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第十三話『彼女の堪忍袋は小さい』

 浅黄楓はジェットコースターが苦手である。あの何とも言えない浮遊感、普段では感じることのないスピード、それらが彼女の酔いを加速させる。

 初めて乗ったのは確か小学四年だっただろうか。家族と一緒に初めて遊園地へとやって来て、目玉であるジェットコースターやウォータースライダーに乗った。

 が、結果はことごとく撃沈。根性とプライドで成せないものがある、と初めて知った日であった。


 ーー


 それに、そのいつかの仇敵にまたも挑戦しようとしている。もう八年前の話だ。体も成長しているし、もう車や船で酔ったりもしていない。心の準備は万全だ。


「今は……四十分待ちか。サッサと乗れそうだな」

「そうね。早く乗りましょ」


 いつも通り一蹴する。もう最近の彼は痛めつけられるのに慣れ始めたらしい。そのせいで、最近の彼は時々思考停止の状態に陥ったりもする。まぁ、私としては玩具に過ぎないが。

 しかし、今日の彼は珍しくまだ私を見ていた。いつもなら「さいですか」とか何とか言って早々に退散するのに。……なるほど。「修学旅行だからちょっと馴れ馴れしくしてもいいじゃなぁ〜い」ってか。威嚇だ威嚇。そんな『ザ・狼くん』みたいな奴に誰が付いてくか。


「……何?キモいんですけど」


「あーいや、なんでもねぇよ」


 にしても、ジェットコースターか……。大丈夫かなぁ。終わった時生きてるかなぁ。お化け屋敷とかホーラー系なら得意なんだけど。

 と、軽くジェットコースターへの苦手意識が再発する。そんな私の様子をまるで本人のように、黒垣はタイムリーで質問して来た。


「……お前ジェットコースター苦手なの?」

「は?死にたいの?変な心配とか気持ち悪いからやめて」


 自分でも何て言ったかわからない程の早口で彼を追い払った。否、これは正当防衛だ。下心丸出しで突っついてくる彼へのね!


「わ、悪かったよ」


 うっ……。ちょっと言い過ぎた。かもしれない。もうちょっと勢いを抑えて突き放すとしよう。うん、そうしよう。

 携帯を取り出し、検索欄から『ジェットコースター酔わない方法』を調べる。が、どれも私が欲してる回答は無かった。ぐ、グーグル先生ぃ〜!

 まさかこんな形であの大先生から手痛い裏切りを受けると思っていなかった。そこで軽く涙が浮かんで来たが、誰にも見つからないようにサッと手で拭いた。



 ーー


 ━━━━これは無理だ。


 ジェットコースターに乗り、景色が一番綺麗に見える場所。最も高い所で私は悟った。

 一つ、思いの外高い。

 二つ、運悪く先頭。

 三つ、世界が……ぁぁぁああああああ!!!

 落下し右回転からの捻り大きく二周し上へ登るからの一回転━━━━━あ、ダメ。

 この瞬間、私の精神が崩壊した。まだ半分も至っていないと言うのに。


 気がつけばジェットコースターは止まっていた。スタッフの人達が両手を振って「おつかれー」や「おかえりー」と笑顔で迎えてくれている。隣に座る柳は気でも狂ったように笑顔で手を振り、黒垣はちょっと照れた態度でヘラヘラと笑みを浮かべた。

 一方、私は作りの笑みすら浮かべれずにいる。思っていた以上の酷い有様だ。早く横になりたい。

 棚に預けた手荷物を受け取り、階段を降りて出口へと向かう。が、その足取りが重い。まるで水の中を歩くかのように一歩一歩が踏み出せない。手すりにつかまり、一段一段を踏みしめるようにして階段を降りる。

 瞬間、どこかでため息を吐く音が聞こえた。後ろ?否、前だ。

 ようやく階段を下りると、目の前に少年が一人立っていた。中肉中背で背は私より20センチほど高い。目に覇気は感じられないが、その細身の体には似つかない筋肉が意外に威圧感を生んでいる。そんな少年は一つため息を吐いてから、言葉を放った。


「……行くぞ、ほら」


 立っていた少年、もとい黒垣蓮は首だけで方向を指し示す。隣に柳や白澤の姿がないのは、そっちに彼らがいるのだろう。

 とりあえずどこかで休憩を挟みたいが、ここの近くにはそんな場所が見当たらない。彼が合流した辺りで一旦トイレに向かうとしよう。そう、私は次の行動に決めた。


 ━━━━チューっとストローでオレンジジュースを飲みながら、目の前でポップコーンを貪る黒垣を睨みつける。


 彼が向かったのは一つのレストランだった。そしてそこに柳と白澤の姿はない。彼と私の二人っきりだ。何というか、ただただ彼の掌の上で転がっている感じが無性に腹が立つだけだ。

 なんて言うか、嫌だ。


「……なに?」


「なんでもない。アンタの顔見てると腹が立ってくる」


「ひでぇな、おい」


 付け加えるなら、二人っきりと言うのが余計に腹が立つ。何より彼がまじめに心配してくれるのが余計にイラつかせてくる。


「まだ辛そうだな」


「うるさい……!」


 そしてこれだ。人の思考でも読んでるかのような質問。なんと言うか、言葉にできない感じが無性にイライラを増加させる。

 やけくそにオレンジジュースを勢いよく飲みながら、ここでの醜態を如何に挽回させるかに思考を回す。

 そんな事を考えていると、彼の携帯がブーブーと震えた。誰かからのメールのようだ。タイミング的に柳からなのか、それとも知らぬ誰かからか。まぁ、私には興味のないことである。


「えっと、次行くのは『Haunt of the soul』?って言うお化け屋敷だとよ。……どうする?行くか?」


「お化け屋敷か。それなら大丈夫。私も行く」


「ん、そう伝えとく」


 だいぶ気分も晴れ、十分前の不快感も今じゃ特に感じない。まぁ、怒りはさっきよりも跳ね上がっているが。なにせ今度はお化け屋敷だ。大好きなアトラクションを、楽しみにしてたアトラクションを捨て置くことはできない。

 立ち上がり、オレンジジュースが入っていた容器をお盆に乗せる。あとは出口のところにあるゴミ箱に入れるだけだ。

 しかし、そこで私は動きを止めて小さく口を開く。確かに私は黒垣蓮と言う人間をよく知らないが、助けてくれた事には感謝を述べるべきだろう。まぁ、ほとんど聞こえないぐらいの大きさで私は声にした。


「その……ありがとう」


 聞こえていたらしい。顔、いや体全部が急に熱を発したのかと錯覚するぐらい熱くなった。

 って!どんだけ耳いいのよ!ほ、ほら!耳だけウサギとかなんじゃないの?!ホント最低ッ!


「……おう。気にすんな」


 心の中で盛大に愚痴を吐き散らしながら、少し照れている彼の後ろを歩いた。

 時々踵を踏んでやりながら。

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