心地だった。

 

「どうした、《屍の魔女》」

 

 そうやって彼は返す。

 《屍の魔女》と言うのは、私が囁かれた魔女の呼び名だった。

 魂に関すること。人の死に関すること。それらを研究していくことが専ら私の魔術分野となっていた。一時は生ける屍を生み出して近隣の騒ぎにしてしまったのだから、そう囁かれるのも無理はない話だと私も思っていた。

 私は続ける。

 

「こないだの実験の結果が出たの」

「ああ、あの実験か」

「そう。だけど結局、魂の行き先は観測できなかったわ。確かに術は、正常に作用しているはずなのにね。難しいわね、転生というものは」

 

 私の研究している魔術は、転生の魔術だった。


 生きている人間は、皆いつかは死ぬ。

 だけど私は、人よりも長く生き続ける。

 だから私は、よせばいいのものを、転生の研究に手を染めたのだ。

 

「魂が肉体を離れてから新たな肉体に宿るまで、その通り道はやっぱり観測できなかった。魔法の領域でもなく、神霊の領域でもなく、通り道は今まで私たちが見てきた世界とは、まったく別の所にあるみたい」

 

 しかし、私が組み上げていった転生の魔術は、非常に不完全なものだった。

 元の記憶を有したまま、新たなる肉体に魂を宿す。その神秘を暴くのは然程大したことではなく、すぐに現象を魔術で再現し、実行することが出来た。

 魂は情報を劣化させないまま、旧い肉体を旅立った。

 ただし。問題はその後で、どうしても私の研究では、魂の行き先を指定することが出来なかったのだ。


 どこに転生するのか。

 そして、いつ転生するのか。

 制御する。たったそれだけのことに私は苦心していた。

 

「転生自体は上手くはいってるはず、か」

「そう」

「上等だろう。転生の魔術なんて、俺が研究していたら五十年経っても為し得なかった魔術だ」

「でも、失敗よ。だってそうでしょう。いつ、どこに転生するかも分からない生まれ変わりなんて、何の役にだって立たないもの」

 

 私が生み出した転生の魔術は、老いることない私と共に歩んでくれる、伴侶を作り出してはくれないようだった。

 

「何度も言うが、俺には必要ない」

 

 しかし彼は言う。

 

「俺は十分に生きた。別の、望んだ奴に使ってやれ」

「別の? 軽々しく他人に言うな、と言ったのは貴方じゃない。……でも、そうね。《渓谷の魔女》にでも知られたら、ますます狙われちゃうもの」

「奴も、いよいよの歳だからな」

「まだ呪いは、私たちを狙っている」

 

 私や、サルワーティオを狙って放たれた呪いは、まだ私たちの視界に映り込んできていた。

 買い物に行った町の中で、山菜を取りに行った森の中で、不意に不吉な影が私達へと付き纏う。サルワーティオの抗呪があって手を出してくることは無かったが、それでも、数十年と付け狙ってくる《渓谷の魔女》の執拗さには嫌気がさしていた。

 

「やっぱり、殺しちゃだめかなあ」

 

 呟く私に、サルワーティオは返す。さほど興味もない様子で。

 

「止めておけ。放っておけば、奴は勝手に死ぬ。先の長いお前が今、わざわざ手を汚してまで魔女殺しになる必要はない」

 

 彼は、紡ぐ。

 

「あまり気にするな。あれは、運悪く罹る病のようなものだ」

 

 





 

 

 

 

「終わったのかい、《屍の魔女》」

 

 月光の照らす、明るい夜だった。

 私は山間にある小さな集落の外れで、ひとり佇んでいた。

 掛けられた声の主がよく見知っている相手であることに気付き、私は振り返る。

 

「はい、《沼地の魔女》様。どうしても私の手で、色々と終わらせたくて」

 

 《沼地の魔女》と呼ばれるその老婆は、かつては《強欲》の師として行動を共にしていた女性だった。金に物を言わせて弟子になったとされる《強欲》は、晩年は彼女と会うことも滅多になくなり、また魔女集会への参加もしなくなっていった。


 やさしく笑って、《沼地の魔女》は言う。

 

「気分はどうだい」

「安心しています。少し、呆気ないくらいに」

「そんなものさ、復讐なんて」

「……はい」

 

 私は、呪いを掛けた《渓谷の魔女》を討った。

 思ったよりも呆気なくて、悲しくなった。

 元より何を求めて復讐を決めたわけではなかったけれど、《沼地の魔女》がそんなものと言ったように、劇的な変化は一切なくて、それこそ、ただ一つの区切りなのだと、私は終わってから自覚した。

 

「まあ、これで区切りが着いたんだ。……そうだね、また魔女集会に来てみてはどうだい。しばらく来ていなかったろう」

 

 《沼地の魔女》は、私を魔女集会へと誘う。


 私も、サルワーティオと同じくして、集会には参加しなくなっていた。《渓谷の魔女》もとっくに参加していないのだから行ってきてはどうだ、と彼に言われていたが、不老の私は、ひとりだけ十代半ばやそこらの姿のまま変わらないことに気が引けて、ずっと断ってきたのだった。

 しかし今なら気分転換になるかな、と、考えて、しかし私は頭を振る。

 

「でも私、魔女を殺したので」

 

 魔女を殺せば、魔女集会への参加は認められない。

 そのような掟があったと、私は記憶していた。

 

