第五話 『無知の知』
一方で浅黄楓は静かである。
少女に絶望はなければ、悲観もない。平凡でも特別でもない。
帯に短し襷に長し。中途半端。言葉で表すのなら、それが一番ピンと来る。
故に彼女は白澤茜が嫌いである。白澤茜が持つものが、彼女の持たない物であり、逆に彼女が持つものが白澤茜の持たないものでもある。
━━━━━━結局、彼女の奥底は静かなままだ。
ーー
「そんでさー、一昨日の修学旅行の班決め最悪だったわー」
「いやー、楓の班が一番最悪っしょ?」
「流石にね〜。アレは酷いわ。イジメを感じる……」
話題は一昨日のホームルームで決まった修学旅行の班の件。公平なくじ引きなので、仕方ないと言えば仕方ないが、時と場合にもよる。
例えばさっき最悪だと話したマユリは、もう一人の女子が無愛想な子と嫌っているが男子はまだマシな方だ。
「もうあの修学旅行の話はやめて。あのヤバイ奴は置いといても、ボッチと白澤はないわぁ……」
「ありゃ?あの人はセーフなの?」
「いーや、まだマシってとこ。けどさぁ、アイツ会ってすぐに白澤に消えて下さいって言われてたよ」
「キャハハ!そマ?マジウケんですけど」
お腹を抱えて大爆笑するのは、ツインテールをしたエリカだ。
彼女の班は比較的、と言うより私達の中で最も良いと言えるだろう。女子はサヤと一緒だし、男子に北条龍弥がいるのだ。悪いわけがない。
はぁ……もう一回班決めしないかなぁ。幾ら何でもアレは最悪すぎるでしょ。つか、なんで白澤と一緒なわけ?19分の1とかどんな確率よ。
マジあり得ないわー。
「ま、明日のホームルームで何とかあの……誰だっけ?黒何とか君と仲良くなれば?」
「嫌ー!あんなのと修学旅行楽しまないといけないの?!ホントマジ勘弁」
「あははは!頑張れ頑張れ!んじゃ、あたしらは帰るわー」
「笑い事じゃないし!うんー、バイバーイ」
彼女ら二人と別れ、私はデパートへと入った。今日は珍しく両親二人が出払っていて家に誰もおらず、その上家政婦さんも木曜日は休みなので本当に誰もいない。いるとすれば最近反抗期に入ろうとしている弟ぐらいだ。
明日のお弁当は自分で学食で良い、と言ったから買わなくていいのだが、問題は夕食である。
自慢ではないが、私は微塵も料理はできない。今までずっと厨房には家政婦さんと母しか入っておらず、私はこの年までフライパンの一つも持った事がない程の実力だ。
ホントに自慢にならない……。
けれど流石に食べすに過ごすってのは無理があるから、何かしらを食べないといけないんだけど……。
これなら食べれると自信があるのは、カップラーメンかお弁当のみ。お湯を入れて3分間待つか、電子レンジで3分間温めるかのどちらかである。
非常に簡単、しかしものすごく負けた気分になる。別に誰とも勝負してるわけじゃないのになぁ。
世の男子達と同じレベルって言うのは、流石に女子としては傷つくレベルだ。
ホント早く脱却しなきゃ。
「まぁ、それを今言った所で変わらないよね?今日はカップ麺で!」
醤油味と書かれたカップ麺を棚から取り、カゴの中に入れる。
あとは……お菓子とジュース。ふ、太るかな?やっぱりお菓子は無しで!我慢!
自分に何度も言い聞かせて、お菓子コーナーをスルーしてジュース売り場へと向かう。が、数歩戻って『セール!!』と書かれたポテトチップスを一つカゴに入れた。
ドリンク売り場には、赤と黒のラベルをした黒い飲み物、紫と黄色をした藍色の飲み物。そして緑色のお茶などが置いてある。
なぜだろうか。色で表現するとただの毒薬にしか聞こえない。
「今日は……」
炭酸なのは確定なので、コーラかサイダー、それかソーダなのは確定済みだ。
あとはどれにしようか……と、自分との相談に入る時、遠くから聞いたことのある声がした。
「兄ちゃん、ジュース!」
「家に緑茶あるからそれで我慢しろ。つか、お菓子買っただろーが」
「あれ苦いから嫌」
「全国の緑茶好きに謝ってこい」
「可愛い妹になんて事をー!」
「グダグタ言うなよ。ガキかお……」
と、そこでその声の主と目があった。いや、正確には目があったと言うより向こうの方が若干早く気づき、私が顔を向けるコンマ数秒前に顔を逸らしたので目は合っていない。
それよりも、目離すの早すぎない?どんだけ私のこと嫌なの?
「……何?」
この何とも言えない微妙な空間に嫌気がさした私は、彼へ何とも言えない質問をした。もちろん彼は「マジ早く帰りてぇ」って顔をしている。うん、結局何とも言えない空気は変わらないままだ。
まぁ、買い物って見たまんまなんだけど何も言わないのもアレじゃん?逆に「今日は天気がいいね〜」なんて言ったら、何が返ってくるかわかりやしない。
てか、なんで話しかけたんだろ私。
「えっ……買い物?」
それ私に聞かれても困るんですけどー!これは私の質問が悪かったのかな?買い物以外に選択肢ないだろ的な「?」マーク?
