第十四話『色彩』
幽霊、妖怪。白澤茜はそう言った『はっきりしない』ものが嫌いだ。無論、例のような不可思議な物だけではない。愛想笑いで誤魔化し生きている人間や、言葉も交わし何度も会ってると言うのに一向にその人の人となりがわからない人間が。
と、言っても『嫌い』と『恐怖』は違う。『嫌い』と思う気持ちから恐怖に至ることはあるが、イコールで繋がれることはない。
故に少女は先頭を進む。まるで怖くないかと思わせるような態度で━━━━恐怖を感じた。
ーー
誰かはこう言った。この世に理論で説明できないものはない、と。しかし一方でこう唱える人もいた。この世は理詰めで証明できない世界である、と。
現実の誰かが人がそう言ったのか、もしくはどこかの本で読んだ言葉か。それとも私が生きてきた中で学んだことか。
なんにせよ、この二論はどちらが正解でどちらが不正解なのかはわからない。だがまぁ、私の私感的に言えば後者が正しいようにも感じる。
例えば『心』とか。
「だって、ロボットって生きてないじゃん。あー『なんかいる』的な感じがしないだろ?」
隣で柳涼太と黒垣蓮が「人間とロボット」について話している声が聞こえた。彼の言う理由はただの勘で判断する為の判断材料でしかないが、それもまた『違い』である。
彼、柳涼太にもちゃんとした心は備わっている。それは黒垣蓮もまた同じこと。
では、機械に心はあるのか。それは否だ。どれだけ人間らしく作ろうともプログラムされた言葉以外は話せない。後ろの彼女のように感情豊かに話すのは無理な話だろう。
……なーんて、真面目に脳内で語るのも飽きて来た。かれこれ一時間半ほどぐだぐだと無駄な時間を使ったものだ。日本人は待つのが嫌いなんて聞くが、私は正にソレだ。
こうやって待つことの何が楽しいのか。今はスマホがあるから一時間の一つや二つは潰せるだろうが、それでも待つのはしんどい。足は痛くなるし、座るところないし、何より周りに人が多い。無理。死ぬ。
まぁ、それが好きな人はいるのだからとやかく言うつもりはないのだが。
「で?そっちのビビリさんはなぜ黙ってるの?」
「……は?ジェットコースターごときでビビってた人に言われたくないんですが?」
「もう私はジェットコースター乗らないんでいいんですぅ!今からお化け屋敷だから!」
売り言葉に買い言葉。キチンと売られた分は相応の値段で買う。まぁ、ジェットコースターに乗り終わった後の彼女の様子は最高に気分が良かった。いつもの強気ツンツンの彼女が、あそこまでヘタれる姿はこれから使う機会が出てくるはずだ。
この携帯に入ってる浅黄楓のグロッキーな画像が━━━━。
スタッフの話を右から左で聞き流し、「では、いってらっしやーい!」の声と共に安全地点から抜けた。
ブルッと震えるような肌寒さが襲い、視界はオレンジやら赤っぽい世界で覆われている。所々から女の悲鳴や扉がギィイっと開く音が鳴り、より一層恐怖を植え付けようとする。
そこで突然、足の歩幅が落ち始め四人の中で最後尾に位置付く。まるで足に重りでもついたように。まるで手で引っ張られているかのように。
「……健全真面目キャラのお前も、ここじゃただの女子だな」
何かを察しようとしていた刹那、前から聞き覚えのある声がした。それは偶然なのか、それともわかっていたからなのか、彼はいつものように死んだ魚のような目で皮肉を言う。
「━━━━嫌な言い方ね。私は健全でも真面目でもないから」
「そりゃ悪い」
「私なんかをナンパする暇があるのなら、あのビッチ女の方が良いんじゃないの?軽そうよ、股」
「イキナリだな、おい」
冗談にも程が好きだのだろうか。まぁ、事実だしいっか。彼女の股が軽いから否かは、後々聞いてみるとしよう。
「……はっきりしないってのが嫌いなのよ。あなたと言い、そう言った妖といい」
「それだと俺が妖怪の類になるんですが?」
私はなぜか怒りを覚えた。いや、怒りなのかわからない。だが、わかるのは心に何か異物が混じるのを感じた。好意でもなく、怒りでもなく、悲しみでもなく、喜びでもない。何でもない未知の感情を。
「一緒じゃない。この学校に来て、一回でも色を持った事がないあなたなんか」
そう言葉にした私はどこか文学系女子のようだった。難しい言葉で見繕い、適当に誤魔化しながら生きる。まるで『色』のように。
合わせると消え、水で薄めると保てなくなり、同じ瞬間は二度としてない。
まるで人生のようだ。そして彼は参加資格である色を失った。否、色を付ける前に色を塗りつぶした。
それを人は『黒色』と呼ぶ。傲慢に、力強く、そして目立つように彼は色を塗った。
ーー
呼び出されたのは昼頃に友達から連絡があったからだ。時間で言うと昼ご飯前。ジェットコースターで浅黄楓がグロッキーになっている頃だ。その時は腹立たしさで言葉を紡げなかったのを覚えている。
携帯を眺めると時間は六時五十八分。あと二分で花火が上がり、パレードが始まる。
こんな茶番、早く終わらしたい。そう思えるほどに今は腹が立っていた。
少年が腰を折り、深々と頭を下げて愛の告白をする。高校生にもなれば告白なんて相当な勇気が必要だろう。今日好きになって明日できる安いモノではない。
だが、それは向こうだけの話だ。私は今日も明日も今目の前にいる少年Aを好きになることはないだろう。長い年月を一緒に過ごせば、なんて馬鹿みたいな優しい世界は私にはない。寧ろ逆に、これでOKするのなんて浅黄ぐらいだろう。もしかすれば彼女でさえもNOと言うかもしれないレベルだ。
そう、それ程までに私は彼との接点がない。何度も言葉を交わした仲ですらない一少年を誰が好きになる。彼の思いはずっと空回りをしたままだ。それは前も今もこれからも変わることはないだろう。
「━━━━ごめんなさい。私はあなたを好きになれない」
花火が夜を照らした。
赤と黄色と緑と点滅させ、人の心を奪って行く。
花々が咲き乱れる真っ黒の空を見ながら、私はふと口を開いた。
「人の心はどこにあるのかな?」
パッとレストランの方を除くと、一人の少年がスッと目をそらす瞬間が映った。
そろそろゴールデンなウィークが迫ってるじゃあないですかー!
また魔剤の出番が来るかコレ……。