「ああ、それかい。あれは、今回のような復讐の場合は別なのさ」

「そうなのですか?」

「《沼地の魔女》が証言しよう。魔女集会は、あんたの参加を拒まないよ。……《渓谷の魔女》は、あんた達の件でとっくに魔女集会を抜けていたんだ。そこに争いがあったことは、多くの魔女が知っている」

「だったら、あの人が死ぬ前に――」

 

 ふと思い至った私に《沼地の魔女》は頭を振る。

 

「魔女集会には《強欲》のことが気に食わない魔女たちも多い。あの男が死ぬ前にあんたが《渓谷の魔女》を殺していたら、二人纏めて魔女集会から追い出されていただろうね。それは、あの男の望むところではなかったと、私は聞いているよ」

 

 秋の虫の音が、静かな夜空に消えてゆく。

 

「――あの男が残した贈り物の、その一つとでも思えばいい」

 

 彼女は言って、はい、と私は小さく頷いた。

 

 



 

 

 何年振りかに魔女集会に参加した私は、結局暇を持て余していた。

 

「当たり前、か」

 

 《強欲の魔術師》は殆ど誰とも親交を持っていなかったし、私としても《強欲》の弟子ということもあって、《沼地の魔女》近辺にしか知り合いはいなかった。一通り挨拶と近況報告を終えると、あとは所在無く庭園を歩いているだけとなった。

 しかし、彼が残した贈り物の一つ、と《沼地の魔女》に言われてしまっては、早々逃げ帰るわけにもいかない。

 精々私は見知らぬ魔女と一言二言話しながら、辛うじて集会に踏み止まっていた。

 そんな中、私は広場の片隅に、ひっそりと蹲る子供を見つける。

 近付いてみると、少年は私をじっと見つめた。

 

「その子に魔法の才能はないよ」

 

 背後から掛けられた声に驚いて振り返ると、そこには壮年ほどの女性が立っていた。

 私はその女性を見たことがあって、人売り魔女の娘だと記憶していた。以前見たときはまだ二十そこそこだったはずで、思わず私は顔を逸らしてしまう。

 

「召使いを欲しい客が何人かいてね。馴染みの商人から纏めて買い付けて来たんだが、この子は誰の御眼鏡にも適わなかったみたいだ。どうだい、買うかい?」

 

 人売り魔女は、私に問いかけた。

 思えば私も庭園の片隅で、こんな風に座っていたところを彼に買われたのだと、私は懐かしく思い返す。

 

「ちょうど、ひとりで暮すのが淋しいと思っていたところなの。幾らかしら」

「三十でどうだい」

「それでいいわ」

 

 私は人売り魔女へとお金を渡すと、どこかあの人にも似た雰囲気を持つ少年へと手を差し伸べたのだった。

 

 

 



 

 屋敷までの帰り道、そういえば、と私は少年へと話しかける。

 私の気紛れで買った少年は、途中自分からは一言も発することなく、ただ私の質問に答えるだけだった。

 取って食われるとでも思われているのかもしれなかった。

 私もそうだったな、と小さく笑う。

 

「貴方、名前は?」

「サルワーティオ、です」

 

 彼は言った。


「不思議。あの人に、あの魔法は使っていないのにね」

 







 私は気付く。


 それは、道標のようなものに見えた。

 ただの勘違いかもしれない、ただの自己満足かもしれない、自己解釈の道標に。

 この物語の結末に。


 それでも私は全てを納得し、静かに笑った。

 

「この辺りでは珍しい名前ね。救済、だなんて」

 

 屋敷まで帰る途中の、村外れの街道を私たちは歩いてゆく。

 西の空を見れば、もうすでに日が傾き始めていた。東を見れば、暗くなった晴れ空に無数の星々が輝き始めていた。

 しばらく歩いてから、私はまた彼へと言う。

 

「貴方、魔術を覚える気はない?」

「……俺が、ですか?」

「そうよ」

「俺に、出来ますか」

 

 そうと問う彼に、私は少し困って笑ってしまう。

 

「貴方には、魔法の才能はない。きっと一生懸命努力をしたところで、貴方は多くのことを為し得ない」


 私は紡ぐ。


「でも今すぐじゃなくて、いつかそう思えた時でいい。貴方が、その世界に生きたいと望んだのならば、私は貴方に魔術を教えましょう」

 

 私はきっと、この少年に転生の魔術を使うのだろう。

 いつ、どこで、生まれ変わるかも分からない、あの魔術を。

 そして罪悪感に塗れながら、その後も私は生き続けるのだろう。

 

 それがどのような結末になるかは分からない。

 ただ、それが自己満足なのだとしても、私はあの世界に後悔は無かったのだ。

 

 私は言葉を次ぐ。

 


 

「その時は、決して優れていなくていい。善き魔術師を目指しなさい。誰かにとっての、最高の魔術師を目指しなさい。そして貴方が望むのならば、いつか、――」

 

 

 



 

 

『魔女集会で会いましょう』  ―― 了 ――

 

作者があれこれ語るのは無粋だから、出来れば誰か、すくい上げて欲しいところ。



本作をお読みになって頂き、有難うございます。

すこし短く、そのくせ小難しい話でしたが、ご趣味に合いましたでしょうか。

評価や感想など残して頂けると、この話を書けたことを嬉しく思います。

twitter:@Yumiya01

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