そして彼の目線は私のカゴの中へと向けられる。彼は私のカゴの中を見ると驚愕、苦笑、次に哀憐と表情を変えた。それは彼の隣にいる彼女?いや、妹にも見られた。兄妹揃って百面相か。
「に、にいちゃん?」
「何も言うな。それが一番だ」
「ちょっとー?聞こえてるんですけど?」
絶対馬鹿にしたよね?兄妹だか、カップルか知らないけど超腹立つんですけど!
りょ、料理ぐらいできるから!!……お湯沸かすぐらいなら。
「あー!いえいえ!そのカップラーメンとかはご家族さんのモノですよね〜!すみませーん、クソ兄貴の早とちりで!」
「そ、そう!弟のなのこれ!!」
誤魔化せたかな?誤魔化せたよね?うん、問題なし!それよりも!そんな私のこと馬鹿にするぐらいなら、コイツのカゴには何が入ってるってのよ!どうせロクなものなんて入ってないんでしょうが!
…………あ、あれ?向こうカートだ。
二個あるカゴにマックスで食材が入っている。カップラーメンのようなインスタント系のご飯がない。カレーでさえ、ルーで買ってある。
も、もしかしてコイツ料理できる系男子か!……見なかった事にしよう。私は料理ができる私は料理ができる私は料理ができる。
「えっと……じゃ」
「う、うん」
ものすごく恥をかいた気分になった。確かに女子で料理ができないのは痛手かも知れない。認めよう、私は料理ができない。だがそれで弄られるのは間違っている!このご時世、料理ができない女子なんて五万と居るはずだ。私はその内の一人!そう!みんなできないんだから、私もできない!
……そう願いたい。
足早に去って行った彼らは今レジで会計をしている。なんか最近嫌なことばかりだ。班のことも、見て見ぬ振りをしていたことも。今年はもう勉強しかしない一年。志望校も決まってはいるが、特に頑張っているわけではない。
ちょっと、外へ出るのはやめようかな。自分が弱く見えてくる。
ーー
「━━━姉ちゃん?死ぬの?元気ないよ?」
「アンタ私をなんだと思ってるの?マグロか何か?」
「時々変な事言うよねー。ん、このお惣菜美味い」
その夜、私は買って帰ったお惣菜を電子レンジで温め直しテーブルの上へと置いた。
唐揚げ、イカのリング揚げ、あとは冷凍の羽根つき餃子。そして昨日の残りである赤飯を主食とし晩餐は整った。
私の向かいで食べるまだ小さい少年━━━浅黄薊一はパクパクとまるで掃除機のように口の中へと運んで行く。少し多めによそったはずの赤飯は、もうお茶碗から見えない。
最近の私とは程遠い食べ方の彼を見ていると、少しばかり羨ましく感じた。ダイエットだとか我慢なんて言って食べないが、正直もう飽きかけている。どーせ世の中顔でしかない。体型なんかその次だろ。
まぁ?私はあのツンツン生徒会長とは違い可愛くて痩せてますが?もちろん、あのキャバ嬢みたいな女よりも上の自覚はあるし。
「姉ちゃんって、ホント料理できねぇよな」
「はぁ?!なんでいきなりそうなるし!」
「だって、『姉ちゃん』だぜ?母さんまでとは言わないけど、それに似た料理が出るだろ普通」
この弟、中々の正論で私の心をグサグサとやって来るな。世の言う可愛らしく出来のいい弟など、これを見たら鼻で笑飛ばせるレベルだ。寧ろ会って見たいね。何億という『弟』の中でいくらの弟がその神のような弟に当てはまるのか。誰か統計とってくれないかなぁ。
そんな和やかなのか、険悪なのかも微妙な晩餐は終わりを告げ皿洗いタイムへと入る。
確かに私は料理ができない。料理が掃除と洗濯に変わっても、後半の部分は不動のままだ。それは胸を張って言える。言えたらダメなのだが。
だがしかし、唯一できる家事が私には存在する。掃除もダメ、料理もダメ、洗濯もダメ。でも、ここ皿洗いに関せば完璧と言える。まぁ、一回だけやったことがあるだけなのだが。
「……洗剤をどうするんだっけ」
あ、これ無理なパターンだ。洗剤は見つけた。あとは洗うだけなのだが。この先をどうすればいいのかわからない。て、手で洗うわけはないよね?うん、確か違う。何か物でゴシゴシ洗った筈だ。
「━━━ぁあ!思い出した!タオルだ!」
そうそう、タオルで洗った筈だ。
干してある雑巾のようなタオルを手に取り、そこへ洗剤をたらふくかける。泡でこんもりと山が完成できるまで立ち上げ、散らかる箸やら小皿へ突っ込んだ。
と、ちょうど自室へ向かう為台所の隣を通った弟が大きな声をあげる。
「ね、姉ちゃん!?何してんのマジで!」
「何って洗い物だけど?」
「あのなぁ!洗い物ってのは台拭きじゃなくてスポンジやらたわしでやんだよッ!!」
「━━━━━━━!!」
は、初耳学……!
初耳であってはならない事が初耳として私の中へ登録される。これが小中と調理実習をインフルエンザで休んだ罰なのか。もう十八年も生きて来たのに未だ知らない事があったなんて。
今まで全て家政婦さんやお母さんが全てやっては来ていたが、こんな事になるとは。
私女子力低いのでは?
そんな疑問が小さく心の中に浮かび上がった。